
一方で、不貞行為(不倫)が実社会の夫婦生活に与える影響は言うまでもなく深刻である。令和5年度の司法統計年報によると、離婚調停などの婚姻関係事件を申し立てた人のうち約12%が、不貞行為などの異性関係が争いの原因となっているという。
本記事では、「不倫」「不貞行為」に対する規範意識を分析。時代的変遷や他国との比較から、日本において不倫がどのように捉えられているのかを探る。
※ この記事は五十嵐彰/迫田さやか両氏の書籍『不倫―実証分析が示す全貌』(中央公論新社)より一部抜粋・再構成。
日本は不倫に厳しいか――反不倫規範の高さ
人々の間で婚姻外関係や不倫に関する規範はどのように受け止められているのだろうか。データを使って検討してみよう。今回、International Social Survey Programme(ISSP)という国際比較調査データを使用した。ISSPは世界20カ国以上を対象に、毎年異なるテーマについて行われている社会調査である。
不倫への賛否は宗教をテーマにした調査で質問されており、現在までで1991年、1998年、2008年、2018年の4回行われている。日本はこのうち1998年、2008年、2018年の調査に参加しており、本記事ではこの3時点の調査を用いて分析する。
ISSPの質問紙では、「結婚している人が、配偶者以外の人と性的交わりを持つこと」に対する賛否を聞いている。この質問に対する回答選択肢は「絶対に間違っている」「まあ間違いだと思う」「あまり間違いだとは思わない」「全く間違っていない」である。
図2-1に3時点における日本の回答の割合を示した。1998年から2018年にかけて、ほぼ同水準を保っていることがわかるだろう。
「絶対に間違っている」と「まあ間違いだと思う」を選択した人の割合は約20年にわたりほぼ90%という高水準にある。
近年では「絶対に間違っている」人の割合が若干減少し、その分「まあ間違いだと思う」が上昇するという変化があるものの、大勢が不倫に反対であることには変わりない。ここから、婚外性交渉に対する規範は一貫して高水準で共有されているといえる。
こうした反不倫規範の高さを、神原文子(かんばらふみこ/編集部註:社会学者)は『現代の結婚と夫婦関係』のなかで2つの理由によって説明している(※1)。
一つは「性関係規範が守られなくなれば社会的秩序が乱れるという『価値志向』」、そしてもう一つは「夫婦関係の安定をはかるために、配偶者によって性関係規範が順守される必要があるという『動機志向』」である。
神原は後者について、反不倫規範が高いのは既婚者に見られる特徴であることを指摘し、こうした夫婦は愛によって夫婦関係を維持するかわりに、配偶者が規範を遵守するよう期待することによって夫婦関係を維持していると論じている。
つまり、規範によって縛る対象は、一般的な社会の構成員ではなく自身の配偶者であり、仮に夫婦間に愛のある性交渉がなくなったとしても、不倫をしないという規範によって配偶者を縛ることで、夫婦の安定が保てているといえる。
反不倫規範の国際比較
日本の反不倫規範がここ20年ほど変化していないことがわかったが、こうした日本の反不倫規範は厳しいのか、緩いのか、他国と比較してみよう。2018年に行われたISSPの調査には、日本を含む27カ国が参加していた。ここで各国の傾向を数値で比較するために、「絶対に間違っている」を4、「全く間違っていない」を1というように回答選択肢を数値化し、各国の平均値を求めた。

全体的な傾向として、何らかの宗教を信仰している人が多い国ほど数値が高いといえそうである。国民の90%以上がキリスト教徒のフィリピン、70%がキリスト教徒のアメリカなどが上位にきているのは頷(うなず)ける(※2)。
もちろん信仰心だけで説明できるわけではなく、例えばフィリピンでは姦通罪(編集部注:配偶者以外の異性との性行為を犯罪として扱う法律。日本では1947年に廃止された)に似た法律が施行されているといった事情もある。
調査時点の2018年には台湾にも姦通罪があったが、2020年5月に違憲判決が出て即日廃止された。
世界的にも姦通罪は廃止の傾向にある。その背景には、他国が姦通罪を次々と廃止していることにならった波及効果や、国際会議などの場でルールを共有し、世界的に一定の方向にルールが定まっていくといった理由がある(※3)。
他国と比較すると、日本は不倫に対して緩めの態度である。
もちろん調査に参加した国々の反不倫規範は全体的に高水準であり、日本と他国を比較しても大幅な差異は認められないものの、比較的低い規範水準にあるといえる。
こうした傾向は他の調査でも同様に支持されており、2013年に行われた反不倫規範に関する調査でも、39カ国中下から9位という水準であった(※4)。
■註記
※1 神原文子(1991)『現代の結婚と夫婦関係』培風館
※2 個人レベルで宗教的な敬虔さと不倫の有無を見た分析として、例えば Munsch (2015)などが挙げられる。
Munsch, C. L. (2015). Her support, his support: Money, masculinity, and marital infidelity. American Sociological Review, 80(3): 469-495.
※3 Frank, D. J., Camp, B. J., & Boutcher, S. A.(2010). Worldwide trends in the criminal regulation of sex, 1945 to 2005. American Sociological Review, 75(6): 867-893.
Frank, D. J., & Moss, D. M. (2017). Cross-national and longitudinal variations in the criminal regulation of sex, 1965 to 2005. Social Forces, 95(3): 941-969.
※4 Pew Research Center による。詳細は以下を参照。https://www.pewresearch.org/fact-tank/2014/01/14/french-more-accepting-of-infidelity-than-people-in-other-countries/