「子どもを育てながら、親の介護をする――」そんな状況に直面しているダブルケア当事者、いわゆる「ダブルケアラー」は、現在国内に25万人いると推定されている。
神奈川県に住む佐藤智子さん(30代後半/仮名)も、その一人だ。
歩行や立ち上がりに助けが必要な父親の介護をしながら、3歳になる娘を育てている。

「自分のことは全部後回し」ダブルケアの実態

智子さんにとって、ダブルケアの最初のきっかけは母親の他界と父親の脳出血だった。後遺症が残った父親を在宅で手助けしながら、自身の結婚・出産を経て、本格的に育児と介護が同時進行するダブルケア状態となった。
結婚はしたが「父親の介護があるため」別居婚を選んだという智子さん。
「そもそも先に亡くなった母に孫を見せられなかったと悔やむ父と、自分は結婚もしないし子どもも産まないと言い切る姉からのプレッシャーで子どもを産んだこともあって、夫婦の生活を求めていた訳ではなく、別居婚については迷いはありませんでした」
しかし、初めての出産・子育てを介護と両立させるのは簡単なことではない。出産後も、今なお「娘が泣いたら娘のケア、父親が何かしたいときは父親のケアをする日々で自分のことは全部後回し」だという。
「娘が生まれてから、父親が転んで入院した時がありました。ちょうどコロナ禍で、入院の手続きやお見舞い、洗濯物…。生後数か月の娘を抱えて病院に通うのは、すごくつらかった。また、自分がコロナにかかった時には買い物に行ける人がいなくて、もうどうしたらいいのかわからなくなっていました」
追い詰められた智子さんを救ったのは、産後訪問などでつながりがあった保健師だった。
「自分自身の状況を伝えたところ、利用できるサービスや支援団体を紹介していただきました。今もフルタイムでは働けないので、その時出会った団体の方に仕事や生活全般の支援をしていただいて、精神的にはもちろん、経済的にも助かっています」

「助けて」が言えない当事者たち

ダブルケアに関する調査研究や普及事業を行う「一般社団法人ダブルケアサポート」理事の植木美子さんは、「支援が必要な当事者の多くが『助けて』を言えない状態にあります」と指摘して、その理由をこう話す。
「国民性もあるのかもしれませんが、子育てと介護については特に『みんな当たり前にやっていることだから』と相談するのがはばかられるようです」
また、たとえ相談したいと感じていても、「誰に何を相談すればいいかわからない」と諦める人も多いという。
智子さんは、産後訪問でつながりのあった保健師に自身の状態を打ち明けることができたが、ダブルケアが始まるタイミングは人によってさまざまだ。
子どもの就学後に親の介護が必要になることもあれば、引きこもりの成人の子どもと高齢の親をケアする当事者もいる。
植木さんは、そうした多様なケースに対応できる支援先として「地域包括支援センターの存在をまず知ってもらいたい」と力を込める。

支援の窓口「地域包括支援センター」とは?

地域包括支援センターは、自治体によって「高齢者相談センター」や「あんしんすこやかセンター」など名称は異なるが、介護保険法で定められた市区町村が住民の健康と生活の安定のために必要な援助を行うための中核的機関だ(同法115条の46)。自治体からの委託を受け医療法人などの民間団体が運営しているケースも多く見られる。
この包括支援センターに相談するメリットについて、植木さんはこう話す。
「包括支援センターは、高齢者支援を主に行っていますが、社会福祉士・主任介護支援専門員(主任ケアマネージャー)・看護師が必ずいることが決まりになっています。特に社会福祉士は福祉に関する幅広い知識があるので、子育てのことであっても困りごとを解決するために必要な提案や、場合によっては支援団体の紹介もしていただけると思います。
ただ、ここが日本の縦割り行政の課題ですが、『介護についての相談には乗るけど、子育ての分野の相談になるとわからない』などと言われる可能性は否定できません。その場合は、こども家庭センター(※)や役所の子ども家庭支援課など行政機関に相談していただきたいです。
ちなみに大阪・堺市には、全国で唯一の『ダブルケア相談窓口』があります。堺市にお住まいの人は、子育て・介護どちらについての困りごともこの窓口に相談できます」
※改正児童福祉法(2022年)で設置が市区町村の努力義務となったが、昨年5月時点での全国の設置状況は50%程度にとどまっている。改正前は子育て世代包括支援センターとも呼ばれていた。

ダブルケア支援者が「普及活動」に力を入れる訳

前出の智子さんは、保健師の紹介により行政・支援団体とつながったことで、「自分の生活環境を客観的に見つめ、生活を立て直す足がかりができた」と振り返る。
また、自身の経験から、多くの人にダブルケアという言葉やその実態を知ってもらえたらと口にする。

「私もそうだったように、自分の状態を冷静に見ることができないまま苦しんでいる当事者がいると思います。そんな時、私の場合は保健師さんでしたが、当事者の周りにいる誰かが『あなたの状況はダブルケアだよ』と気づかせてくれる機会があれば、当事者の心の負担も減るのではないかと感じています」
当事者を支えるには、周りの理解と関与が欠かせない――同様の考えから、植木さんも当事者以外にもダブルケアを広く知ってもらおうと、普及活動に力を入れている。
「周囲の誰かがダブルケアになった時に手を差し伸べて、たとえば『地域包括支援センターに相談に行くといいみたいだよ』とアドバイスできれば、すごくその人の助けになると思います」

「知識はお守りになる」自分事にしたい“ケア”

さらに普及活動には、もう一つ大きな「意図」があると植木さんは続ける。
「それは、いつか“ケア”の当事者になるかもしれない人に、知識を持っていてもらいたいということです。
今、若い人たちはいつ子どもを産むか、子育ての時期を考えて準備している人も多いと思います。でも、介護には準備の時間が無い場合が多くあります。突然やってくることがあるのです。
ダブルケアに限らず言えることですが、自分の親は大丈夫と思っている人は多いものです。でも人間だから、親は確実に年を取り、いずれケアが必要になります。その時になってから、調べるのはとても大変です。
行政には何を頼めるのか、わからないことは誰に相談すればいいのか。こうした知識はいざという時のお守りになります。
当事者になる前に、ぜひ一度調べて、考えて、備えておいてほしいと思っています」


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