一方で、不貞行為(不倫)が実社会の夫婦生活に与える影響は言うまでもなく深刻である。令和5年度の司法統計年報によると、離婚調停などの婚姻関係事件を申し立てた人のうち約12%が、不貞行為などの異性関係が争いの原因となっているという。
本記事では、配偶者の不倫を知った人が、事態をどう受け止め、どのような心理的プロセスを経て“許す”のか。さまざまな研究結果をもとにその心理過程をひもとく。
※ この記事は五十嵐彰/迫田さやか両氏の書籍『不倫―実証分析が示す全貌』(中央公論新社)より一部抜粋・再構成。
不倫を許すまでのプロセス
配偶者の不倫を知って平静なままでいられるという人は少ないだろう。それでも、離婚をしない夫婦はどのような心理的プロセスを経ているのだろうか。聞き取り調査を通じ、マイケル・オルソン(※編集部註:結婚家族療法博士)らは、不倫をしていると知った後に配偶者を許すまでの感情変化のプロセスを3つのステージ――ジェットコースター、モラトリアム、信頼形成――に分けている(※1)。
最初のステージをオルソンらはジェットコースターと形容している。
配偶者の不倫が発覚した後、激しい感情の揺れ動きを経験することとなる。離婚をしなかった夫婦は、配偶者に対する怒りや復讐心、時として罪悪感といった激しい感情の渦を抑え込み、関係を再構築するために冷静に状況を把握している。
第二のステージ、モラトリアムでは、独りで考える時間をもち、不倫を意味づける期間に入る。このステージでは、不倫をされた側が精神的な回復をする過程で様々な情報を集めたり、いろいろな経験をすることとなる。
例えば配偶者の不倫相手のことを細かく知りたがったり、家族や友人のサポートを得たり、子どもを通じて配偶者とコミュニケーションをとろうとしたりする。そうして、不倫がお互いにとってもつ意味や位置づけを確認する。
第三のステージは信頼形成である。このステージでは、不倫をした配偶者に対して再度関わりをもとうとしたり、コミュニケーションを増やしたりといった関係の再構築が含まれる。不倫をした配偶者が、2人の関係に対してより強いコミットメントをもったり、行動を変えたりすることで、不倫をされた側が謝罪を受け入れる段階へと進むとされる。
不倫された人は、不倫をどう解釈しているか
配偶者に不倫をされた人は、どのようにその不倫を理解し、解釈しているのか。そしてその解釈がどのように不倫を許すことにつながっているのだろうか。一つの見方として、心理学における原因帰属モデル(※2)を応用した説明がある。原因帰属モデルでは、出来事の原因を所在、統制可能性、安定性、意図の4つの次元に分類している。
1つ目の「所在」は主に個人の内的要因と環境などの外的要因に分けられる。
内的要因はある行動を起こした人の性格といった内面に原因を求める。外的要因は、個人が置かれた状況がその行動を引き起こしたという認識である。
2つ目の「統制可能性」は出来事の原因を統制できるかどうか、3つ目の「安定性」は原因が一定期間後も持続しているかどうか、そして4つ目の「意図」は行為の目的を意味する。
これを不倫に当てはめて考えてみよう。
1つ目の所在については、不倫をした理由を相手の内面に求める場合(不倫をしたのは配偶者が不誠実な人間だから等)と、不倫をした理由を不倫の状況や環境に求める場合(不倫をしたのは別居婚だったから等)の2つの原因帰属の仕方が考えられる。
次に2つ目の統制可能性は、不倫するかどうかを自ら選択できるかどうかを意味している。例えば、協調的な女性は相手からの誘いを断りきれずに不倫をするが、これは統制可能性が低い場合にあたるだろう。
3つ目の安定性は不倫の原因となったもの(例えば不倫に刺激を求める志向)がその後も持続するかどうか、そして4つ目の意図は、例えば不倫をすることによって配偶者の気を引いたり傷つけたいといった意図に関連している。
配偶者の不倫の原因帰属は、先に見たオルソンの3ステージモデルの第二段階、不倫の意味付けにも関わってくるだろう。不倫がなぜ行われたか、その原因を考える段階である。
「自分の不倫には甘く、配偶者の不倫には厳しい」
原因帰属を不倫に当てはめた先行研究によれば、配偶者が不倫をしていた場合に、その原因を相手の内面ではなく不倫をした状況(外的要因)に帰属させる回答者は、不倫をした配偶者をより許しやすく、離婚をしにくいようである(※3)。本人の内面という比較的安定した原因ではなく、環境という一時的なものによると考えることで、配偶者が今後不倫を行う可能性を低く見積もるのだろう。例えば上下関係を利用して不倫関係を迫られた場合などがこれに含まれる。
ただし、この原因帰属の仕方には困難が伴うようだ。なぜなら配偶者の不倫の原因については一般的に、配偶者の内面によるもので、より安定的であり、統制が可能で、意図的なものとみなしやすいからである(※4)。
配偶者の不倫を外的要因によるものだと認識することは困難であり、結果として配偶者の不倫を許さない場合が多くなってしまう。
なお、自分自身の不倫は外的要因によるもので、統制不可能であり、不安定的で、非意図的だと認識しやすいという研究結果も同時に出ている(※5)。
言い換えると、自分の不倫には甘く、配偶者の不倫には厳しいということだ。
不倫をする人は、他にも問題を抱えている?
不倫をした配偶者を許す際のもう一つの心理的な説明として、共感(empathy)がある。中国人を対象にした研究では、不倫の原因帰属に加えて、共感、すなわち相手の立場に立って考えることが配偶者の不倫を許す際に重要になることが報告されている(※6)。
共感と原因帰属は一般的に配偶者を許す際の心理的過程としてよく使われているが(※7)、不倫に関しても同様に当てはまっているようである。
本書では不倫を許すことを推奨しているわけではもちろんないが、不倫を許すことによってストレスを解消できるという研究がある(※8)。
ただし、不倫をする人は家庭内暴力をしやすいという研究もあり(※9)、また不倫をする人は避妊をしたがらないなど公衆衛生に関わる問題を抱えている場合もある(※10)。
配偶者に不倫されることによって精神的な問題を抱えるが(※11)、不倫をした配偶者と別れることによってこうした精神的な落ち込みから回復できることも報告されている(※12)。
また、こうした家族内の問題に加えて、不倫をしている人は職業上の不正をしやすいこともわかっている(※13)。
不倫と離婚に関する研究では、信頼できる第三者の存在の重要性がしばしば説かれている。その点アメリカではカウンセリングやセラピーの視点から不倫を分析した研究が多く、不倫が起きた際には専門家に相談することの重要性もうかがえる。
■註記
※1 Olson, M. M., Russell, C. S., Higgins-Kessler, M.,& Miller, R. B. (2002). Emotional processes following disclosure of an extramarital affair. Journal of Marital and Family Therapy, 28(4): 423-434.
※2 Bradbury, T. N.,& Fincham, F. D. (1990). Attributions in marriage: Review and critique. Psychological bulletin, 107(1): 3-33.
Heider, F. (1958). The psychology of interpersonal relations. Psychology Press. Weiner, B. (1985). An attributional theory of achievement motivation and emotion. Psychological Review, 92(4): 548-573.
※3 Chi, P., Tang, Y., Worthington, E. L., Chan, C. L., Lam, D. O.,& Lin, X. (2019). Intrapersonal and interpersonal facilitators of forgiveness following spousal infidelity: A stress and coping perspective. Journal of Clinical Psychology, 75(10): 1896-1915.
Hall, J. H.,& Fincham, F. D. (2006). Relationship dissolution following infidelity: The roles of attributions and forgiveness. Journal of Social and Clinical Psychology, 25(5): 508-522.
※4 Thorson, A. R. (2018). Investigating the relationships between unfaithful parent’s apologies, adult children’s third-par ty forgiveness, and communication of forgiveness following parental infidelity. Journal of Social and Personal Relationships, 36(9): 2759-2780.
※5 Thorson, A. R. (2019). Investigating the relationships between unfaithful parent’s apologies, adult children’s third-par ty forgiveness, and communication of forgiveness following parental infidelity. Journal of Social and Personal Relationships, 36(9): 2759-2780.
※6 Chi, P., Tang, Y., Worthington, E. L., Chan, C. L., Lam, D. O.,& Lin, X. (2019). Intrapersonal and interpersonal facilitators of forgiveness following spousal infidelity: A stress and coping perspective. Journal of Clinical Psychology, 75(10): 1896-1915.
※7 Fincham, F. D., Paleari, F. G.,& Regalia, C. (2002). Forgiveness in marriage: The role of relationship quality, attributions, and empathy. Personal Relationships, 9(1): 27-37.
※8 Chi, P., Tang, Y., Worthington, E. L., Chan, C. L., Lam, D. O.,& Lin, X. (2019). Intrapersonal and interpersonal facilitators of forgiveness following spousal infidelity: A stress and coping perspective. Journal of Clinical Psychology, 75(10)1896-1915.
※9 Vandello, J. A.,& Cohen, D. (2003). Male honor and female fidelity: implicit cultural scripts that perpetuate domestic violence. Journal of Personality and Social Psychology, 84(5): 997-1010.
※10 Conley, T. D., Moors, A. C., Ziegler, A.,& Karathanasis, C. (2012). Unfaithful individuals are less likely to practice safer sex than openly nonmonogamous individuals. The Journal of Sexual Medicine, 9(6): 1559-1565.
Daly, M., Wilson, M.,& Weghorst, S. J. (1982). Male sexual jealousy. Ethology and Sociobiology, 3(1): 11-27.
※11 Allen, E. S., Atkins, D. C., Baucom, D. H., Snyder, D. K., Gordon, K. C.,& Glass, S. P. (2005). Intrapersonal, interpersonal, and contextual factors in engaging in and responding to extramarital involvement. Clinical Psychology: Science and Practice, 12(2): 101-130.
※12 Sweeney, M. M.,& Horwitz, A. V. (2001). Infidelity, initiation, and the emotional climate of divorce: Are there implications for mental health?. Journal of Health and Social Behavior, 42(3): 295-309.
※13 Griffin, J. M., Kruger, S.,& Maturana, G. (2019). Personal infidelity and professional conduct in 4 settings. Proceedings of the National Academy of Sciences, 116(33): 16268-16273.