自民党などが今国会に提出した「特定生殖補助医療に関する法律案」には、営利目的での精子・卵子提供や代理出産の禁止と罰則、人工授精などの方法で生まれた子が自らの出自を知ることに配慮する必要性などが盛り込まれている。
5月13日、「特定生殖医療法案の修正を求める会」が議員連盟に公開質問状を送付。同日、法案の問題について訴える会見を行った。

営利目的での医療行為や同性カップルの利用を禁止、罰則も設ける

「特定生殖補助医療」とは、法律婚や事実婚の夫婦が第三者のドナー(提供者)から精子や卵子の提供を受けて実施する不妊治療。
具体的には、提供精子を女性の子宮内に注入する人工授精(AID)、提供された精子や卵子で体外受精する方法、第三者の女性による代理出産などが含まれる。
このうち、AIDは1948年に国内で初めて慶応大病院で実施されるなど、特定生殖補助医療は長らく行われてきたが、これまでAIDについて規律する法律はなかった。
法案では精子や卵子を供給する医療機関、不妊治療を実施する医療機関、その間で精子や卵子をあっせんする機関について定め、国が認定した機関でのみ医療行為を許可する。
また、これまで日本では代理出産に関する法的な規定はなかったが、法案では営利目的での代理出産を禁止。同じく営利目的での精子・卵子の提供やあっせんも禁止し、特定生殖補助医療の対象は法律婚した夫婦のみに限定。
つまり、同性カップルや事実婚の異性カップル、結婚をしていないシングルの人などは特定生殖補助医療の利用が禁止される。
これらの規定に違反した場合の罰則も設けられ(2年以下の拘禁刑もしくは300万円以下の罰金)、海外での医療行為であっても、国外犯規定により罰則の対象になる。

生まれた子の「出自を知る権利」が保障されていない

近年では、アイデンティティーの健全な確立という観点、また遺伝性の症状の早期発見・治療など医療面の必要性から、「特定生殖補助により生まれた子には自らの『出自を知る権利』がある」と広く主張されるようになった。
法案の「基本理念」でも、特定生殖補助により生まれた子が自らの出自に関する情報を知りたいと希望した場合には必要な配慮がなされなければならない、とも定められている。
しかし、ドナーが提供した精子や卵子で生まれた子とドナーをつなぐ活動を行う一般社団法人「ドナーリンク・ジャパン」代表理事の仙波由加里氏は、法案は「出自を知る権利」の保障が不十分であると指摘。
法案では、生まれた子がドナーの情報を知りたい場合、子が18歳になればドナーの年齢や身長、血液型などの情報を開示できるとされている。しかし、ドナーの特定につながる情報はドナー本人の同意がなければ開示できない。
「今の法案では必要な情報がわからない。
出自を知る権利を、形だけの役に立たないものにしてしまっては意味がない」(仙波氏)
法案ではあくまで「配慮」を定めているのみであり、自らの出自を知る「権利」が子にあるとはしていない。
これについて過去に「子の福祉に反するのではないか」と議員に問い合わせたところ、「現時点では『権利』があるとまでは法律に書くことはできない」と回答されたという。
精子提供・卵子提供により懐胎した親側当事者の団体「ふぁみいろネットワーク」共同代表の戸井田かおり氏は「実質的には、ドナー情報の開示を禁じる法律である」と語る。
さらに、法案では出自を知る権利が保障されないという情報自体が世間一般に周知されていない、と戸井田氏は指摘。「立法の趣旨を明らかにして、公の場で議論するべきだ」と議員らに要望した。

「犯罪化は非公式な手段を助長する」

法案では法律婚した夫婦にのみ特定生殖補助医療を認めるため、同性カップルや事実婚カップルはバンクを通じた精子・卵子提供などを利用できなくなる。
このため質問状では「SNS等の個人間精子提供を選ぶ人が急増することが考えられる」として、「性被害や性感染症による母子へのリスク」や「子ども同士の近親婚のリスク」などさまざまなリスクが高まり子どもの福祉もおびやかされることへの懸念を示している。
セクシャルマイノリティの人を中心とした居場所づくりや子育て支援に取り組む一般社団法人「こどまっぷ」代表理事の長村さと子氏は、法案が可決すると子を望む同性カップルや不妊治療に取り組んでいる事実婚カップルなど多くの人が苦しむと指摘。
また罰則や国外犯規定が設けられたことについて「驚きを隠せない。法律婚以外のカップルから公的な利用手段を排除する本法案は、非公式な手段をむしろ助長するのでは」と懸念を示した。
戸井田氏によると、諸外国でも営利目的の精子・卵子提供を禁止している場合があるが、それらの国では無償のドナーが集まらないため制度が機能せず、当事者は他の国の制度を利用している状況だという。
「立法者の側には、この法案で制度が機能することを説明する責任があるのではないか」(戸井田氏)
また卵子・精子を提供するドナーには手続きの労力が発生し、カウンセリングも必要になる。
法案では営利目的の提供を禁止するが、労力に対して最低限の金銭的な補償を行うこともできなくなることが懸念されている。
ジェンダー平等などを求めて活動する一般社団法人「あすには」代表の井田奈穂氏も、特定生殖補助医療の犯罪化が非公式な手段を助長して「医療のアンダーグラウンド化」につながることを懸念。また、「法案の内容は少子化対策を進める国の方針に逆行している」と批判した。
質問状では「国外犯規定、患者への刑罰や18歳未満のドナー情報へのアクセス禁止について、非常に重要な点であるにも関わらず、法案提出まで公に議論がされず、提出時の図表や概要にさえ明記しなかった理由は何か」と、立法過程についても疑義を示している。
質問状への回答の期日は5月27日まで。回答があれば、「特定生殖医療法案の修正を求める会」が運営するブログ(note)で公開する予定だ。


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