高齢で大病を患い、病床に横たわり、老衰で亡くなるーー。人それぞれの「最期」のシーンがあるが、多くの人がイメージするのはそんな場面ではないだろうか。

だが、高齢者の割合が増大を続ける昨今、「こんなことで?」という“死に方”も珍しくなくなりつつある。
法医学者・高木徹也氏は「高齢者が自宅トイレから出たところの廊下で下半身裸で死んでいる」と警察からの連絡を受け、現場へ駆けつけたことがあるという。用を足していただけだが、一体なにが起こったのだろうか…。
不審遺体の解剖数で日本1、2を争う同氏が、その豊富な知見から、「トイレできばって死ぬ」メカニズムについて解説する。
※この記事は法医学者・高木徹也氏の書籍『こんなことで死にたくなかった:法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)より一部抜粋・再構成しています。

トイレから出たところで亡くなった高齢者…なぜ?

「高齢者が、自宅のトイレから出たところの廊下に、下半身裸の状態で死んでいるのを家族が発見しました」
警察からこうした検案依頼の連絡を受けて、現場へ行く機会は少なくありません。
「うつ伏せの体勢で、手に携帯電話を握りしめていました」といった現場の状況もよく報告されます。
またこのような状況のとき、便器内に用を足した痕跡がない、もしくは用を足していても少量だけ、という点で共通していることが多いです。
ところで、人は死亡すると心臓の停止に伴って血液の循環が停止し、重力に従って体内の低い位置に血液が移動します。仰向けに亡くなった方であれば背中に、うつ伏せで亡くなった方であれば胸や腹部あたりに体内の血液が溜まるわけです。
溜まった血液は外表から観察することができますが、これを「死斑」といいます。死斑が出ている部位や色調、発現の強さを観察することで、死後の経過時間だけでなく、死亡状況や死因を判断することができます。特に、死斑の色調が赤黒く、濃く発現している場合、病死であれば脳血管系疾患、いわゆる「脳卒中」が強く疑われます。

先ほどのようなトイレから出た状態で亡くなっている人は、死斑が顔面や身体の前面に赤黒い色で濃く発現していることが多いのです。また、ご遺体をつぶさに観察すると、膝に擦りむいたような痕が確認できることがあります。
現場検証をした警察からすると、助けを求めているように見えるので事件性を疑いたくなるようですが、私たち法医学者は「脳血管系疾患による病死ですね」とアッサリ判断することになります。

高齢者はなぜ「きばる」?

歳を重ねると副交感神経の反射が弱くなり、腸の動きが悪くなります。そのため、便が腸に留まる時間が長くなって便が硬くなり、出にくくなります。
 さらに本来であれば、便が直腸という器官に到達すると、直腸の神経が反応して大脳を刺激し便意を感じますが、これも感じにくくなります。加えて、排便するときに必要な腹筋や肛門の筋肉の働きが弱くなるため、便を押し出しにくくなります。
また生活習慣病によって、腸に向かう血管に動脈硬化症が生じると、余計に腸の動きが悪くなり、便秘になってしまいます。
このような理由から、高齢者はトイレで長い時間「きばる」のです。
きばれば血圧は上昇し、脳血流が増加。これにより、動脈硬化の進行によって脳に形成されていた動脈瘤が破裂して、脳血管系疾患を起こすことがあります。

遺体の膝に傷ができる「なるほど」な理由

なお、脳血管系疾患を発症すると激しい頭痛に襲われますが、すぐに心臓停止や意識消失には至りません。頭痛に耐えながらトイレから這いずり出て、携帯電話で助けを呼ぼうとして倒れこむので、ご遺体の膝に擦りむき傷ができるわけです。

日常的に使用するトイレも、高齢者にとっては突然死しかねない場所であることを理解して、用を足すときには気をつけてほしいですね。
<まとめ>
  • 食物繊維が含まれる食事など、便通がよくなる食生活を心がける。
  • 家族は高齢者が便秘になりやすいことを理解する。
  • 便通が悪い場合には医師に相談し、適切な処方を受ける。

【高木徹也】
法医学者。1967年東京都生まれ。
杏林大学法医学教室准教授を経て、2016年4月から東北医科薬科大学の教授に就任。
高齢者の異状死の特徴、浴槽内死亡事例の病態解明などを研究している。
東京都監察医務院非常勤監察医、宮城県警察医会顧問などを兼任し、不審遺体の解剖数は日本1、2を争う。
法医学・医療監修を行っているドラマや映画は多数。


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