2026年4月から自転車ユーザーに対する取り締まりが強化され、「青切符」制度が導入されるという報道が話題になっている。
あまり守られていないようだが、道交法では自転車は原則として車道を走行し、やむを得ない場合や歩道通行可の標識がある場合などを除いて、歩道を走ってはいけないことになっている(17条1項)。

青切符が交付される項目の中にはこの「歩道走行」も含まれており、より徹底した取り締まりが行われることが予想される。
しかし、自転車で車道を走ると今度は車から“邪魔者”扱いされ、無理な追い越しをされるなど危険な思いをすることも多い。このような背景から、自転車ユーザーからは不安と不満の声が上がっている。(近畿大准教授(安全心理学)・島崎敢)

自転車ユーザーの「モヤモヤ」

通常、取り締まりをされないようにルールを守って行動すると、安全は確保される。飲酒運転やあおり運転などがその典型で、ルールを守ることで周囲の人だけでなく、自分の安全も守られる。
これに対し、自転車の「歩道走行取り締まり強化」はやや特殊なケースと言える。
歩行者は自転車にひかれるリスクが減る一方、自転車ユーザーは、ルールを守れば自分が車にひかれるリスクが上がるという矛盾が生じるためだ。
「なるべく車道を走っていますが、国道で路上駐車があると、どうしても車線の中央に出るしかなく、毎回怖い思いをしています」と語るのは、日常的に自転車を利用するAさん(30代)。
前出の通り、道路交通法(17条1項)では自転車は原則として車道を通行することとされているが、実際に車道を走ると、路上駐車の車を避けるために車線の中央に出なければならない状況が頻繁に起こる。これは自転車ユーザーにとって大きな恐怖であり、車と接触するリスクも高まる。
「危険な車道に出ろと言うなら、自転車が安全に走れるように路上駐車をなんとかしてほしい」という声はインターネット上にも多数書き込まれていて、うなずく自転車ユーザーも多いだろう。

路上駐車「左にぴったり寄せる」は間違い

ルールを守ろうと車道走行する自転車ユーザーを悩ませている「路上駐車」。
多くのドライバーは「できるだけ左に寄せて駐車している」が、実はこれは一部の狭い道以外では間違った駐車方法である。
車両の駐車・停車の方法を定めた道路交通法47条では、確かに「道路の左側端に沿い」駐車することと定められているが、同時に「他の交通の妨害とならないように」という条件も付されている。

ここで言う「他の交通」とは車のことだけではなく、自転車も含まれている。
そして警察庁の通達や各都道府県警の指導、運転免許学科教本などによれば、車両の左側と歩道等との間に「75cm以上の間隔」を空けることが求められている。
この75cmという空間は、まさに自転車や歩行者が通るためのスペースである。
もし全ての車が正しく路上駐車していれば、本来、自転車は路上駐車の車を避けるために車線を変更する必要はなく、後続車におびえながら進路変更することもないのだ。
ドライバーは免許を取る際に教わっているはずだが、守られていない現状を見ると「周りもみんなそうしているから」と同調してしまうドライバーや、「車の邪魔になりたくない」と考えるドライバーが多いことが想像できる。
警察や自治体も、正しい駐車方法を積極的に周知していくことが重要だろう。
自転車は歩行者を守るためにリスクを負わされている。そんな自転車を守れるのは、道路を共有する車のドライバーしかいない。自転車が安全に通れるスペースを確保する心遣いが、より安全な交通社会につながるのである。

「自転車」対「自動車」、最も「怖い」のは追突事故

交通事故総合分析センター(ITARDA)の調査によると、自転車と自動車の事故のうち最も多いのは出会い頭の衝突だ。
一方、自転車の車道走行時に問題となる、自転車が自動車から「追突」されるタイプの事故は、件数が特別多いわけではない。しかし、致死率が出会い頭事故の10倍と極めて高いという特徴がある。
心理学的に見ても、自転車ユーザーが車道を走る際に最も怖いのは、この「追突」事故だろう。

人間はリスクを評価する際に「コントロール感」に大きく影響されることが知られている。実際には車より飛行機のほうがはるかに事故率が低いのに、乗ったら何もできない(コントロールできない)飛行機はなんとなく不安で、自分で運転する車は怖くないのはこのためだ。
同様に、出会い頭の事故は自分が注意を払うことである程度防げるのに対し、追突は自分の後方から来る車の行動に大きく依存するため、コントロール感が著しく低い。
また、こうした「恐ろしい」や「怖い」といった感情を伴うコミュニケーションは理屈だけでは進まない難しさがある。人間の脳は、理屈を処理する部分よりも感情を処理する部分の方が優位で、一度「怖い」と感じてしまうと、どんな論理的説明をされても納得できなくなってしまう。原発の設置問題や医療現場での「リスクコミュニケーション」でも同様の課題がある。
効果的なリスクコミュニケーションには、対立関係ではなく、信頼関係が不可欠だ。同じ方向を向いて共通の目的を達成しようとしていると互いが感じられるときに、リスクコミュニケーションはうまく機能する。
そう考えると、自転車ユーザーに対し車道走行を啓発するために必要なことは、青切符の制度を乱用して過度に取り締まりを行うことよりも、自転車ユーザーが日頃感じている「社会から一方的にリスクを負わされている」という感覚を少しでも軽減することなのではないだろうか。
「邪魔だから」と自転車に対して意図的に車を寄せるような行為は、自転車ユーザーを怖がらせるだけでなく、協力関係を損なうことにもつながる。

車道での自転車との共存に向けて

なお、自転車の青切符制度導入と並び、「自転車を追い越す時は1.5m以上の間隔を空けなければならない」など、自動車側の義務も強化される。
警察は自転車だけでなく車に対しての周知も併せて行うべきだろう。

そして、取り締まりを行う警察は、法改正の目的が単にルールを守らせることではなく、道路全体のリスクを下げることにあると理解して、取り締まるべきだ。
たとえば、歩行者がほとんど歩いていない歩道などで機械的な取り締まりを行うといった、目的と手段が逆転するようなことはあってはならない。
もちろん自転車ユーザーも、無理な車線変更を避ける、夜間のライト点灯を徹底する、イヤホンの装着やスマホの操作といった「ながら運転」はしないなど、ルールを守って安全に走る必要はある。
また、ヘルメットを着用したり、反射材やテールライトをつけたりして自己防衛することも大切だ。
最終的に目指すべきは、すべての交通参加者が安全に道路を共有できる社会である。
自転車ユーザーだけではなく、道路を使う全ての人が協力しあうことが、「自転車が車道を走ることが当たり前」の社会を作っていくことになるのではないだろうか。
■島崎敢
1976年東京都生まれ。早稲田大学大学院にて博士(人間科学)取得。同大助手、助教、防災科学技術研究所特別研究員、名古屋大学特任准教授を経て、近畿大学准教授。元トラックドライバー。全ての一種免許と大型二種免許、クレーンや重機など、多くの資格を持つ。心理学による事故防止や災害リスク軽減を目指す研究者で3人の娘の父親。
趣味は料理と娘のヘアアレンジ。著書に「心配学~本当の確率となぜずれる~」(光文社)等。


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