「子宮のない女性」が子を持つ手段を奪われる… “代理出産”規制の「特定生殖補助医療法案」に当事者が示す懸念
生まれつき子宮などが欠損している「ロキタンスキー症候群」の女性たちは、現在、子どもを持つには海外での代理懐胎(代理出産)を利用するしかない。
しかし、参議院に法案が提出されている「特定生殖補助医療法」が成立すれば、その、子どもを持つ唯一の手段すら禁止されるおそれがある。

10代でロキタンスキー症候群であると診断された女性が、その悲痛な思いを語った。(松田隆)

海外での代理懐胎が事実上の“禁止”に

「特定生殖補助医療」とは、第三者のドナー(提供者)から精子や卵子の提供を受けて実施する不妊治療や代理懐胎のこと。
特定生殖補助医療法案は、内閣総理大臣の認定を受けた医療機関に限り(5条)、以下の三種類の医療を実施することを認めている(3条)。
(1)夫以外の男性の精子提供+妻への人工授精
(2)夫以外の男性の精子と妻の卵子を体外受精させ生じた胚を妻に胚移植
(3)夫の精子と妻以外の卵子を体外受精させ生じた胚を妻に胚移植
法案が認める特定生殖補助医療は、精子提供と卵子提供に限られ、代理懐胎は認めていない。それどころか、現在、海外で行われているものを含めて実質的に禁止する規定を設けている。
具体的には代理母となる者、代理母に依頼する者、どちらも財産上の利益の授受が禁じられ(同66条2項・3項)、代理懐胎についてあっせんする者が報酬として財産上の利益の供与を受けることも禁止に(同67条2項)。
現在、国内では日本産科婦人科学会が会告で会員(産婦人科医)に対して代理懐胎の実施を禁じている。
一方で米国やウクライナ、ジョージアなどでは合法的に代理懐胎が行われており(米国は州により異なる)、少なくない数の日本人夫婦が利用している。
特定生殖補助医療法が成立すれば、それに伴う利益の授受が禁じられるため、代理懐胎の利用は極めて困難になる。しかも、刑法における「国外犯」規定の準用があることから、違反者は拘禁刑を含む刑罰を受ける。
無償で代理懐胎が行われることはほぼ考えられず、法案は、国内・国外を問わず、実質的に代理懐胎そのものを禁止とするに等しい。

“子宮のない病気”当事者の女性が語る

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オンラインで取材に答えるA子さん(撮影・松田隆)

子宮性不妊症の女性にとって、この法案はわが子を手にすることができる道を閉ざす可能性がある。ロキタンスキー症候群のA子さんも、そう考える一人。
A子さんは現在20代半ばで、15歳の時に同症候群の診断を受けた。
当時、友人が次々に初潮を迎える中、自身は一向に月経が始まらない。母親に連れられて行った病院で下された診断は子宮と膣(ちつ)が欠損しているというものであった。
「もう、絶望でした。母親と(病院の)外に出て大泣きしてしまいました。母親からは『こんなことがあるとは思いもしなかった』と言われ、謝られました。『普通に産んでやれなくてごめんね』という感じで」(A子さん)
診断された日から、A子さんは代理懐胎を意識するようになる。
「15歳の時に急にその事実を伝えられ、本当に状況が飲み込めない中で、産婦人科の先生が『代理懐胎という方法もある』ということを言ってくださって、その瞬間から、将来、もし結婚して機会があれば絶対に代理懐胎を選択しようと思いました」と振り返る。
「子宮と膣は欠損していても、排卵は可能」という診断はかすかな希望を残した。
診断を受けてから10年以上、苦悩は続いた。交際する男性はいたが、自らの疾患のことを打ち明け、心からつながるような恋愛は経験していない。
「どこかで恋愛にのめり込まないようにしていた部分はあります。すごく好きになった相手から『それでは結婚できません』と言われた時に、自分がどうなってしまうのか、想像することもできません。
そういうことを考えないようにして、そうならないようにして自分の心を守っていました」(A子さん)
大学生の時には造膣手術を行った。
「手術後は血まみれでした。痛くて夜も眠れず、耐えきれなくなるとナースステーションに行き、坐薬を入れてもらいました。
手術後は尿カテーテルをつけているのですが、尿道のすぐ近くに血まみれの穴を作っているわけですから、尿カテーテルの出し入れが痛くて痛くて仕方ありませんでした。数日経って痛みがやわらぐと、次に来るのが精神的な苦しさでした。
産婦人科の大部屋に入院していたので、隣で赤ちゃんの超音波検査の音が定期的に聞こえてきます。正直しんどかったです。惨めな気持ちになりました。『私の本当のつらさはきっと誰にも分からないだろうな』と思っていたのを覚えています」(A子さん)

出産適齢期に衝撃の法案提出

このような数々の満たされない思い、つらい経験をしながらも、「代理懐胎で自分の子を持てる」というかすかな希望がA子さんを支えてきた。
現在でも特別養子縁組など子どもを持てない夫婦のための制度はあるが、A子さんは自分と、愛する人との間の子にこだわりがある。
「突き詰めれば動物としての本能のようなものだと思います。愛した人との間に血のつながった子を授かりたいと思うことは女性として、生き物として、自然な感情ではないでしょうか。
確かに養子縁組も尊いことに間違いありません。
ただ、どちらを選ぶかを決める権利は、私たちのような立場の女性にもあると思います」(A子さん)
現代の医療技術をもってすればロキタンスキー症候群であっても、排卵があれば子をつくれる可能性が残されている。それなのに「あなたはロキタンスキー症候群だから、自分の子を持つのは諦めなさい。あなたたちは養子縁組で我慢しなさい」と言われて、誰が納得できようか。
ところが、出産適齢期を迎えた今、その希望を打ち砕きかねない法案が出てきたのである。
A子さんは法律が成立しないことを願いつつも、もし、成立するようなことがあれば、自分たちのような立場の者に対して救済措置を求めたいという。その意味を込めて「代理懐胎ができない空白期間を作らないでほしい」との希望を口にする。

3年後には見直しされる可能性もあるが…

「子宮のない女性」が子を持つ手段を奪われる… “代理出産”規制の「特定生殖補助医療法案」に当事者が示す懸念

古川俊治氏(2024年5月撮影・松田隆)

もともと法案では代理懐胎を認めることも検討されていた。
筆者は2024年5月に、今回の法案の要綱案をまとめた生殖補助医療の在り方を考える議員連盟(野田聖子会長)の古川俊治副会長(参院自民党)を取材している。
古川氏は要綱案をまとめた段階での話として、以下のように語っている。
「必要があって、状況を見て、代理懐胎が必要だということであれば、そう(国内で解禁を)考えるかもしれません。
…まずは法律を作らないことには制度はできません。確かにここに来るまでに『代理懐胎もいいんじゃないの』という意見もありましたが、なかなかまとまりませんでした。
それなら一番小さく作っていこう、そこから広げていこうということで一致できました」(令和電子瓦版・代理懐胎より子宮移植生殖補助医療の行方(後))
法案には施行後3年を目途として見直す条項が加えられた(附則2条4項)。
そのため、法律が成立・施行された場合でも、3年後に見直しがなされ、国内で代理懐胎が解禁される可能性もないわけではない。

卵子提供と代理懐胎の違いは?

「子宮のない女性」が子を持つ手段を奪われる… “代理出産”規制の「特定生殖補助医療法案」に当事者が示す懸念

卵子提供と代理懐胎のイメージ(作成・松田隆)

もともと、卵子提供と代理懐胎は生殖補助医療の手段としては近似している。
甲乙2組の夫婦が存在し、乙女はロキタンスキー症候群で卵子は採取できるが子宮がなく、甲女は子宮はあるが、卵子が原因で妊娠できないとする。この時、乙女の卵子と甲男の精子からできた胚を甲女の子宮に着床させるのが「卵子提供」である。
一方、乙女の卵子と乙男の精子からできた胚を甲女の子宮に着床させるのが「代理懐胎」。通常は甲女が出産した子を、乙夫婦が特別養子縁組した上で育てる。
法的には養子であるが、血縁関係からすれば完全に乙夫婦の実子である。
卵子提供も代理懐胎も乙女の卵子から成る胚を甲女の子宮に着床させる点で変わりはなく、医学的なリスクは同等と言える一方で、法的な適否は卵子提供者と精子提供者の関係(配偶者か他人か)によって変わる。
その原因は、やはり、代理懐胎に対する社会の拒否感が強いことにあるだろう。

「生命をビジネスに」「人身売買だ」などの批判もあるが…

今回、法案が成立した場合、事実上、代理懐胎という手段は失われる。
3年の見直し期間後に国内で解禁となればいいが、それでも20代半ばのA子さんにすれば、加齢により卵子が老化し、子のできる確率は下がる。
子宮移植に期待する声もあるが、こちらは今年2月に慶應義塾大学病院が学内の審査委員会で臨床研究計画を承認したことを発表した段階にとどまっている。一般の患者が受け入れられるようになるまで、どの程度の年月が必要なのか先は全く見通せない。
法案成立から3年後に代理懐胎が解禁される保障などなく、空白期間がいつまで続くのか、A子さんのような人たちは一生の問題がここで解決不能となるという不安な日々を過ごさなければならない。
そのため、A子さんは空白期間が作られないことを願っている。
もちろん、海外の代理懐胎を事実上禁止することには、相応の理由がある。医師の資格を持たないエージェントが生命をビジネスにしていることには、さまざまなリスクがある。また「海外の女性の子宮を一時期とはいえ金で占有する行為は、人身売買と同じようなもの」という批判も根強い。
そのため「法案成立は人権侵害の防止の要請にかなう」などとする考えも成立する。
また、提供型生殖補助医療を法定することは、前述の古川氏の話にあるように、長期的視点に立てば、国内の代理懐胎を進めるための一歩になりうるという見方もできなくはない。
こうした、いずれも正当性のある利益が互いに衝突する場面での判断は難しいが、原則として代理懐胎を禁止しつつも、A子さんのような子宮性不妊症の女性に対しては国内で代理懐胎を認める特例措置を設けることは、決して不可能ではないはずである。

「どうか私の夢を奪わないでください」

法案は2月5日に参議院に提出され、内閣委員会(和田政宗委員長)に付託される見通しではあるが、5月19日時点で審議入りしていない。今国会の会期は6月22日までで、「審議入りは五分五分」(議会関係者)と見られている。
A子さんは仲間と共に可能な限り声を上げ、自分たちにとっていかにこの法案が人生を左右するものなのかを世に問い続けたいとする。
A子さんは今は結婚を意識する人はいないという。ただ、日々、そのことを考え続けている。

「好きな人ができたら一番初めに考えてしまうことがあります。それは『私には子宮がない』と打ち明ける時のことです。
どんなタイミングで言おうか、彼はどんな表情になるんだろうか、もし、彼が受け入れてくれたとしても彼の両親はどう思うのだろうか。孫を産めない私を家族として歓迎してくれるのだろうか…など考えたらきりがありません。
一番怖いのは、子どもを産めないと打ち明けて『別れてほしい』と言われることです。今、結婚適齢期になり、お付き合いするにあたってそれらの話題は避けて通れません。なので恋愛をすることがしんどいです」(A子さん)
恋愛は生きる上でエネルギーになり、その延長線上に結婚があって、幸せな家庭があると考える人は少なくないはず。
誰もが当たり前のように願う人生のイベントの入り口となりうる恋愛を、「しんどい」と感じる人がいる事実を軽く考えるべきではない。
「私もいつか結婚しようと思う相手に病気を打ち明ける時が来るかもしれません。
その時に『私は子宮がないので自分では産めません。ただ、代理懐胎という方法があります。決して簡単な道のりではないと思いますが、一緒に夢をかなえてくれませんか』と言いたいんです。
成立する法律の内容次第では、そんなセリフも言えなくなってしまいます。ですから、どうか私の夢を奪わないでください」(A子さん)
現代の医学は彼女を救うことができる可能性がある。それを立法と行政が救えなくすることが許されていいはずがない。「空白期間を作らないで」という彼女らの声に、真剣に耳を傾けるべき時が来ている。
■ 松田隆
1961年埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。日刊スポーツ新聞社に約30年在職し、退職後にフリーランスとして活動を始める。2017年に自サイト「令和電子瓦版」を開設した。現在は生殖補助医療を中心とした生命倫理と法の周辺、メディアのあり方、冤罪と思われる事件の解明などに力を入れて取材、出稿を続けている。


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