そのひとつの結論を委ねる最高裁判所の弁論期日が5月27日、同裁判所第三小法廷(宇賀克也裁判長)で開かれ、大阪訴訟(大阪高裁で逆転敗訴)と愛知訴訟(名古屋高裁で逆転勝訴)の上告人(原告)と訴訟代理人の弁護士がそれぞれ弁論を行った。
「人間らしく生きるとはどういうことなのか」
最高裁弁論とほぼ並行して、参議院議員会館講堂を会場に開かれた同時集会では、「いのちのとりで裁判」を戦ってきた原告らが思いを語った。会場に原告・支援者ら約300人が集まり、また全国の約100か所とオンラインでつながれた。「本を読むのが好き。月に1冊のハードカバーの本を買うのが夢です」――。
神奈川原告団の髙橋史帆さん(42)は、小学2年のときに慢性疲労症候群を、さらに中学2年のときに複雑性PTSDをそれぞれ発症。大学卒業後に一時就業したが、主治医から「(病気が)悪化するから仕事をしてはだめだ」と言われ、現在は障害年金(約6万5000円)と生活保護(生活扶助約2万円・住宅扶助約4万1000円)で生活している。
「働きたくても働けない」という中、「本を読む」楽しみに生きがいを見い出そうとしている。
同じく神奈川原告団の武田新吾さん(57)は、大手電機メーカーで働いていたが28歳のときに若年性リウマチを発症。仕事を辞め貯金を切り崩しながら生活していたが、その貯金も底をつき、33歳から生活保護を利用し始めた。39歳のときには脳梗塞も発症し、身体障害者1級に指定されている。
現在、障害年金(約8万5000円)と生活保護(生活扶助約1万円・住宅扶助約3万5000円)で生活。「自立をしなければいけない」と生活保護費の一部を貯金に回すようにしていたが、“引き下げ”でそれはできなくなった。
日々食べていくことが精一杯の中、「人間らしく生きるというのはどういうことなのか」問い続けているという。
国が引き下げ理由とした「物価偽装」の“実態”訴える
2012年、人気芸人の母親が息子から扶養を受けられるのに生活保護を受給しているとの報道から、生活保護へのバッシングが起こった(受給に問題はなく適法だった)。その年の衆議院議員総選挙の際に、自民党は「生活保護給付水準の10%引き下げ」を公約に掲げた。そして、2013年8月から2015年4月にかけて、3度にわたって生活保護のうち食費などの生活費にあたる「生活扶助費」の基準額が平均6.5%、最大10%引き下げられた。
これを受けて、全国のおよそ1000人の生活保護受給者と支援する弁護士らが、「引き下げは国民の『生存権』を定めた憲法25条に違反している」として、全国で集団訴訟を提訴した。
2020年6月の名古屋地裁を皮切りに、これまでに、地裁と高裁で41の判決(地裁30、高裁11)が言い渡され、原告側が26勝15敗(地裁19勝11敗、高裁7勝4敗)と大きく勝ち越している。
このうち、26日に最高裁弁論が行われたのは、大阪訴訟(大阪高裁で逆転敗訴)と愛知訴訟(名古屋高裁で逆転勝訴)。
最高裁弁論で弁護団は、厚労省が生活扶助基準引き下げの理由とした算定数値が「物価偽装」の下で行われたことを改めて訴えた。
2008年~11年の物価下落に伴う「デフレ調整」では、厚労省が独自に算定した生活扶助相当CPI(消費者物価指数)に基づき、生活保護世帯の可処分所得(自由に使える所得)が相対的に増加したとして、生活扶助基準を4.78%減額した。
しかし、物価の算出の起点となった2008年は原油高で一時的に物価が高騰しており、翌年以降は下落しやすい状況にあった。また、2010年頃には、地デジ化が進んだことに伴いテレビ・パソコンの購入が増え、両品目の価格が下がったことで、物価の下落率に大きな影響を与えていた。
「司法の存在意義が掛かっている」
同時集会終盤には大阪、愛知両訴訟での弁論を終えた弁護士も加わり、第三小法廷での様子や、弁論の内容などを語った。法廷では、原告・被告ともに30分ずつの時間が与えられ、原告側は、当事者1人と4人の弁護士が弁論を行ったという。
愛知訴訟弁護団長で、自らも過去に生活保護を受給していたことがある内河恵一弁護士は、「(病身の両親が田舎で)生活保護を受けたおかげで夜間大学を出られた」という自身の経験をもとに、制度の重要性を訴えたという。
また、厚生省(当時)に約3年間勤務した後、法曹界に転じた尾藤廣喜弁護士は、生活保護費引き下げの政治的な背景に強い憂慮を示した。
これは、三重・津地裁(竹内浩史裁判長=当時=)が、「自由民主党が発表していた生活保護費を10%削減するとの方針ないし選挙公約に忖度して引き下げた」と、政治的背景にまで踏み込み判断したことへの応答だ。
尾藤弁護士は、当時配属された社会局保護課で上司から読むようにと手渡されたのが書籍『生活保護法の解釈と運用』(小山進次郎著)だったとして、次のように最高裁判官らに訴えたという。
「小山さんは『(基準算定に)政治的色彩が混入することは厳に避けるべきである』と書いていた。国による生活保護基準引き下げは、生活保護の考え方を徹底的に叩き込まれた厚生省職員時代に学んだ教えとは、全く逆のことだ」(尾藤弁護士)
愛知訴訟の西山貞義弁護士も、基準引き下げに政治的背景があったことを強く批判した上で、最高裁の判断に期待を込めた。
「現状、立法・行政は選挙で勝った政党が支配してしまっている。一方の司法は独立した機関で、判断基準は『法』だ。多数決原理で政治(立法、行政)が無茶なことを行っていないかを監視するのが司法の役割。
司法権の行使をせず、政治の横暴を止めることができなければ、それは司法の恥といえる。司法の存在意義が掛かる、とても大切な裁判だと思っている」
「生活保護が下がれば、すべての国民の生活にかかわる」
突然の病気や老後など、誰にでも必要になる可能性がある生活保護制度。しかし、いまだに世間には根強いバッシングが存在する。大阪弁護団の小久保哲郎弁護士は、集会の最後にこう訴えた。
「生活保護はナショナル・ミニマム(生存権保障水準)だ。
大阪、愛知両訴訟ともに6月27日15時から、判決が言い渡される予定だ。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。