近年、日本では大麻による検挙者数が増加傾向にある。
警察庁の統計によると、2024年中に、大麻により検挙された人数は6078人に上り、2015年の2101人から約3倍近く増加している。

大麻に関する議論を巡っては「非犯罪化し、刑事施設外での自主的な治療に専念すべき」といった意見や“合法化”を求める一部の声がある一方、芸能人や有名大学の学生による大麻事件が発生すると“センセーショナル”な報道も目立つ。
本連載では「大麻とは何か」や「日本国内での大麻を取り巻く環境」について、文化社会学と犯罪社会学の観点から大麻について調査・研究をする佛教大学准教授の山本奈生氏が解説。第5回は現在進行形で起きている大麻摘発者数の増加とその背景について考察する。(全6回)
※ この記事は山本奈生氏の書籍『大麻の社会学』(青弓社)より一部抜粋・構成。

98年以降「ダメ。ゼッタイ。」が浸透

現代日本でおおむね自明の前提とされる大麻への認識は、1970年代から80年代に固着したものであり、その後マスメディアや世論に抜本的な変化が生じているようにはみえない。
記憶にも新しいことだから近年の動向についてはごく簡単に概略を確認するにとどめておこう。1980年代から90年代を通して報道はますます「麻薬の一種」としての大麻を芸能スキャンダルとして盛んに報じてきた。
93年、中森明菜の疑惑や95年の長淵剛の逮捕は社会をにぎわし、98年以後は厚労省と警察庁による「ダメ。ゼッタイ。」キャンペーンが浸透することで、世論からも学界からも大麻について考える言説は提起されず、新宿のロフトプラスワン(編注:新宿・歌舞伎町のトークライブハウス)のような「アングラ・サブカル」領域だけに大麻言説は閉じ込められた。
「ダメ。ゼッタイ。」の標語は、もともとレーガン政権期に生じたドラッグ戦争の系譜のなかで1987年に「国際麻薬乱用・不正取引防止デー」が国際的に定められた文脈の日本版としてのちに提起されたものである。

ナンシー・レーガン(編注:レーガン大統領のファーストレディー)がいった「ジャスト・セイ・ノー」と類縁の短くインパクトがある言葉として、麻薬・覚せい剤乱用防止センターが90年代以後にキャンペーンを浸透させた。同センターの設立は「死んだふり解散」後の87年、第三次中曾根康弘政権の時代であり、標語活動は90年代のことである。
大麻に関する言説は「ダメ。ゼッタイ。」キャンペーン以後ますます平板なものとして語られ、例えば「週刊新潮」はショーケンこと萩原健一の逮捕(編注:1983年に大麻取締法違反で逮捕。懲役1年、執行猶予3年の判決を受ける)に際して「大麻常習で骨がボロボロになった」という大見出しで報じ、女性週刊誌などもこれに追随した。
大麻喫煙で「骨がボロボロになる」という言説は医学的にみればコーラの飲みすぎで骨が溶けるという程度に奇想天外なものだったとしても、そうした水準の認識は例外的なものではなく、むしろ常識知に組み込まれてきた。

誰もがスキャンダルに関心も…第一の優先課題にはならず

マジョリティの誰もが大麻スキャンダルに関心をもったが、大麻取締法で投獄される若者の人生と大麻それ自体に世論は関心をもたなかった。
この間の逮捕者数は1977年に初めて1000人を超えてからずっと微増傾向にあり、90年代にはおおむね1000人単位、「ダメ。ゼッタイ。」キャンペーン以後は2000人単位で推移し、しばしば3000人を超えて現在は4000人を超えている(編注:書籍発刊当時。その後、2020年に5000人を突破、2023年には6000人を超えた)。
もちろん戦後日本のドラッグ問題は一貫して覚醒剤なのであり、大麻摘発は麻薬取締部も警察にとっても第一の優先課題とはされてこなかった。しかし、覚醒剤でも「第一波」「第二波」という複数の波が観察されるのと同様、1990年代以後の大麻摘発も2度の「ピーク」を見て取ることができる。
そしてこれらの波は、全体が暗数である「実際の使用者」の動向をそのまま反映しているわけでは必ずしもない。
犯罪統計はゼロ年代前半期の犯罪認知件数増加と、日本での治安悪化言説が、メディアの動向と警察当局の対応姿勢の変化によるものであり、実態としての「犯罪被害件数」は微減傾向でしかなかったように、摘発者側の統計や捜査手法の変化による部分も大きい。
まず1993年前後に小さく短期的な山があるが、これ自体は2年間程度の現象であり、同時期に中森明菜など芸能人らの疑惑が多く報じられたことを確認しておかなければならない。
これが短期的な警察側の動向によるものなのか、一時期の流行として大麻が多く流入したためかは断定できないが、これ自体を一つの傾向的なピークと捉えることは難しい。

二つの大麻事件巡り報道加熱

第一の山は2007年頃から09年に至るものであり、この時期の摘発者は30%程度増加している。
この背景にはもちろん、インターネット普及に伴う喫煙者推計値の微増もあるだろうが、生涯経験率推計は1%前後のままそれほど大きくは変化しておらず、そもそも06年頃までは街角の「ヘッドショップ」で半ばグレーゾーンのまま大麻種子が販売されていたのに、08年までにはほぼ完全に一掃されていたのだから「推計としての実態」がそこまで増加したものとは考えにくい。
第一の山について明確に指摘できるのは、2007年にゼロ年代で最も注目された二つの大麻関連事件、すなわち関東学院ラグビー部の出来事と「大相撲大麻汚染」の報道が過熱し、日中のワイドショーを覆い尽くしていたということである。
これを受けて、次年度に現場警察官や警察当局の対応が変化した可能性は否定できない。

摘発者数、一時低下も再び急増

その後、リーマンショック以降、東日本大震災の時代に摘発者はかつての水準にまで低下するが、2016年頃から急増し、19年度は過去最多の4321人になった。
これを現在進行形の第二のピークだとしていい。こちらは警察当局やメディア状況の変化よりもむしろ、生涯喫煙率の推計値も明らかに増加していて、15年度の1%から19年度に1.8%へと変化している点に留意すべきである。

「脱法ハーブ」違法化で大麻に移行…?

第二の山に対して指摘できることは2点ある。第一に、アメリカ諸州やカナダでの大麻合法化を受けてネット上の言説が徐々に変化しつつあったこと、第二に、近年まで「脱法ハーブ」とされていた合成麻薬類が各種事件を受けて急速に違法化され、街頭やネットでの販売が消滅したことから、これらのユーザーが大麻それ自体へと移行し、警察当局もこれを十分認知していたことである。
特に後者の傾向は、かつて「脱法ハーブ」を扱っていた業者側に注目して論じるべきでもある。
「脱法ハーブ」はもともと2008年頃には初期型が日本に流入し、その主な成分は合成麻薬や合成カンナビノイドなどの分子構造を若干改変しただけの「デザイナードラッグ」だった。

したがってこれは、大麻の形状や匂い、効果などの雰囲気をまねて作ったもので、例えばイチゴ自体ではなく人工香料によるストロベリークリームのようなものである。
当初このマーケットは小さく、第1世代や第2世代と呼ばれる「スパイス」などの製品は個人輸入店のような業者が扱い、まだ効果も強くなかったため使用の問題はあまり発生していなかった。
しかし、規制強化(編注:麻薬及び向精神薬取締法及び薬事法の一部を改正する法律が2013年に成立。麻薬取締官(員)による取締が可能となったほか、指定薬物の所持・使用等が禁止された)に伴ってマフィアの参与もみられて2013年頃から効果をより強化し、合成カンナビノイドよりもむしろメタンフェタミン/覚醒剤に近い成分や、フェンタニル/阿片系の合成オピオイドなどを「ちゃんぽん」したような製品が安価で流通してしまった。
ストリートの水準では公然と、アダルトグッズなどを扱うような店でネット通販を主体として大量に売買され、規制と販売のいたちごっこによって日々パッケージや成分が更新されるため、販売者側も結局、どの商品がどういった成分であるのかを把握できず、ユーザー側も適正摂取量や効果予測が難しかったため高い危険性を有するものだった。
オーバードーズによる交通事故が生じ、2014年の池袋暴走事件(編注:脱法ドラッグを吸引した男が運転する車が暴走し、歩行者1名が死亡、7名が重軽傷を負った事件)は大きく報じられた。その後、規制の大幅強化によって「脱法ドラッグ」のユーザーと個人業者は転業を迫られ、その一部が大麻のネット売買に流入することになった。


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