山谷氏は「躍動の会」の公認候補として赤穂市議会議員選挙に立候補し、20人中15位(定数17)で当選した。
市区町村議会議員、都道府県議会議員に立候補する資格として、3か月以上その自治体に居住することが求められている(公職選挙法9条2項、3項参照)。居住要件の解釈およびそれに関する問題について、「議員法務」の第一人者で、東京都国分寺市議会議員を3期10年にわたり務めた経歴がある三葛敦志(みかつら あつし)弁護士に聞いた。
居住実態に関する“疑惑”が持ち上がる背景
昨今、地方議会議員選挙ではしばしば、選挙結果を受けて「居住要件」についての疑惑が持ち上がる。なぜなのか。三葛弁護士は2つの要因を挙げる。三葛弁護士:「第一に、地方議会選挙に立候補する方が必ずしも地域に密着した方ばかりではなくなってきているという実態です。
近年は、落選したら別の自治体で挑戦するという、複数の自治体で立候補する人が増えています。そのような経歴がある候補者については、居住要件を疑われやすいといえます。
第二に、立候補届け出という短い期間に、各候補者の居住実態について審査するのは困難であり、非現実的ということが挙げられます。
そのため、立候補届け出の際に最低限、その自治体に住民票があるという『形式要件』をみたしているかを判断するほかありません。実態については、問題がある場合に事後的に詳しく調査して判断せざるを得ないのです」
居住実態の判断基準は「不明確」だが…
そもそも居住実態とはどのようなものか。三葛弁護士は、実務上も学説上も、居住実態についての厳密な判断基準は必ずしも明らかにはされていないと説明する。三葛弁護士:「最近の裁判例によると、公職選挙法上の『住所』とは、『⽣活の本拠、すなわち、その者の⽣活に最も関係の深い⼀般的⽣活、全⽣活の中⼼を指すものであり、⼀定の場所がある者の住所であるか否かは、客観的に⽣活の本拠といえる実体を具備しているか否かにより決すべきもの』とされています(東京高裁令和3年(2021年)12月23日判決、最高裁令和4年(2022年)5月17日決定)。
ただし、『客観的に生活の本拠と言える実体』などの数量的な基準を厳密に設けることは適切ではなく、現実的でもありません。たとえば、
- 朝早くから夜遅くまで勤務先におり、勤務先に寝泊まりすることも多い場合
- マイホームに家族を残して単身赴任し、休暇に帰ってくる場合
- 長距離ドライバーで長期間家を空ける場合
- 遠洋漁業従事者で年数日しか帰ってこない場合
実際、過去に上記のような事例について居住要件が問題となったことは、「聞いたことがない」とする。
三葛弁護士:「たとえば、離島選出の議員や、議会までかなりの距離がある議員(北海道等)などが、議会中選挙区を離れ議会のそばに長く滞在していても、居住要件について誰も問題にしません」
「居住実態」が求められる意味
基準が不明確で限定が困難ならば、居住実態の有無を判断すること自体、無意味ではないのか。そもそも、公職選挙法上、居住要件は地方議員(市区町村議会議員、都道府県議会議員)にのみ要求されており、国会議員や首長については定められていない。なぜか。
三葛弁護士:「地方議員の居住要件は、その自治体との結びつきの強さを判断するうえで必要不可欠だと考えられています。
地方議会で取り扱われる内容の多くは、その地域の住民の生活に密着した共通の課題です。議員の役割は、地元の人たちの声を聞き、議会に的確に反映させることです。したがって、その自治体との強度の結びつきが要求されるのです。
なお、同じ地方公共団体でも、首長は、全国から優秀な人材を募るという趣旨により、地域との結びつきは必ずしも強度でなくてもよいと考えられています。知事選挙に中央官庁の官僚が急きょ立候補することを想定するとよくわかります」
居住実態をどのように“実質的に判断”するか?
では、居住実態の有無は実務上、どのように判断されるのか。三葛弁護士:「明確な基準を設けるのが困難だとしても、実質的な判断によって、『明らかに居住実態がない』というケースを個別具体的に見いだすことは可能です。
たとえば、A自治体に住民票を置いていながら、別のB自治体でその地域の住民と同様の生活を営んでいるようなケースです。
実質的判断に際しては、具体的にどのような事情が考慮されるのか。
三葛弁護士:「『その場所で暮らしているからにはこういうものがあるはずだ』という観点から判断される事例が多いといえます。
裁判例では、『公共料金の支払い状況』『寝具や家財道具を運び込んだ形跡があるか』『寝泊まりをしているか』『近所での目撃事例があるか』『家の中から物音がするか』などの事情が、総合的に考慮されているようです」
増山県議による「電気料金明細公開」は“悪手”?
山谷市議が所属する「躍動の会」の増山誠兵庫県議が17日、自身のYouTubeチャンネルで「山谷さんの無実を証明する資料公開!」と称する動画を公開し、山谷氏宅(赤穂市内)の電気代の明細を「居住実態の証拠」として紹介した。しかし、三葛弁護士は、この行動について、弁護士の立場から「慎重に対応すべき内容だった」と指摘する。
三葛弁護士:「私が担当の弁護士だったら、電気料金明細も含めて一通り証拠をそろえ、適切であると判断するまでは待っていただきます。
生煮えの証拠を提示すると、かえって不利な評価がなされるおそれがあります。また、公開はリスクがあるので慎重に検討します」
電気代の明細のみの提示では、不利な評価がなされる可能性があるという理由は何か。
三葛弁護士:「たとえば、防犯のために電化製品の電源をつけっぱなしにしておくケースや、植物や動物のためにエアコンをつけっぱなしにしているケースもあります。それらをリモートにより制御することも可能です。
したがって、電気代のみ提示するのは、説得力が十分とまでは言いにくく、あまり良い方法ではない可能性があります。
少なくとも、それに加え、ガス代や水道代の明細も見せれば、居住実態の証明に役立つでしょう。その家で生活していれば風呂やシャワー、トイレ、キッチン等はそれなりに使うからです」
その他に、どのような証拠が考えられるか。
三葛弁護士:「プライバシーにかかわるのであくまでも任意ですが、スマートフォンの位置情報の履歴や、スマホ決済の買い物の履歴などを提示すれば、説得力が生じるでしょう。
なお、これらは第一次的には当該自治体の選挙管理委員会の判断となるため、広く一般向けに公開までする必要はありません。選挙管理委員会、ひいては裁判所に提出することで足ります」
自宅住所を公開したくないというニーズも“尊重”するには
昨今は、若い世代や女性をはじめ、プライバシーや安全のため、自宅の住所を公開しない議員も増えているという。これにはやむを得ない面がある。近年、議員個人の住所が知られている結果、本人や家族に対し脅迫や嫌がらせが行われる事例が発生し、最悪のケースでは死者まで出てしまっており、公開のリスクが生じているためである。
三葛弁護士は、住所の非公開には居住実態の確認が困難になるという問題があると指摘した上で、次のように提言する。
三葛弁護士:「もちろん、このご時世、不当な攻撃から本人・家族の身の安全を確保するという意味で、住所や連絡先を議会の控室等に設定して、居住地等を非公開とすることは認めるべきです。
公人だから最低限のプライバシーすら放棄すべきという考え方は、もはや時代に合っておりません。
他方で、居住実態の確認のためには、どこに居住しているのかという情報が不可欠です。
この対極的な2つの要請を踏まえると、居住実態の要件について疑いが生じた場合に備え、迅速に対応すべく、ある程度の調査権能をもつ組織・機関をその自治体に設けておくという制度設計が考えられます。
もちろん、『本人の同意なくプライバシーにどこまで介入できるか』『その機関の独立性をどう確保するか』『どのような場合にどこまで保有情報を開示するか』『調査結果をその後の訴訟等に使用できるか』といった課題はありますが、公選法の趣旨を踏まえつつ、時代に即した検討もなされるべきです」