
今年3月、朝日新聞の報道によって近畿地方の8割の郵便局で点呼が適切に行われていない実態が判明。日本の運輸業界の管理体制を根底から否定するような不祥事に、運送業界からは怒りの声が噴出した。
「資金力・人材力のない中小零細が必死になってルールを遵守しているなかで、なぜトップ企業がこんな状態なのか」
「我々のような中小企業がやったら即営業停止レベル。基本の『き』であるルールすら守れない元国営企業に対して国は厳粛に処罰しないと示しがつかなくなる事態」
しかし、私は、長年運送業界の飲酒問題を注視してきた身として、今回の不祥事に正直それほど大きな驚きはなかった。かねてより、点呼で飲酒運転、交通事故が減るという運輸業界における「点呼神話」はとっくに崩壊していると感じていたからだ。(ライター/元トラックドライバー・橋本愛喜)
酒に甘い運送業界
アクセルひと踏みで凶器と化すクルマ。それゆえ、職業ドライバーには始業時と終業時、会社の運行管理者のもと、原則対面でその日の健康状態や睡眠状況、酒気帯びの有無などを確認する「点呼」を受けることが義務付けられている。また、深夜の始業などで対面が難しい場合でも、後から電話やITなどで点呼を行う必要があり、ほとんどの運送企業が遵守している。
酒気帯びの有無は、専用の装置に呼気を吹きかける「アルコール検査」をして判断する。
一般車の場合、酒気帯び運転になる基準は「0.15mg/L」以上だが、職業ドライバーの場合はより厳しく、各現場では「0.00mg/L」という基準を定めているところがほとんどだ。
もし点呼時、この「0.00mg/L」が出なかった場合どうなるのか、現場のトラックドライバーに聞いてみると、
「長距離運行の担当を降ろされて地場(近場や地元を対象エリアとして行われる配送)になる」
「運行前(始業時)なら乗務停止し、4時間後に再度検査。運行後(終業時)なら即解雇。運転中に飲んでたということになりますから」
「万が一、荷主でのアルコール検査で飲酒運転が発覚した時は懲戒解雇です」
と、処罰は非常に厳しい。
こうしたことからも、職業ドライバーにおいては、酒とできる限り距離を置き、安全を担保する必要がある。それこそが、職業ドライバーが「プロ」と言われる所以だろう。
トラックドライバーに酒好きが多い原因
しかし、運送の現場からひっきりなしに聞こえてくるのは「アルコールチェックさえ引っかかってなければいいじゃないか」という声――。酒と距離を置かねばならない職業であるが、皮肉なことに、トラックドライバーにはアルコール好きが非常に多い。
SNSを分析していても、星の数ほどある職業のなかでこれほど酒の投稿をする業種も珍しい。なかには「疲労は最高のツマミ」などと言い出す酒好きインフルエンサーまで登場する始末である。
「自分の弟はトラックドライバーになる前までは酒は一滴も飲まなかったのに、仕事について以降、毎日飲むようになった」
「毎日酒を飲むようになった主人を咎めたら、ある酒好きのSNSインフルエンサーを引き合いに出して『このくらい飲んでも大丈夫なのに文句を言うな』と。業界にはアルコール依存症の人が多いのではと感じます」
トラックドライバーに酒好きが多いのは、決して偶然ではない。
その労働環境に大きな要因がある。まず言えるのは「孤独」であることだ。誰かに直接監視されることのない車内。ストレスが多い労働環境を共有できる家族も仲間もいない。長距離ドライバーにおいては、終業後、地元を離れた見知らぬ土地でひとり車内で楽しめる娯楽は、動画を見ながら酒を飲むくらいしかない。
数百数千もの荷物を1つ1つ積み降ろしさせられる現場もある。こういう現場では、真夏になれば、ビールが美味しくないわけがない。
なにより、「寝酒」をする習慣が付きやすいのがこの業界の特徴だ。ドライバーは労働時間が長いうえ、不規則になることが非常に多い。それに伴い睡眠時間も短く不安定になりやすく、効率よく眠ろうと酒の力を借りるようになるドライバーが少なくないのだ。
アルコールの数値が出ている画面。昨今のドライバー不足から数値が出ていても黙認する企業もある(運送業界関係者提供)
点呼神話「崩壊」の根拠
そんな酒好きの多い現場ゆえに、アルコール検査の重要性は非常に大きいのだが、先述の通り、点呼神話はとっくに崩壊しているといえる。そう断言する根拠は大きく3つある。
1つは、実際多くの現場で点呼が行われていないからだ。
既述通り、職業ドライバーにとってこの点呼は、ドライバーがクルマのエンジンをかけるよりも前に行われる「至極当然」の行為であり、義務である。しかし、義務化されている点呼が現場で実施されていない企業は、日本郵便以外にも非常に多い。
実際、今回の日本郵便の不祥事発覚後、SNSで取られたトラックドライバーへの簡易アンケートでは、27%が点呼をしていないと回答した。

運送関係者アンケートより(運送業界関係者提供)
トラックドライバーたちからも、以前からこんな声が集まっていた。
「私の会社では点呼がないので飲酒運転が日常的に行われています。先日別のドライバーのトラックに乗った時は、車内の冷蔵庫に缶チューハイが大量に入っていました。地場専門で待機もほぼないので走行中とかに飲んでいることになります。以前は荷主でのアルコール検査時の替え玉として同乗したことも」
「我が社は対面点呼をしない会社。車庫の小屋にアルコール検査機があるだけ。だから引っかかっても誰か捕まえて代わりに検査をさせ出発するという感じです」
2つ目の根拠として言えるのは、現行の点呼は実に穴だらけで、たとえ点呼をしたとしても飲酒運転が容易にできてしまうことだ。
今回の不祥事が発覚する少し前、日本郵便グループの物流会社では、別の社員が画面に映らない角度から長いチューブを差し込み代わりに息を吹き込むといった「身代わり点呼」でドライバー6人を含む10人が停職処分になっている。
アルコール検査で飲酒運転は減っていない
全日本トラック協会は長年「飲酒運転の根絶」を目標にしているが、ピーク時より減少するも、いまだに達成できていない。それどころか、同協会の資料によると、これまで減少傾向にあった件数が令和5年には前年の4倍近くに急増しているのが現状だ。
全日本トラック協会「事業用貨物自動車交通事故の発生状況(令和6年9月)」より引用
「とはいえ、トラックドライバーの飲酒運転事故はこの10年ほどで大幅に減少している」とする人がいるかもしれない。しかし、これは点呼時の「アルコール検査」が功を奏したからではない。
これが、筆者が「点呼神話はとっくに崩壊している」とする、最後かつ最大の根拠だ。
職業ドライバーには2011年にアルコール検知器使用によるアルコール検査が義務化されたが、実はトラックドライバーによる飲酒運転事故の減少に、アルコール検知器が役立ったとは言えない。
筑波大学の研究結果によると、1995年~2020年の期間中、トラックドライバーによる飲酒運転事故の割合の推移は、全運転者における飲酒運転事故のそれとほぼ変わっていないからである。

筑波大学「乗務前後の酒気帯び確認でトラック運転者の飲酒運転は防げない」より
むしろ、2001年以降の事故激減の大きな要因は、「法改正」によるところが大きいと考えられる。
1999年、東名高速で幼い女児2名が飲酒運転のトラックによって焼死する事故が発生。その後、遺族である井上保孝氏・郁美氏らの精力的な活動により、2001年に「危険運転致死傷罪」の新設を含む刑法改正案が成立。こうした法整備が抑止力となって、トラックドライバーだけでなく全運転者の飲酒運転事故減につながったと推察されるのだ。
アルコール・インターロックの可能性
そんな点呼やアルコール検知器の代わりになるものとして、今後もっとも期待できるものがある。それが「アルコール・インターロック」だ。アルコール・インターロック(以下「インターロック」)とは簡単に言うと、呼気を吹きかけないとクルマのエンジンがかからないようにする装置のこと。
穴だらけになる点呼よりも、より物理的かつ根本的な方法で、飲酒運転を阻止することができる。何より、不正が非常にしにくいのが利点だ。
吹きかける際はカメラに監視されているうえ、走行中も抜き打ち検査があるため、エンジンをかけた後でも飲酒を検知できる仕組みになっている。
また、ドライバーの不正でよくある手段として、膨らませた風船をストローに付けて代わりに吹かせる方法があるが、この装置には息を吹き切った直後、“一瞬息を吸い込まないといけない機能”が付いているため、こちらも防止ができるようになっている。

インターロックを体験する筆者
このインターロックは、世界では普及や研究が進んでおり、たとえばアメリカでは約40万台のインターロック搭載車が稼働しているが、日本では静岡県富士市にある「東海電子株式会社」が唯一、開発・製造・販売しているのみ。
運送業界関係者に、そんなインターロックの普及が進まない現状について嘆いたところ、こんな答えが返って来た。
「そんな装置を入れたら日々、時間通りにトラックが出せなくなる」
あるメーカーにも「インターロックがデフォルトで搭載されているトラックを販売できないものか」としたころ、同じように「ただでさえトラックが高騰しているなか、アルコールを検知したらクルマが動かせなってしまう装置をわざわざ入れるのは難しいのでは」という声が返って来た。
つまり、業界の一部にはトラックドライバーの飲酒運転を黙認する風潮があるということだ。それほどこの業界には酒好きが多く、考え方が甘いのだ。
考え直す時期
そもそも日本という国は、総じて酒や酒に酔った人間に対して非常に寛容な国である。野外は原則どこでも酒が飲め、飲み放題は当たり前のように付き、電車で酔いつぶれる乗客に向けられるまなざしは、温かいまでいかずも「ぬるい」のは間違いない。
運送業界は、こうした日本全体の酒に対する甘さから一線を画せず、酒とのゾーニングが全くできていない。
現行の対面点呼は、健康状態を確認するうえで非常に重要ではある。一度出庫すれば孤独になるトラックドライバーにとって、人と会話し、自身の体調について顧みられる貴重な時間であることも間違いない。
しかし、これほど酒好きが多く、点呼をすり抜け頻繁に飲酒事故を起こしている現状に鑑みると、現行の点呼の在り方はそろそろ考え直す時期に来ているのではないだろうか。
■橋本愛喜
現ライター。
【お詫びと訂正】
本記事初出時に掲載していたトラックの写真は「日本郵便輸送株式会社」の車両でしたが、記事内容は「日本郵便株式会社」の点呼不備に関するものであり、両社は別会社です。写真を差し替えるとともに、お詫び申し上げます。