日々、生活保護の相談を受けていると、心の病や精神的な苦痛にさいなまれ、仕事はおろか日常生活さえままならなくなってしまった若い世代が多い――そんな現代社会の問題に、気付かされます。
他方で、精神疾患を患った人が悪質な精神科・心療内科病院に「食い物」にされるというケースが実際に発生しています。

その背景には、世の中に根強い「精神疾患は甘え。働こうと思えば働ける」といった「誤解」「偏見」があります。
心の病や生活保護が「甘え」であるという偏見を排除することは、個人の問題ではなく社会全体が向き合わなければならない課題なのだということを、統計データにも触れながら説明します。(行政書士・三木ひとみ)

働いていた会社が労働保険に未加入で障害年金を受けられず

私が行政書士になって間もない頃、大阪市内のA心療内科から、患者のツトムさん(仮名・50代男性)についての相談を受けました。
ツトムさんは精神疾患により働けないほどの病状のため、障害手帳2級を保持。しかし、障害年金の受給要件を満たさず、生活に困窮していました。そこで、ツトムさんが今後も通院を継続できるように、生活保護のサポートをしてあげてほしいというものでした。
ツトムさんの両親は早くに亡くなり、頼れる親族はいませんでした。住み込みで正社員として働き、上司や同僚による暴言や不正行為の指示などに耐えかね、出社できないほどに追い詰められ、会社を退職。ひとまず知人宅に身を寄せるも「もういい加減出て行ってほしい」と言われてしまいました。
気力を振り絞り、失業保険を利用しようとハローワークに出向いたところ、前職で雇用保険に入っていなかったことが発覚。
本来、パートでもアルバイトでも、1人でも労働者を雇うと、会社は「労働保険」に入る義務があります。
労働保険とは、業務や通勤による負傷や死亡などの際に保険給付を行う「労働者災害補償保険」と、失業給付などを行う「雇用保険」を総称したものです。
政府が管理運営する強制的な保険であり、事業主は労働保険料を納める法的義務があります。
しかし、保険料の支払いが負担になることから労働保険の加入手続きを行わない事業主も存在しました。そのため、加入しない事業主については、職権により加入手続きを行い、労働保険料をさかのぼって徴収、合わせて追徴金も徴収できるようになりました。
労災保険の保険料は全額事業主負担であるのに対し、雇用保険の保険料は労働者と事業主が折半して負担します。
ツトムさんは毎月の給与からこの雇用保険料が天引きされていたにもかかわらず、会社が雇用保険の加入手続きをしていなかったため、失業保険の対象外となってしまったのです。
平成22年(2010年)10月1日からは、雇用保険料が給与から天引きされていた事実が確認できれば、さかのぼっての加入が認められるようになりました。ただし、それより前に離職した人は救済の対象となりません。ツトムさんは在職中に保険料を払っていたのに、失業給付を受けられなかったのです。
不運はそれだけにとどまりませんでした。健康保険料、厚生年金保険料といった社会保険料まで給与から天引きされていたのに、年金事務所からは記録がないと言われたのです。
そのために、うつ病で障害手帳2級を認定されても、障害年金を受給することができません。年金事務所からは、弁護士に相談するよう告げられました。
しかし、法テラスの弁護士相談でも、既に会社は倒産しており法的な責任追及も難しいと、さじを投げられる始末。ツトムさんは社会不信で絶望し、その頃からさらに精神的不調が大きくなったといいます。

無事に生活保護は受けられたものの…

ツトムさんは知人宅を出て一人暮らしを始めました。 無気力で食事を用意することもできなくなり、コンビニでおにぎりなどを買って命をつないでいました。
ある日、声が出なくなっていることに気付き、A心療内科に受診、通院するようになったのです。
私は行政書士としてツトムさんと役所へ同行し、事実経緯をすべて説明し、無職、無収入、無資産のツトムさんはすぐに生活保護の決定を得ることができました。ところが、無事に生活保護受給はできたものの、役所の職員からは不穏なことを言われます。
「A心療内科には行かないほうがいい」
必要以上にクスリを大量に処方するという悪評がある病院で、福祉事業所はA心療内科に通院している生活保護受給者には病院を変えるよう助言しているということがわかりました。
私がそのことを、言葉を選びながらA心療内科に伝えると、激怒され、「行政書士がいらぬことを吹き込んだ」などと逆恨みされました。
その後も、A心療内科について耳に入ってくるのは「通っている人は余計に体調が悪くなった、クスリがどんどん増えるという人ばかりだ。クスリが減った、治ったという人を聞いたことがない」など、悪評ばかりでした。
ただ、これは「もう、A心療内科で処方された余計なクスリを飲まなければいい」という単純な話ではないのです。
ツトムさんは、ケースワーカーから家庭訪問の際、A心療内科が「余計なクスリを出して金もうけを優先する病院」だと言われ、怖くなり、クスリを飲むのをやめようとしました。
すると、突然、痙攣(けいれん)発作を起こし、救急車で運ばれたのです。
精神疾患の治療のため処方されるクスリは、一度服用を始めたあとに自己判断でやめると、深刻な副作用が起こることがあるのです。

“悪徳”心療内科の「患者囲い込み・クスリ漬け」で人生が破壊されるケースも

次に、大阪市在住のアカネさん(仮名・30代女性)に関する類似の事例を紹介します。
アカネさんは産後の不眠からB心療内科を受診しましたが、30分にも満たない診療時間の中で、学歴や職歴などおよそ病状と関係なさそうな質問をされた揚げ句、多様なクスリを大量に処方されました。
真面目なアカネさんは、出されたクスリは症状を改善するために飲まなければいけないと思い込み、処方された精神薬を服用し続けました。
最初は一瞬で眠りに落ちたはずの睡眠薬は、徐々に効かなくなりました。次第に症状は悪化し、日常生活も困難になり、寝てばかりの妻に夫が耐えられなくなって最終的に家庭は崩壊。
アカネさんは仕事ができず、頼れる人もなく、やむを得ず生活保護の申請に至りました。
アカネさんのケースのように、心療内科・精神科病院などが患者を囲い込むようにして過剰な投薬を続け、結果的に患者がクスリ漬けにされるケースもあります。
「患者を治したいと考える医師は雇わない、クスリ漬けにすれば製薬会社ももうかり、退院させなくて済む」と豪語する病院経営者も実在します。
実際に、その病院に通院する生活保護受給者を、私が行政書士として別の病院へ転院させようとしたところ、訴訟をちらつかされたこともありました。
福祉事務所でも「あの病院には行かないように」と、生活保護受給者が助言されるほど評判が悪い病院が営業を続けている現実があります。知らずに訪れた人が不要な投薬によって、長期的に生活を壊されるという構造が合法的に成立してしまっているのです。

その背景には、よく言われる「クスリ漬け」「囲い込み」といった精神医療の制度が抱える問題があるのは当然です。
しかし、そればかりではありません。
社会において精神疾患を抱える人に対して「社会から排除してよいもの」「健常者より劣る存在」との偏見・差別意識が依然として根強く、その人権や尊厳が軽視されがちだということも否定できないでしょう。

データが示す現実と、生活保護制度に求められる精神的支援

一般的に、経済的な困窮によって精神的な余裕のない状態が続くと、心のバランスを崩してうつ病を発症するリスクも高まるといわれます。
実際に、精神疾患と生活保護との間には、統計上、密接な関連性が見いだせます。生活保護受給者の精神疾患の罹患(りかん)率は、一般の国民よりも高いことが複数の調査で示されているのです。
厚生労働省の「令和5年(2023年)度被保護者調査」によると、生活保護受給者の入院患者のうち4割以上が精神疾患を抱えている、あるいはうつ病の診断を受けています。
また、会計検査院「国会及び内閣に対する報告」(2014年)では、生活保護を受給していない人の入院患者のうち、精神および行動の障害がある人の割合が18.7%であるのに対して、生活保護受給者の入院患者での同割合は47.8%と3倍近く多くなっている事実もあります。
これらのデータからは、生活保護受給者には経済的な支援だけでなく、精神的なサポートが不可欠であることが強くうかがわれます。
また、その背後に見えるのは、精神疾患に苦しみながら、その苦しみを誰にも打ち明けられず、一人で抱え込んでいる人たちの存在です。
精神疾患を抱えている人にとっては、生活保護の相談や申請・受給の手続き自体が大きな負担になります。複雑な書類作成や、面談で過去のことを思い出して話さなければならないことを考えると、さらに精神状態が悪化してしまうという悪循環も起こり得ます。
生活保護申請、受給に至った背景には、積み重なった心の傷が深くかかわっていることが往々にしてあります。
単に経済的な支援だけでなく、過去のトラウマや心の傷に寄り添う支援も必要です。

偏見や差別は精神疾患者・生活保護受給者の「自立」を妨げるだけ

生活保護を受けていると、ただでさえ社会から孤立しがちです。その上、ネットを見れば、否定的な言葉や偏見にさらされ、当事者の自尊心を傷つけ、さらに社会とのつながりを遠ざけてしまう要因にもなります。
ましてや、精神疾患を抱える中で、こうした社会的孤立や偏見に直面することは、精神状態のさらなる悪化、症状の深刻化につながります。
しかし、現在の生活保護の支援体制では、精神的なケアが十分に行き届いていないのが実情です。また、自治体の福祉事務所のケースワーカーは、たいてい多くの案件を抱えており、一人ひとりの精神的な状況に寄り添う余裕が乏しいと考えられます。
このことは、大きな社会的問題を秘めています。
私の行政書士事務所には、心の病を抱え、役所に電話をする勇気がない、来所することもできないという方々からSOSのメールがたくさん届きます。
コロナ禍において、メールやWEB対応をする役所も増えたとはいえ、「電話での対話が困難だからメール対応をしてほしい」と求めても、頑として対応しない役所もあります。「面と向かっては話しにくいけれど、文字で伝えることであれば、体調が良いときにできるのでありがたい」という声をよく聞きます。
そもそも、なぜ心の病を患ってしまうのか考えると、ほとんどの場合、それは個人ではなく社会の問題です。一度精神疾患を発症すると、気持ちとは裏腹に回復は思うようにはいかないことが多いのです。

精神疾患のもとを早期に発見し、適切にその要因に対処することで、医療保険を使うことなく病気を予防することもできます。また、生活を再建することにもつながります。
心のSOSは見過ごされがちです。働きたくても働けなくなってしまう人が減り、そして、一度患った心の病を治して再び元気に働ける人が増えるように、「生活保護」「精神疾患」いずれについても偏見を排し、社会全体が改善のため取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。
人はすべて、自分らしく生きる権利を持っているのですから、柔軟で温かい社会であってほしいと思います。


■ 三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に「わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)」(ペンコム)がある。


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