同会は、児童生徒が自殺した場合の「災害共済給付制度」が十分に運用されていないなどとして、見直しを求める要望書を、院内集会の中でこども家庭庁の担当部署に手渡した。(ライター・渋井哲也)
遺族助けるはずの「災害共済給付制度」活用されず
災害共済給付制度とは、独立行政法人・日本スポーツ振興センター(JSC)が、学校や幼稚園等の管理下で災害が起きた場合に、医療費や見舞金を給付する仕組み。経費は、国と学校設置者、保護者で負担している。けがだけでなく、後遺症や死亡も給付対象で、自殺も含まれる。また、JSCでは事故・事件の再発防止につなげようと、学校や保護者等から、学校管理下の災害事例を集め、整理し、公開・啓発する活動も行っている。
しかし遺族らは、このJSCの「災害共済給付制度」が十分に運用されているとは言い難い実態があると指摘する。
「災害共済給付は学校の責任を問わずに被害者を救済する保険制度です。学校管理下での自殺の場合、過失による損害ではなくて、死亡見舞金という形で支給されます。
ところが、申請すると、学校の責任を認めたことになるのではないかという誤った認識から、学校側が遺族に給付制度を紹介しないなど、正しく運用されていない状況があります」(「安全な生徒指導を考える会」共同発起人の一人で、不適切指導で弟を亡くしたはるかさん)
そこで同会は、学校管理下の災害で児童生徒が死亡した場合、遺族らが適切に災害共済給付制度を利用できるようこども家庭庁に要望書を提出した。
要望書では主に以下の6点を求めた。
① 災害共済給付制度の申請期限(現在は2年)を廃止または延長し、時効に阻まれない仕組みにすること
② 学校管理下の災害で児童生徒が死亡した場合、災害共済給付制度(死亡見舞金)について遺族らに対し必ず説明がされること
③ 現在行われている学校設置者を経由する申請方法だけでなく、遺族が直接JSCに申請できるような仕組みを追加すること
④ 高校生に限った「故意による死亡」要件を廃止すること
⑤ 学校管理下での災害疑いが少しでもあれば見舞金が支給されるようJSCが独自に判断できる仕組みにすること
⑥ JSCが得た情報を子どもの自殺対策にも活用すること
これらの要望は、どのような問題意識に基づくものか。以下、実際に課題とされている点を、事例も挙げながら詳述する。
学校側「不十分な理解」「恣意的な運用」か
現在、児童生徒が自殺した場合、学校が遺族に「死亡見舞金」について十分な説明を行っていない実態がある。文部科学省の発表によれば、2024年(令和6年)の児童生徒の自殺者数は527人(暫定値)に上り過去最多となった。一方で、自殺による死亡見舞金の申請件数は2019年(令和元年)の21件をピークに増えていない。
「子どもが亡くなったときに、遺族はそもそも(学校管理下で自殺した場合、死亡見舞金が出るという)制度を知らないし、制度を知った頃には、すでに2年という時効が過ぎてしまっている場合が多いです。
現在、申請は学校設置者を経由する仕組みなので、学校が不適切指導のことなどを申請書に書きたくないのか恣意的に申請がなされなかったり、違った内容で申請されたりすることもあります。
学校がきちんと申請しないため、自殺や不適切指導のデータが集まらず、再発防止にも活かされていない状態です」(同はるかさん)
たとえば、不適切な指導が原因の自殺の場合、「学校事故」として報告し、事故日時・場所は「不適切指導があった日時・場所」になる。しかし、学校側の事実認識が不十分な場合や、学校が不適切な指導を認めなかった場合などに「自殺した日時・場所」が申請されるといったことが発生している。
これにより、誤った事実認定が行われ、遺族が本来受けられるはずの死亡見舞金が支給されなかったり、正当な給付額を受け取れなかったりする可能性がある。
「不適切指導」認めさせるために裁判が必要な場合も
また、遺族が学校側の不適切な指導があったと主張しても、その点が調査・検討さえされないケースもある。このような事態が起こり得るリスクを考慮し、災害が学校管理下で起きた疑いが少しでもあればJSCが独自に見舞金を支給する判断が可能な仕組みにすることが求められるという。
具体的には、以下2つのケースで、その問題が顕在化している。
第一のケースは、2012年10月、東広島市立中学校2年の男子生徒が複数の教員から相次いで指導を受け、大声で怒鳴られた。部活動の顧問からも、目の前の机を蹴るなどの暴力的な叱責を受けた上、部活動への参加を禁止された。その後、生徒は帰り道で自宅に戻ることなく命を絶った。
JSCが支給の是非・金額を決める際に参考にした調査委員会の報告書には、教員の指導の妥当性や適切性、生徒に与えた影響についての検討が含まれなかった。そのため、「学校管理下の事件」とされず、「通学中の災害」と扱われた。その結果、JSCの死亡見舞金は半額支給だった。
遺族は、学校設置者である市とJSCを相手に提訴し、指導と自殺の因果関係を争った。途中、市側が文書の開示に応じないことで、文書開示に関する別の裁判を起こしたこともあり、裁判は実に8年間にわたった。
裁判の結果、市側が不適切な指導を認め、遺族に謝罪。JSCについても「学校管理下で発生した事件に起因する死亡」と訂正し、死亡見舞金は全額支給された。
「当初、市教委から『調査委員会の報告書の内容以外は、申請書類に記載できない』と言われました。息子のケースでは、調査委員会の報告書が不十分だったため、JSCが『学校管理下の事件』であることを認めず、『通学中の災害』とされました。裁判をしなければ適正な支給がなされなかったのは非常に残念に思います」(男子生徒の遺族)
高校生の自殺は災害ではなく「故意」とされていた
第二に、2013年3月3日、北海道立高校1年の男子生徒が自殺したケースが挙げられる。男子生徒は前日の部活終了後、顧問から呼び出され、先輩部員4人も立ち会う中、「なんのことだかわかるよな」などと事実確認も十分にされないまま、やっていないことについて叱責され、退部に言及された。生徒は帰宅後、家族に指導内容を話した。家族は部活に行かなくてもいいと説得したが、「行かないとそれを理由に退部になってしまう」と話し、翌3日も登校した。
男子生徒の死後、親友は顧問から男子生徒と連絡を取ることを禁じられており、「訪ねてきても居留守を使って一切会うな」と指示されていたことなどがわかった。
しかし、学校側は調査前から「指導は適切だった」との見解を示しており、遺族が調査委の設置を求めたが、設置されなかった。遺族は北海道を提訴。札幌高裁で棄却されたものの、判決は「指導方法は適切といえず、教育的効果を発揮するどころか、かえって生徒を混乱させた」と不適切な指導を認定した。
それでも学校側は「不適切指導」を認めず、判決後もJSCに自殺の原因は「不明」と報告した。その結果、男子生徒の自殺は「故意による死亡」と判断され、結局、死亡見舞金は支給されなかった。
遺族は「JSCの(不支給)判断は、高裁判決よりも学校側の報告を優先したことになります」と憤る。
また、これまで高校生については、「故意による死亡」の場合は見舞金の対象外とされていたという問題もあった。
この点について、遺族は「『故意による死亡』として扱われるのは高校生だけです。子どもを亡くしたことに変わりがないのに、中学生までは見舞金が支給され、高校生だけは違う扱いをされるということにとても傷ついています」と話す。
2016年10月。JSCは通知を出して、いじめや体罰、教員による暴言等の不適切な指導、ハラスメント行為などがあった場合は、「故意による死亡」であっても、原則として見舞金を支給することになったが、申請書類を学校が出すこともあり、不適切指導が認められるケースはいまだに多くない。
遺族「変わる可能性について希望がもてました」
「安全な生徒指導を考える会」では、これまでも災害共済給付制度の運用改善を求め、政治家へのロビー活動やこども家庭庁への要望を重ねてきた。そんな中、今年2月、自民党が「こどもの自殺対策支援プロジェクトチーム(PT)」を設置。同会も、教員からの不適切指導やJSCの課題について意見交換を行ってきた。
5月15日、同PTが「こどもの自殺対策の強化を求める提言案」を取りまとめたことを受け、同会も21日に予定していた院内集会にあわせ、JSCの改善をこども家庭庁に改めて要望した。
要望書を受け取ったこども家庭庁の担当者は、その場で「災害共済給付制度の運用実態をさらに精査しつつ、改善策については関係機関と連携しつつ検討していきたい」と答えた。
同会のはるかさんは「これまでは要望しても『災害共済給付はこういう仕組みだから』と説明され、堂々巡りが続きました。しかし、今回の要望では、『改善策について検討していく』という前向きな回答が得られました。学校管理下で亡くなった子どもの死に向き合うという気持ちも伝わってきて、変わる可能性について希望がもてました」と話す。
今後、同会は、こども家庭庁やJSCの動きを注視するとともに、文部科学省にも「子供の自殺が起きたときの背景調査の指針」見直しへの提言や、不適切な指導に関する啓発・調査を要望していくという。
■渋井哲也
栃木県生まれ。