
斎藤知事は今年3月、公益通報者保護のための体制整備義務の対象は「内部通報に限定されるという考え方もある」と述べた。
地方自治体の長は、国が示す法解釈に従う法的義務を負うのか。神奈川大学法学部の幸田雅治教授(地方自治法)に聞いた。
幸田教授は元総務省自治行政局行政課長で、弁護士として、適切な公益通報制度のあり方も含めて検討する日弁連の「自治体の内部統制の在り方に関する検討チーム」の委員を務めている。
斎藤知事の法解釈は「十分、成り立ち得る」
まず、そもそも斎藤知事の公益通報者保護法の解釈は成り立ちうるのか。実際の公益通報者保護法の関連条文を確認しよう。11条2項は、「通報者を保護する体制を整備する義務」について規定している。
【公益通報者保護法11条2項】
「事業者は…3条1号および6条1号に定める公益通報に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の必要な措置をとらなければならない」
ここでいう「3条1号および6条1号に定める公益通報」とは「役務提供先等に対する公益通報」すなわち「内部通報」をさす。
この条文の解釈について、斎藤知事は、「内部通報」についてのみ、通報者を保護する体制を整備すればよいと解釈している。
他方で、消費者庁の解釈では、監督官庁(2号)や報道機関等(3号)への「外部通報」についての通報者保護の体制整備が「その他の必要な措置」に含まれるということになる。
幸田教授は、「法律の条文を素直に読めば、斎藤知事が示す『内部通報に限定される』という解釈はむしろ自然であり、十分に成り立ち得る」とする。
知事が消費者庁の「公式見解」に従う義務は「ない」
では、法令を所管する官庁による法解釈の「公式見解」と、地方自治体の長の法解釈が異なる場合、どのように扱うべきか。ちまたでは、消費者庁の「有権解釈権」を強調し、斎藤知事がそれに従う義務を負うかのような言説が散見される。
しかし、幸田教授は、地方自治体が所管官庁の公式見解に従う義務はないと説明する。
神奈川大学法学部・幸田雅治教授
幸田教授:「消費者庁の解釈が唯一絶対ではなく、それと異なる解釈をとること自体は否定されません。
最終的に、『有権解釈権』によって法的解釈を確定することができるのは、司法権を行使する裁判所のみです。
また、消費者庁が地方自治体に対し解釈を示すことはあくまで『助言』にすぎないので、その解釈に地方自治体が従う必要もありません。
消費者庁が『助言』を超えて、地方自治体に解釈を押し付けることはあってはならないし、知事に消費者庁の解釈に従うよう圧力をかけることも許されません」
幸田教授はその法的根拠として、地方自治法2条12項・13項を挙げる。
地方自治法2条12項は、「地方公共団体(地方自治体)に関する法令の規定は、地方自治の本旨に基づいて、かつ、国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて、これを解釈し、および運用するようにしなければならない」と定めている。
また、13項では、「自治事務」(※)については、「国は、地方公共団体が地域の特性に応じて当該事務を処理することができるよう特に配慮しなければならない」としている。
※地方自治体が処理する事務のうち、国から受託を受けて行う「法定受託事務」以外のもの
幸田教授:「わが国の行政法の権威で最高裁判事を務める宇賀克也博士は、これらの条文の趣旨について、『所管省庁から多少とも疑義が示されれば、自治体がその見解に納得できなくても安全策をとり、条例化を断念するのでは、地方分権の拡充を期待しえない』と説明しています(『地方自治法概説』(有斐閣)参照)。
国と地方自治体の関係はあくまでも対等です。戦前と異なり、地方自治体は国に従属させられる立場ではないのです」
消費者庁の対応の「問題点」
消費者庁の対応にはどのような問題があったのか。幸田教授は、「消費者庁が、公式見解を明らかにする必要があると考え、県に伝えること自体は問題ない」としつつ、実際に消費者庁が兵庫県に送付されたメール、国会での消費者庁担当者の発言は、いずれも不適切だったと批判する。
幸田教授:「報道によれば、消費者庁から兵庫県へのメールの中で、『知事以下関係部署を含めて十分にご理解いただき、適切な対応をとられるよう何卒よろしくお願い申しあげます』との記載があったとされます。
これは『助言』の域を超え、自らの解釈に沿った対応をするように求める表現であり、不適切です。
また、4月23日の衆院消費者特別委員会で、消費者庁の担当官が『消費者庁が有権解釈権を持っている』と答弁しました。
これは明白な誤りです。前述の通り、『有権解釈権』を持っているのは裁判所だけです。直ちに発言を撤回すべきです」
知事が負う「責任」とは
では、斎藤知事は消費者庁の「助言」を無視し、何もしなくても良いのか。幸田教授は「義務がないから、何もしなくて良いということにはならない」と指摘する。幸田教授:「まず、斎藤知事は、消費者庁の解釈が示されているにもかかわらず、それと異なる解釈をとるならば、その根拠と合理性について、丁寧に説明する必要があります。
決して『真摯に受け止める』『重く受け止める』などの空疎で粗雑な一言だけで切って捨てることは許されません。ところが、斎藤知事はまったく説明義務を果たしていません。
また、斎藤知事の解釈を前提とした場合でも、現に『通報者探し』によって自死者まで出すほどの問題を発生させていることからすれば、法的義務がないとしても、外部通報に関する組織内体制整備を行うことを積極的に検討すべきです」
消費者庁が兵庫県に圧力をかける前に「やるべきこと」
しかし、現状、斎藤知事は、独自の法解釈を示し、自身の正当性を述べることを繰り返すのみである。兵庫県として外部通報に関する組織内体制整備に着手する気配はなく、それを期待することもできない状況にある。幸田教授は、この事態を改善するために、消費者庁には「他にやれること、やるべきことがある」と指摘する。
幸田教授:「消費者庁は、仮に公益通報者保護法11条の解釈について疑義があるのであれば、現在の消費者庁の解釈を明確にする方向での法改正を検討すべきです。
兵庫県に、消費者庁の法解釈に従うよう圧力をかけるのは筋違いです」
加えて、消費者庁が、いま国会で審議中の公益通報者保護法の改正案を、より充実させることに尽力すべきだと指摘する。
幸田教授:「現状の改正案は大きく2点において、著しく不十分です。
第一に、公益通報をした人に対する降格等の不利益な人事権行使が行われた場合に、自治体側が『公益通報を理由としてされたもの』でないことの証明義務を負うという『立証責任の転換』の規定が盛り込まれていません。
第二に、公益通報者保護を制度的に担保するため必要とされる規定が盛り込まれていません」
後者の規定としては、以下のようなものが挙げられるという。
- 公益通報のため必要な資料の収集・持ち出しに対する民事上・刑事上の責任の免除
- 解雇・懲戒処分以外の不利益な取り扱いをした場合に対する刑事罰の導入
- 体制整備義務違反に対する是正命令、同命令に違反した場合の刑事罰の導入
- フリーランス以外の取引先事業者等を保護すべき公益通報者に加える
県議会には「やれること」がある…果たすべき役割とは?
それに加え、幸田教授は、兵庫県議会にも、条例制定等を通じて県知事に対するコントロールを及ぼす役割を果たすことができるはずだと指摘する。
兵庫県庁舎(minack/PIXTA)
幸田教授:「十分な体制を整えていないことについて、議会がチェック機能を働かせることが考えられます。
県議会は条例を制定する権限を持っています。内部統制や公益通報者の保護が不十分と考えるのであれば、それらを規律する条例の制定に取り組むことができるのです。
実際に、内部統制や公益通報者の保護条例を制定している自治体があるし、コンプライアンスを確保するための条例を制定しているところもあります。それらの多くは不祥事をきっかけに制定されたものです。
また、地方自治法96条2項では、議会が議決事項を追加することが認められています。たとえば、栃木県那須塩原市議会など、幅広く『行政計画』を議会の議決事項に追加しているところもあります。議会がその気になれば、いろいろなことを決められるし、長の暴走にブレーキをかけることもできるのです」
以上を前提として、幸田教授は最後に、兵庫県議会に対し「辛口エール」を送った。
幸田教授:「兵庫県のように、長が相次いで不祥事を起こし、執行部が機能不全に陥っている自治体でこそ、議会がチェック機能・コントロール機能を発揮するべきです。
県議会は、斎藤知事の批判・追及も重要な役割ですが、自ら、先に挙げたような行政をコントロールする条例を作るなど、やれることがいろいろあるはずです。
今こそ、兵庫県議会の存在意義が問われているというべきです」