無期懲役が実質“終身刑”に…仮釈放許可人員を“激減”させた法務省「おそるべき通達」の中身とは
刑事事件において、何らかの罪を犯した人が受ける刑罰は、生命刑、自由刑、財産刑の3種である。
日本における極刑は、生命刑である「死刑」だが、自由刑の「無期懲役」も長期間刑務所に収容され、自由を奪われる刑罰だから極刑の部類に入る。

ただし、無期懲役については「仮釈放」が定められている(刑法28条)。仮釈放は受刑者に「改悛(かいしゅん)の状」がある場合、10年経過後に、行政官庁の裁量によって認められるものである。
無期懲役はあくまでも「期間を定めない」懲役刑であり、“一生”刑務所に収容する「終身刑」は日本では導入されていない。
ところが、驚くことに、われわれ国民が気づかぬうちに、日本の刑務所において「終身刑」もどきの刑罰が、法律の根拠なしに運用されていた。(社会学者・廣末登)

検察が非公開で発出した「マル特通達」

最高検察庁は、平成10年(1998年)6月18日に「特に犯情悪質等の無期懲役刑確定者に対する刑の執行指揮及びそれらの者の仮出獄に対する検察官の意見をより適正にする方策について」という通達を発出した(以下、「マル特通達」と称す)。
そのことが、4年後の朝日新聞の記事(平成14年(2002年)1月8日夕刊)により明らかになった。
内容はおそるべきもので、無期懲役刑が確定した事件のうち、検察官が「特に犯情が悪質」と判断したものについては「マル特無期事件」と位置づけ、他の無期刑受刑者より「長期間服役させる」というものだ。
具体的な手続きとしては、地検や高検は最高検と協議してマル特無期事件を指定する。その事件の判決が確定したら、すぐに刑務所に「安易に仮釈放を認めるべきでなく、仮釈放申請時には特に慎重に検討してほしい」「仮釈放の申請に当たっては、必ず、事前に検察官の意見を求められたい」旨を通達したものである。

「マル特通達」は法律に基づくものなのか

このマル特通達は、事実上、終身刑のような運営になっているが、法律に基づく通達なのだろうか。衆議院議員で弁護士の藤原規眞(のりまさ)氏が、5月16日、法務委員会で質問した。
「マル特通達は法律に基づく通達か。基づくとしたら、根拠法令を条項まで示されたい」(藤原議員)
これに対する答弁を行った政府参考人の森本宏刑事局長(法務省)は、根拠条文として、次の二つを挙げた。
刑事訴訟法472条
「裁判の執行は、その裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官がこれを指揮する」
検察庁法4条
「検察官は、刑事について、公訴を行い、裁判所に法の正当な適用を請求し、かつ、裁判の執行を監督し、また、裁判所の権限に属するその他の事項についても職務上必要と認めるときは、裁判所に、通知を求め、または意見を述べ、また、公益の代表者として他の法令がその権限に属させた事務を行う」

「犯情」という概念の曖昧さ

さらに森本刑事局長は、「この二つの条文に基づいて、『特に犯情が悪質』と判断したものを、地検や高検は最高検と協議してマル特指定し、刑務所に『安易に仮釈放を認めるべきでなく、仮釈放申請時には特に慎重に検討してほしい』『仮釈放の申請に当たっては、必ず、事前に検察官の意見を求められたい』旨を通達したものである」と述べている。
答弁中で言及された「『犯情』は、どの時点で悪質と判断するのか」という藤原議員の問いに対して、森本刑事部長は、「(犯情の判断は)基本的には裁判時である」と答弁した。

基本的には裁判時であるという犯情の判断だが、基本があるなら例外がある。藤原議員は「『例外』とは、どのような場合か」と問うたが、その回答は得られなかった。
もし、例外が裁判時以外で検討され、「犯情」の質が斟酌(しんしゃく)されるとしたら、それは二重処罰禁止規定(憲法39条後段)に抵触する可能性が疑われる。

刑の執行主体は誰か

森本刑事局長が主張する刑事訴訟法472条と検察庁法4条は、マル特通達の根拠条文になりえず、それは法律に基づかない違法な通達であると考える。
刑の執行指揮の主体は誰であるのかを考えたとき、「検察官の権限行使等の運用方針を示したもの」という文言からは、刑の執行指揮の権限は、検察官にあるように読み取れる(衆議院議員藤原規眞君提出無期懲役受刑者の仮釈放に関する質問に対する答弁書:内閣衆質217第66号、令和7年(2025年)3月7日)。
刑事訴訟法472条では「裁判の執行は、その裁判をした裁判所に対応する検察庁の検察官がこれを指揮する」と定めているが、検察官が刑事施設における処遇を執行指揮する権限は、法律で定められていない。
検察官は、刑務所で刑に服役している無期刑受刑者に対して「刑の執行指揮」をすると主張するのであれば、その根拠となる法律の条文は何かという疑問が生じる。

「マル特通達」の詳細を公開しないワケ

藤原議員は、マル特通達について出した質問主意書に対する政府答弁書によって初めて、マル特通達が平成18年(2006年)5月24日に改正されたことを知らされたと述べ「憲法21条1項が保障する『知る権利』を尊重するならば、改正された内容も公表すべきではないか」と、鈴木馨祐法務大臣に質問した。
この質問に対して、鈴木法務大臣は「マル特通達は、マル特指定の趣旨および指定のやり方を、法務省内部で共有するためのものであるので、非公開で差し支えない」と答弁した。
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藤原規眞議員(右)の質問に答える鈴木馨祐法務大臣(左)(5月16日 都内/筆者撮影)

さらに、藤原議員は、質問主意書に対する政府答弁書の内容に対しても異議を唱える。
「これは人権に関する問題だ――その処遇を秘匿する。これは現代社会においておよそありえない。
公開しない理由を『犯罪の予防、鎮圧または捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ』としているが、具体的にどのような支障を想定しているのか」
森本刑事局長は「一部黒塗りにしているが、公開している」と反論し、以下のように続ける。
「黒塗りの箇所は、指定事件の対象である無期刑受刑者に関することである。
もしそれが知られたら、本人が更生への意欲をなくし、刑の執行に支障をきたす」
公開されているマル特通達には、「取扱注意」と書かれており、数か所、黒塗りにされていた。無期刑受刑者の仮釈放を受ける権利を制限する通達であるのに、なぜ、「取扱注意」とし、公開の際に一部を黒塗りにしたのか。
無期懲役が実質“終身刑”に…仮釈放許可人員を“激減”させた法務省「おそるべき通達」の中身とは

法務委員会にて配付された「マル特通達」(5月16日/筆者撮影)

マル特指定が知られたら、本人が更生への意欲をなくし、刑の執行に支障をきたすというのは、施設長による恣意(しい)的管理を正当化する「特別権力関係理論」の延長線上の考えである。
特別権力関係理論とは、刑事施設長が施設使用の観点から、被収容者の権利を法律の根拠なく制限でき、かつ、裁判所による司法審査がおよばないというものであり、「法の支配」「法治主義」を原理原則とする現行憲法下では否定されている。
そうであるなら、法律に基づかずにマル特通達で、「仮釈放ありの無期刑」が「仮釈放なしの無期刑」に変更されることは、違憲の誹(そし)りを免れない。

「マル特通達」発出前後にみる仮釈放者数の有意差

藤原議員は次の指摘をする。
「マル特通達が平成10年(1998年)7月1日に施行された。
平成元年(1989年)から9年(97年)までの無期刑仮釈放許可人員の数は、平成3年(1991年)の33件をピークに、9年間の平均で年間16.89件。
一方で、マル特通達施行の翌年から令和5年(2023年)までは、平成19年(2007年)の0件を含め、平均で年間7.04件。16.89件から7.04件。
これは明らかに有意な差があるが、『個々の事案に応じて適切に行われた結果』という理屈で片づけられるか。立法にもよらず、通達1本で生じていい差ではない」
これに対して、政府参考人である押切久遠保護局長(法務省)は「個々の事案に応じて適切に行われた結果」であると断言した。

一連の議論をみると、現在の日本の自由刑にある「無期懲役」には、仮釈放ありの無期懲役Aと、仮釈放なしの無期懲役Bが存在する。
無期懲役刑を受ける受刑者は、自分がいずれに該当するか知ることができない。その理由は「本人が更生への意欲をなくし、刑の執行に支障をきたす」という法務省サイドの都合によるものだ。
たとえば、殺人罪を規定した刑法199条には、「人を殺した者は、死刑または無期もしくは5年以上の懲役に処する」とある。仮釈放なしの実質終身刑などとは書いていない。
マル特通達は、刑法の大原則である「法律なくして刑罰なし」という罪刑法定主義をも蔑(ないがし)ろにしている。
■ 廣末 登
1970年、福岡市生まれ。社会学者、博士(学術)。専門は犯罪社会学。龍谷大学犯罪学研究センター嘱託研究員、法務省・保護司。2008年北九州市立大学大学院社会システム研究科博士後期課程修了。著書に『ヤクザになる理由』『だからヤクザを辞められない』(ともに新潮新書)、『ヤクザと介護』『テキヤの掟』(ともに新潮新書)、『ヤクザと介護』『テキヤの掟』(ともに角川新書)等がある。



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