
「法律による行政の原理」により、国民の権利を制限し義務を課するには、国会が定める法律の根拠がなければならないとされている(憲法41条等参照)。
1月の提訴から第1回期日まで4か月もの期間がかかったのは、きわめて異例であるという。原告側の弁護士らは「国には、改正薬機法が施行されるまで裁判を遅延させる意図があるのではないか」と指摘する。
処方せんがなくても医薬品を購入できる「零売」制度
医師の診察を受けたうえで処方される「医療用医薬品」は「処方せん医薬品」と「処方せん医薬品以外の医療用医薬品」に分けられる。「処方せん医薬品」については、薬機法(医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)49条1項により「販売業者(薬局など)は医師から処方せんの交付を受けた者以外に対しては正当な理由なく販売してはならない」とされている。
一方で「処方せん医薬品以外の医療用医薬品」の販売については、現時点では法律による規制はない。しかし、厚労省は2014年と2022年に通知を出すことで、これらの医薬品の販売や広告に対する具体的な規制を実施した。
現在、ほとんどの薬局は、処方せんがない場合には「処方せん医薬品以外の医療用医薬品」を販売していない。しかし、一部の薬局は処方せんがない場合にも販売する、「零売(れいばい)」と呼ばれる行為をしている。
本訴訟は、零売を行う薬局の運営に関わる三社が、法律ではなく通知によって零売が規制されているのは違憲・違法であるとして、国に対し、「処方せん医薬品以外の医療用医薬品」の販売等ができる地位の確認(行政事件訴訟法4条後段参照)、および損害賠償(国家賠償法1条1項参照)を請求したもの。関連記事:処方せんが無くても“医薬品”を購入できる「零売薬局」への規制は「違憲」 “法改正”を目前に提訴
期日の前に改正薬機法が成立。施行されたら零売の禁止は「適法」に
第1回期日の2日前にあたる5月14日の参議院本会議で、薬機法の改正案が可決・成立した。改正薬機法では、原則的に零売を禁止している。
そもそも本訴訟が1月に提起されたのは、今年の通常国会で薬機法の改正案が提出される予定であったのを受けてのことだ。しかし、第1回期日が開かれる前に、改正案は成立してしまった。
原告側弁護団長の西浦善彦弁護士は「弁護士人生で、期日が提訴から4か月も先に指定されたのは初めて。裁判所には『3月にしてほしい』と頼んだが、年度末やゴールデンウィークを理由に、本日が最短ということになった」と語った。
法律の成立や公布から施行までの期間は、法改正の影響力や規模によっても異なってくるが、薬機法については成立の約1年後に施行されることが多いという。
改正薬機法が施行された場合には「確認の利益」がないとされ、訴えが却下されるおそれがある。そのため、本件の場合、原告側にとって期日が遅れることの影響は大きい。
国側は主張を行わず
5月9日に被告(国)が提出した答弁書では原告側の主張に関する認否は細かく行われている一方で、被告の主張については「おって、準備書面で主張する」と書かれていたのみ。原告側の平裕介弁護士は「4か月も待ったうえで、このような書面を見るとはまさか思わなかった。とてもショックを受けている」と語り、「(国は)あえて裁判を遅延させて法律の施行を待っているのではないか」との懸念を示した。
「4か月という期間は、明らかに長い。こんなに待たされたのは私も初めて。
(14日に)法案を成立させる予定があって、それに合わせて期日を設定したというのが実情だと思う。
さらに、被告側には17名もの代理人が付いている。それなのに、1行の主張も書いていない。きわめてひどい」(平弁護士)
「通知」は民意を反映しない
零売で購入した医薬品をかかげる西浦弁護士(5月16日都内/弁護士JPニュース編集部)
厚労省の通知が原因で零売を行う薬局の数は減っており、現在は100を切る数になっていると推定されている。
原告らによると、薬剤師業界では厚労省の通知が法律と同等の効力を持つかのような反応があったという。平弁護士も「一般の人からすれば、(官公庁の)通知は法律と同じようなものに思えるかもしれない」と認める。
しかし、法律は民意の信託を受けた国会議員が制定しているのに対し、通知は官僚が独自に発行するもの。そのため通知は法律の範囲内で規定されなければならないが、零売の規制はそれを超えているというのが、本訴訟における原告側の主張だ。
具体的には、原告らが零売や広告行為を行えることの地位の確認、および各社ごとに数十万円の損害賠償を請求している。
西浦弁護士は、現時点では請求の内容を変える予定はないとしつつ、仮に係争中に改正薬機法が施行された場合には変える可能性もあると述べた。
原告1名は意見陳述を行えず
今回の期日では、原告らが意見陳述を行った。陳述書によると、「株式会社長澤薬品」代表の長澤育弘氏は病院に行けない患者のために夜間・休日も営業していたが、通知を根拠に保健所の職員が頻繁に立ち入り、営業を妨げられた。
また「まゆみ薬局株式会社」代表の山下吉彦氏は、勤労世代や子育て中の親、高齢者などが零売に救われていると陳述。さらに零売は単に薬を渡すのではなく、薬剤師が専門性に基づき患者の症状・体調・既往歴を確認したうえで行われていると指摘し、規制されると薬剤師の機能が大きく制限されてしまうと述べた。
一方、「Grand Health株式会社」代表の箱石智史氏も意見陳述を行う予定だったが、裁判所が原告三社のうち二社までに制限したため、陳述できなかった。
これまでにも国を相手取った公共性の高い訴訟を多数経験してきた平弁護士は、「意見陳述が制限されたのは今回が初めてだ」と疑念を示す。
次回の期日は7月30日(水)に開かれる予定。