入社してわずか1か月半、社員Aさんが試用期間中に解雇された。
会社が挙げた理由は「電話対応が稚拙だ」「仕事に対する意欲が感じられない」「アイドルになる夢を持ち続けており勤務態度の改善は見込めない」などというもの。

これについて、裁判所は「入社してから間がなく業務に慣れていない面があったことに照らすと、従業員としての適性を欠くとまではいえない」などとして、「解雇は無効」と判断した。(東京地裁 R6.7.24)
試用期間はお試し期間【ではない】。新入社員が仕事でミスをするのは当たり前であり、ミスを理由とした解雇はほぼ認められない。
以下、事件の詳細だ。(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

会社は、システム開発・運用サービスなどを行っている。Aさんは大学卒業後、アイドルを目指して芸能人養成学校に通っていたが、休学し、この会社に入社(令和4年(2022年)4月1日)。デジタルコンテンツ事業本部に配属された(試用期間3か月)。
4月下旬、会社は外部研修でのAさんの評価をきっかけに、社内でヒアリングを実施した。その結果、Aさんについて以下の意見があった。
  • 電話対応に稚拙な点があった
  • 個別に質問や連絡をしてきたが、新人研修用のチャットルームで共有してほしかった
  • 顧客対応がうまくできず、落ち込んでいた
  • メールを誤送信したことがあった
  • 仕事に対する意欲または積極性が欠けていた
  • 間違ったものを作ったときのスタンスが謙虚でなかった
  • 仕事の内容が雑で、注意力が欠けていた……etc
その後、Aさんは自身のSNSにおいて、以下の趣旨の投稿をした。
  • アイドルになりたい
  • やりたいことをやれず、つらかった
  • もうすぐ仕事を辞めるか決断する……etc
同年5月上旬、会社の人事担当者がAさんと面談。人事担当者はAさんに対して「あなたのSNSをチェックし、社内で検討した結果、労働契約を終了したい」「自己都合による退職か会社都合による解雇のいずれかを選択してほしい」との意向を伝えた。社長もAさんに対して同様の発言をした。

後日、人事担当者とAさんが再び面談した際、Aさんは「アイドルの夢は諦めて会社で働き続けたい」と話したが、人事担当者は「すでに会社としての方向性は決まっている、明日までに自己都合による退職か会社都合による解雇のいずれかを選択してほしい」と通告。
Aさんの出した結論は「自主退職するつもりはない」「解雇にしてほしい」というものだった。そこで、人事担当者はAさんに試用期間中の解雇を告げる「採用拒否通知書」を手渡した。
採用拒否通知書には下記の記述が見られた。
  • 上司の指示に従わない、同僚との協調性がない、やる気がない等、勤務態度が悪いとき
  • 当社の従業員としてふさわしくないと認められるとき
  • 勤労意欲が低く、これに伴い、勤務成績、勤務態度その他の業務能力全般が不良で業務に適さないと認められるとき
これらの事項は、いずれも就業規則に記載されているものである。
自主退職していれば裁判で戦えないが、解雇されたのであれば道は開ける。Aさんは弁護士などに相談したのであろう。やや時間がかかったが、約8か月後、「この解雇は無効である」と主張して提訴に踏み切った。

裁判所の判断

裁判所は「解雇は無効」と判断した(解雇が無効になる=労働者が会社に戻る【ではない】。ほとんどのケースではバックペイ(過去の給料の支払い)という金銭賠償のみで、Aさんもおそらく会社に復帰していないと考えられる)。
■ 試用期間中の解雇がOKになるケース
「試用期間中」という言葉からすれば“お試し”というニュアンスが感じられるが、会社はそう簡単には解雇できない。最高裁が「客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ解雇できる」と示しているからだ(三菱樹脂事件:最高裁 S48.12.12)。
本件で会社が主張した「Aさんの不手際」について、裁判所はそれぞれ次の通り判断している。

  • 電話対応に稚拙な点があった、メールを誤送信したことがあった
    →「単純なミスにすぎず、その頻度や回数は明らかでないものの、これによって業務に支障が生じた事実までは認められない」
  • 個別の連絡ではなく新人研修用のチャットルームで共有してほしかった
    →「連絡方法について不満を述べるものにすぎず、個別に同僚に連絡したことが不適切とまではいえない」
  • 顧客対応がうまくできず落ち込んでいた
    →「入社してから間がなく業務に慣れていない面があったことに照らすと、従業員としての適性を欠くとまではいえない」
  • 仕事に対する意欲が欠けていた、仕事が雑である、など
    →「回答者の主観的評価を述べるものにとどまり、これを裏付ける客観的証拠は見当たらない」
以上のような事情を総合考慮して、裁判所は「本件解雇は無効」と判断した。
■ アイドルを諦められない?
会社は「Aさんの不良な勤務態度の原因は、Aさんがアイドルになるという夢を諦められない点にあり、そのような気持ちを持っている限り、勤務態度の改善は見込めない」と主張した。
しかし、裁判所は次の見解から、会社の主張を採用しなかった。
「Aさんの勤務態度は、単純なミスや業務に不慣れな点があっても、不良とまではいえない。その点をおくとしても、Aさんがアイドルになるという夢を持っている限り、勤務態度の改善は見込めないというのは、根拠のない臆測にすぎない。
Aさんは、人事担当者に対し、『アイドルの夢は諦めて働き続けたい』旨伝え、就労の意欲を示していることに照らすと、勤務態度の改善が見込めないということはできない」

最後に

再度、試用期間はお試し期間【ではない】ことを念押ししておく。新入社員の「ミス」を理由とした解雇は、ほぼ認められない。
また、自主退職してしまうと裁判で戦えないため、もし会社から「退職してほしい」と言われた場合は、今回のAさんのように解雇に持ち込むことをオススメする。


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