アニメグッズ「大量売れ残り」で“1400万円”損失、30代女性店長が解雇…管理職の「責任問題」裁判所はどう判断した?
古書店チェーンの女性店長は追いつめられていた。
会社のイベント用に自身が商品化したグッズが大量に売れ残り、損失は1400万円に上った。
会社側は「独断でリスクの高い契約を結んだ」と解雇を通知。
店長は処分無効を求める裁判を起こした。失態の裏側に、管理職としての重圧に悩み、不安を募らせてきた店長の「気負い」が浮かぶ。
※この記事は『まさか私がクビですか? なぜか裁判沙汰になった人たちの告白』(日経BP)より一部抜粋・再構成しています。

1年かけて準備した“肝いり”の企画だったが…

「目標よりも大きく下回っている状況です。原価回収に努めていきます」。
2019年5月下旬、東京都内の古書店で店長を務めていた30代の女性は、役員らに宛てて弁明のメールを送った。
3週間ほど前、会社が主催した3日間のイベントで人気アニメのキャラクターイラストをあしらったバスタオルとキーホルダーを販売した。
約1年前に社内の会議で提案し、商品化の了承を得た。作品の権利を持つ出版社などと交渉し、契約までこぎ着けた肝いりの企画だった。

「なぜ受注生産じゃないんだ」

反響は無情ともいえるほど薄かった。会社側によると、売れ残りはバスタオル約3900枚のうち3000枚、キーホルダー約1万個のうち6600個近く。
「なぜ受注生産じゃないんだ」。怒った会社の社長は店長に説明を求めた。
社内決裁の時点では購入希望者の注文分を作る「受注生産」のはずだったのに、店長はグッズを先に作って在庫を売る契約にしていた。
臨時会議の開催が決まり、責められると思った店長は前日に多量の睡眠薬を服用して搬送された。そのまま休職。会社は2020年5月に「独断で大量の発注をし、会社に多大な損害を与えた」などとして解雇を通知した。
店長は「会社としてゴーサインがあった」と反発。従業員であることの地位確認などを求めて提訴した。
受注生産は消費者が注文してから受け取るまでに一定の時間がかかる。在庫を抱えるリスクを抑えられ、需要が見込みにくい場合などは有効だが短期のイベントには不向きな場合もある。
店長もイベントで販売する以上、店頭で直接商品を引き渡すものだと認識し、版権を持つ出版社側と交わした契約を受注生産にしなかった。

会社側が契約内容を認識していたか否かが争点に

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事件の概要(『まさか私がクビですか?』より転載)

裁判の最大の焦点は、会社側がこの契約内容を認識していたかどうかだ。会社の規定は、外部と契約を結ぶ場合は役員会の承認を得て、正式な社判を押印すると定める。店長は役員会を通さずに領収証用のゴム印を押して契約を交わしていた。
会社側は店長が契約内容の変更を隠蔽(いんぺい)したと指摘。
「刑法の有印私文書偽造罪や背任罪に該当しうる」と厳しく非難し、解雇は正当だと強調した。
対する店長は、幹部から受注生産ではない前提で「(発注数は)売り切れると思う数でやればいい」と言われるなど、会社側も契約の変更を認識していたと主張。社判を押すルールは知らなかったと述べた。
裁判では、イベントの終了後はすべての責任を取らされる恐怖で、会社から帰宅すると幼い娘の前で涙を流していたと明かした。
2023年3月の東京地裁判決は、店長の対応に「一定の問題があった」と認めた。ただ、会社側がイベントを告知するウェブサイトで販売商品は会場で代金を払って受け取るという印象を与えていたことや、多くの販売員を確保していたことなどから「受注生産でないことは認識していた」とも認定した。
ゴム印による契約書の作成は「規定違反」としたが、ルールが周知されていたとは言えず隠蔽の意図はなかったと判断。故意や重い過失までは認められず、処分は厳しすぎるとして解雇無効と結論付けた。
高裁で和解が成立。店長は会社側に迷惑をかけたことをわび、会社側は一定の解決金を支払うことを確認して争いは終わった。

「自分が頑張れば」

店長は入社10年目の2015年から、都内の主要店舗で20人ほどのスタッフを率いるようになった。法廷では幹部から「大ざっぱだけど力はある」と能力を評価する発言もあった。
だが、当の本人は職責の重さにもがいてきたようだ。
「店長会議でうまく話せなかったらどうしよう」と悩み、眠れない日々を送った。
イベントで売る商品が少ないと聞き、期待に応えたい一心で「自分が頑張れば」とグッズの商品化を提案した。当時の同僚は「店の仕事にも会議にも出て(グッズの)デザインも全部ひとりでやって大変そうだった」と感嘆したが、熱意と努力は結果的に裏目に出た。

管理職の3割が「続けたくない」と回答

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「管理職になりたくなかった理由」のアンケート調査(『まさか私がクビですか?』より転載)

日本能率協会マネジメントセンターが2023年に実施した調査で、1072人の管理職の約3割にあたる317人が「管理職を続けたくない」と回答した。
管理職になりたくなかった理由(複数回答)で最も多かったのは「管理職に向いていない」の46・6%。「負荷と報酬が釣り合わない」(32・1%)や「業務量や業務時間の負荷が高い」(23・6%)が続いた。
もともとアニメや漫画が好きだったという店長。陳述書で「楽しく働ける好きな会社だった」と振り返ったが、文面はこう続く。
「しかし、自分を犠牲にして長時間労働を求められ、グッズの売れ行きが悪いと個人を激しく責められ、解雇に追い込まれた」
店長になったことで仕事の魅力を感じられなくなったのだとすれば、従業員にとっても会社にとっても残念な話だ。管理職が望まれないポジションにならないためにはどうすればいいのか。訴訟は会社のサポートのあり方も問いかけている。


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