
見た目にはわからず、路上にもいない。コロナ禍以降、そんな「可視化されない若者のホームレス」が増えている。
支援制度の網から漏れた彼らは、行政や民間の支援を受けにくく、誰にも助けを求められないという問題を抱えている。
従来の“ホームレス”との違いや、彼らが抱える問題について、福岡市でホームレスや若者の支援を行うNPO法人「イルタテエ」の代表であり、社会福祉士の木戸勝也さんに話を聞いた。
今、“ホームレス”は路上にいない
NPO法人「イルタテエ」の代表・木戸勝也さん(撮影:倉本菜生)
日本の法律において、ホームレスとは「都市公園、河川、道路、駅舎その他の施設を故なく起居の場所とし、日常生活を営んでいる者」とされている。これは2002年に制定された「ホームレスの自立の支援等に関する特別措置法」(通称:ホームレス自立支援法)に基づく定義だ。しかし、この定義に当てはまる人々は、今やごく一部になりつつある。
「僕たち支援団体も“ホームレス”という言葉を使う時は、基本的に“路上生活者”をイメージしていました。ただ、そういった人たちは、ここ15年ほど減り続けています。
厚生労働省が令和6年(2024年)に発表した調査によれば、全国のホームレス数は2820人。多くは高齢の男性で、『もう普通の生活には戻れない』と諦め、長年野宿を続けている人たちです」(木戸さん、以下同)
一方で、木戸さんのもとに増えているのが、国が調査の対象としていない「居住不安定な若者たち」からの相談だ。
「何かしらの事情があって家族を頼れず、ネットカフェや友人・知人の家を渡り歩いたり、安いホテルを転々としたり。
寮付きの仕事は、一見すると住まいが確保されているようですが、実際は違う。仕事を失えば即退去の『仮住まい』にすぎません。仕事が続かず、寮に入っては辞め、また次を探す。その繰り返しに陥っている人も多いです」
定住先を持たない若者からの相談件数は年々増えていると言うが、「潜在的にどれくらいの人がいるかは見えにくい」と木戸さんは指摘する。
「助けて」が言えない若者たち
「天神の百貨店で事件を起こした女性も、施設育ちで家族がおらず、コロナで仕事をクビになって行き場を失い、警固公園やその周辺で寝泊まりしていた人でした。彼女が警固公園にいた時期、僕たちも他の団体と一緒に公園内のパトロールをしていたんです。でも、誰も彼女が“ホームレス”だと気づかなかった。僕らは“おじさん”を探していたから、『見つける対象』に入っていなかったんです」
長く支援活動をしていても、「対象者」でない人は、そもそも目に入らない。木戸さんは「これは僕自身の反省でもあります」と、支援側の課題点を述べる。
「僕たちホームレス支援をやってきた人間が、街中にいる若者や女性にちゃんと目を向けてこなかった。もっと早く気づいて、支援の機会を作るべきだったと思っています。
現行のホームレス支援制度も、『労働問題』という観点で捉えられている部分が強く、就業につなげることが至上命題のような法律・制度体系になっています。
木戸さんによれば、若者がホームレス化する原因の背景には、単なる就労や貧困の問題ではなく、「幼少期から積み重ねられた孤立と損耗(そんもう)」があるという。
「今、イルタテエに来ているホームレスのうち、39歳以下の方の多くが、『職に就いてもうまくいかない』という問題を抱えています。その根底にあるのは、コミュニケーションや基礎的なスキルの欠如です」
たとえば、作業の手順を理解して行動することが難しかったり、「できなかった時にどうするか」といった対処行動が取れないのだという。
「職場においては、『適切に人に相談する』『人を頼る』といったコミュニケーション能力が必要とされます。だけど、僕たちのところに相談に来る人の多くが、先輩に聞いたり上司に相談したりできず、試用期間中に解雇されている。結果として仕事が続かず、お金がなくなって相談に来る、という方が非常に多いです」
こうした社会になじめない人たちを、「発達障害や知的障害があるのではないか」と決めつける声もある。しかし実際には、そういった診断を下されておらず、高校や大学を問題なく卒業した人も多い。
「話している限り、(障害者)手帳が必要なレベルではない人がほとんどです。でも、特定の場面での不器用さや、人と関わることの難しさがある。背景を聞いていくと、親からの暴力や、施設での養護経験がある人が多いです。
彼らは、幼少期の親との関係性や、愛着形成に問題を抱えている。だからこそ、つらい時に『誰かに相談する』『自分の気持ちを人に話す』という経験が欠落しています」
「ホームレスと思われたくない」支援側に求められることとは
NPO法人「イルタテエ」が警固公園内で開いているフリースペース(撮影:倉本菜生)
助けを求める力が育たないまま大人になり、職と家を失った若年層ホームレスたち。
「頼れる人がいない環境で育ち、10代や20代は自分一人でもなんとかなっていた。でも30代になって何かが起こり、周囲に助けを求められず、ホームレスに至ってしまう。そういった人のほとんどが、心に無気力感を抱えています。特に男性の場合、無気力なまま“死に向かっていく”ような印象が強いです」
誰にも頼れず、街に点在するように生きていかざるを得ない。そうした状態のまま、支援にも制度にもつながらない若者たちが、全国に広がっている。そして支援の手が届きにくいもう一つの理由に、当事者の“自己認識”があるという。
「自分のことをホームレスだと思っていない人や、ホームレスに見られたくない人たちがいます。身なりをきれいにしている人も多いので、よっぽどでないと外見では気づけない。それに、相談しに来た若い人の多くが、生活保護を受けることに対する抵抗感や、貧困を恥だと感じてしまう気持ちを抱えています」
実際に、職と家を失って木戸さんのもとに相談にやってきた元ホストの男性は、「生活保護を受けて底辺の暮らしをするよりも、もう一度ホストに戻って上を目指したい」と語ったそうだ。
「彼にとっては、ホストが『唯一残された選択肢』だったんですよね。他の道が見えないから、唯一残されたレールにしがみつくしかない。
人生を立て直すためには、心の傷を癒やす時間や、教育を受ける機会、自分を見つめ直す猶予期間が必要です。でも、今の支援制度にはそれが組み込まれていない。立ち直るための支援の導線が用意されていないんです」
この先、若年層ホームレスの支援で大切なのは、「権利教育」だと木戸さんは話す。
「『あなたには助けを求める権利がある』と伝えていくことが、いちばん大事だと感じています。最近では『受援力(じゅえんりょく)』とも言われています。
どんな人生を選ぶかは本人が決めていい。でも、困った時に『助けて』と言えない限り、誰かが助けてくれることは基本的にありません。
周囲が動くのは、本人が勇気を出して声を上げた時だけ。だからこそまずは、『自分は生きていていい』『声をあげる権利がある』という感覚を当事者に持ってもらう。それが支援のスタートラインだと考えています」
路上にはいない。だから見えず、支援も届かない若者のホームレスたち。
■倉本菜生
1991年福岡生まれ、京都在住。龍谷大学大学院にて修士号(文学)を取得。専門は日本法制史。フリーライターとして社会問題を追いながら、近代日本の精神医学や監獄に関する法制度について研究を続ける。主な執筆媒体は『日刊SPA!』『現代ビジネス』など。精神疾患や虐待、不登校、孤独死などの問題に関心が高い。
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