残業代が出ないことに納得できず、社員Aさんが会社を提訴。裁判所は「Aさんは管理監督者にあたらない。
「管理職になったから残業代は出さない」という会社の運用は、司法では通用しないことが多い。会社が念頭においている「管理職」と、残業代の支払いが不要となる法律上の「管理監督者」はまったく異なるからだ。
そのあたりの解説も交え、事件を解説する。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
会社は、石油、天然ガスの探鉱、開発に関する建設工事等の請負を行っている。Aさんは入社して17年後には幹部職員の地位にあった。具体的な役職は以下のとおりだ。- 平成30年(2018年)3月1日~令和元年(2019年)5月31日:技術部課長
- 同年6月1日~令和4年(2022年)6月26日:技術部次長
裁判所の判断
冒頭で述べたとおり、Aさんの勝訴だ。裁判所は会社に対して「Aさんに残業代167万円を払え」と命じた。会社の主張は「Aさんが有していた権限、その勤務態様、待遇等から実質的に見ても、Aさんは、管理監督者に該当する。よって残業代は発生しない」というものであった。
■ マメ知識
たしかに、会社の主張するとおり、Aさんが法律上の【管理監督者】にあたれば残業代の請求はできなかった。
(労働基準法41条)
この章、第6章および第6章の2で定める労働時間、休憩および休日に関する規定は、次の各号の1に該当する労働者については適用しない。
1号 (略)
2号 事業の種類にかかわらず監督もしくは管理の地位にある者または機密の事務を取り扱う者
3号 (略)
法律上の【管理監督者】にあたるかは次の3要素を考慮して判断される。
①管理監督者にふさわしい収入を得ているか
②実質的に経営者と一体的な立場といえるような権限があるか
③自分の裁量で労働時間を管理できるか
これは裁判所で確立された判断手法だ。今回の裁判所も以下のとおり判断基準を示している。
- 管理監督者は、労働条件の決定その他労働管理について経営者と一体的な立場にある者のことを指す
- 管理監督者該当性については、職位等の名称にとらわれることなく、職務内容、権限および責任並びに勤務態様等に関する実態を総合考慮して判断するのが相当
①管理監督者にふさわしい収入を得ているか
たしかに、技術部課長・技術部次長であったときのAさんの賃金は、同レベルの従業員の平均年収よりも高かった。
収入については上記の認定をしたが、残り2要素は次のように判示された。
②実質的に経営者と一体的な立場といえるような権限があるか
- 経営会議等の事業経営に関する決定過程に関与していなかった
- 本社での勤務または海外出張先での勤務をしており、海外出張先での勤務においては、外国人労働者の労務管理等を一定程度担っていたことがたしかに認められる
- 他方で、その採用権限等についてはプロジェクトマネージャー等が有していたことが認められる。これらの原告の職務内容、権限からすると、原告が経営者と一体的な立場にあったというに足りるほどの権限および責任を有していたとはいい難い
会社の労務管理システムによって、出退勤の際にICカードでの打刻をするように求められ、同打刻時刻とは異なる始業時刻および終業時刻である場合には修正申告をして上司の承認を得る必要があったことが認められることからすると、Aさんの勤務態様は、上司の管理を受け、その裁量の範囲は限定的であったといえる。
これらの事情を総合考慮し、裁判所は「Aさんは管理監督者にあたらない」と結論付けた。
ほかの裁判例
■ 管理監督者にあたらないと判断されたケース工場長などに次ぐ地位にあった者が「管理監督者にはあたらない」とされた事件がある。裁判所は、残業代538万円に加え、付加金374万円の支払いを命じた。
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■ 管理監督者にあたると判断されたケース
4人で会社を共同経営していたケースで「この社員は管理監督者にあたる」とされた。判断にあたって裁判所が考慮したのは次のような事情だった。
- 4人で誓約書を作成していた(誓約書の内容は「4人が会社の経営者層であり、経営判断は4人共同で協議し多数決で決定する」というもの)
- 重要資産ともいえる会社事務所の購入についても協議していた
- 月給(89万2000円)とボーナスが取締役と同額
- 役員経費として高額な経費精算も行っていた
- 休暇をとるときに休暇申請書を提出したことがなかった(他の社員は提出していた)
- 勤務時間を管理されていなかった
最後に
ちまたの管理職=法律上の管理監督者【ではない】ことは、ぜひ押さえておいてほしい。多くの会社は「キミは管理職になったんだから残業代は出ないよ」とホザいているが、大間違いだ。資格や地位の名称は関係なく、上述した3要素、すなわち①管理監督者にふさわしい収入を得ているか、②実質的に経営者と一体的な立場といえるような権限があるか、③自分の裁量で労働時間を管理できるか、を総合考慮して判断される。
「この人は管理監督者ではない。残業代を払え」と判断された事件は数多くあるので、納得できない方は弁護士への相談をオススメする。