会見に出席したヘルパーネット世話人の民谷孝則(たみや・たかのり)氏は調査の結果について、次のように語った。
「現在、介護の現場では介護崩壊とも言える事態が進行しており、労働者の“やりがい搾取”によってなんとか体制が支えられているという実態が明らかになった」
「やりがいがあるのに、続けられない」
調査は2024年10月1日から12月31日までの間に行われたもので、介護労働者6353人が回答。同様の調査はこれまで、数年に一度実施されていたが、新型コロナの影響もあり、今回の調査は2018年以来約6年ぶりとなる。全労連の土井直樹厚生労働局長は「今回の調査結果から、現状、介護の仕事が『やりがいがあるのに、続けられない』ということが明らかになったのではないか」と総括した。
土井局長は、介護の現場で働く人が「仕事を続けられない」と考える原因として、低賃金、人手不足、ハラスメントの3つを挙げる。
「介護現場は、そもそも非正規雇用労働者や女性が多く、低賃金につながりやすい状況に置かれ続けています。
また、正社員の場合であっても、全産業の一般労働者の給与平均が月額35万9600円なのに対し、介護の現場で働く人の場合は24万9585円と、約11万円の差があります。
さらに、賃金の引き上げについても、回答者のうち58.0%が『定期昇給があった』と答えていますが、一方で『定期昇給と別にベースアップがあった』との回答は27.5%にとどまっていることがわかりました。
これは、政府の進める介護分野への処遇改善策が現場には十分届いておらず、物価高に追いついていないことをあらわすのではないでしょうか。
通常、賃金の原資となる介護報酬の引き上げは3年に一度行われます。しかし、われわれ労働組合は今後、政府に対し、その期間満了を待たずに期中改定を行うべきだと訴えていきたいです」
また、賃金のピークは40代で、その次に30代が高く、一方で50代、60代となるにつれて、賃金が下がっていく傾向にあるという。その背景として土井局長は以下のように推察する。
「中高年になって初めて介護職に就く人が多いことや、40代の正社員割合や人数が、他の年代に比べると多いことが理由の一つとして考えられます。
また、多くは無いと思いますが、20代のころから介護職を続けたことで昇給したというケースもありえなくはないと思います」
人手不足、ハラスメントも「退職者続出の原因に」
それに加え、前回調査と比べて正社員だけでなく非正規労働者の勤務時間も増加しているといい、調査報告書は「人手不足の影響が出ている」と指摘。実際、回答者の約8割が「人手不足を感じている」と答えており、報告書では、人手不足を強く感じる人ほど、「早く仕事を辞めたい」と回答する人の割合が増加するという傾向が明らかになったとされている。
また、ハラスメントについては、回答者の37.4%にあたる2373人が、上司、同僚、利用者、利用者家族から、 この1年間に何らかのハラスメントを受けており、土井局長は人権問題の深刻化を次のように訴えた。
「ハラスメントを受けた経験がある人で、 介護の仕事を『続けたいと思わない』 『早くやめたい』と回答した人は24.5%に上っています。
他方で、ハラスメント経験がない人の場合、そうした回答をした人の割合は、12.1%と半分以下にとどまっています。
もちろん、今回の調査を受ける前に退職した人もいると思われますから、雇用・人手確保の面でもハラスメントの根絶が必要です」(土井局長)
こうした低賃金・人手不足・ハラスメントの状況からか、回答者の7割が介護の仕事に「やりがいを感じる」としている一方、「今後も介護の仕事を続けたい」と回答した人は6割以下にとどまっており、特に20代では26.9%が「続けたいと思わない」「早く辞めたい」と回答したという。
「教員や親」さえ介護職を勧めない現実
では、このような状況が続けば、日本の介護制度はどうなってしまうのだろうか。土井局長は以下のようにコメントする。
「現在の制度のもとですら、十分な介護を受けられない人もいる中で、こうした状況が続けば介護制度は崩壊すると思います。
実は、これまで介護職員の数は増え続けてきていました。しかし、厚労省のデータによると、2023年度になって初めて介護職員数が減少に転じたそうです。
2026年には介護職員25万人が、2040年には57万人が不足するというデータもあり、このままでは介護を受ける必要のある人は増え続けるものの、実際に携わる人は足りない状況になるのではないでしょうか」
民谷氏も「本来であれば、57万人の人手を確保するため、これから計画を立てていかなければならない段階です。にもかかわらず、計画を立てる段階で、人手が減少に転じてしまいました。これは、一般企業の採用で考えれば一大事です」と指摘。
そのうえで、この状況を変えるためにも「賃金を改善させ、魅力的な仕事に変える必要がある」と訴える。
「賃金がほかの産業と同等、あるいはそれよりも高くなれば、やりがいのある仕事ですから、人も集まるのではないかと思います。
ですが、現実には中学・高校の先生や、看護職員として働いている親でさえ、給料・待遇の悪さを理由に、“善意”から就職先として子どもに勧めないという話をよく聞きます。
政府や厚労省は必死に仕事の“魅力”をPRするなどしていますが、賃金の低さや、昇給の少なさはすでに広く知られていることです。
そこをどうにかしない限り、特に若い世代で介護職を選択する人が増えるとは考えられません」(民谷氏)
「人生の最後に、入浴すらできない介護制度で良いのか」
会見の終盤には、介護職場で働く当事者や、地方の労組担当者も出席。より詳細な“介護崩壊”の現状について話した。福祉保育労神奈川県本部の寺田典子氏は「端的に言えば、介護を受ける人に対して介護をする人の比率が減っているという一言に尽きます」と指摘し、こう続けた。
「特別養護老人ホームでは、週2回以上の入浴が義務付けられていますが、体調不良などを理由に、それが果たされていないケースがよくあります。
人手不足から横行しているものですが、人生の最後に、入浴すらできない介護制度で良いのかと訴えたいです」
また、ケアマネージャーで、愛知県医労連の榊原康洋氏は次のように地方の現状を語る。
「訪問介護事業所の場合は、地方・田舎に行けば行くほど、選択肢が減るという現状があります。
介護といっても、人間関係もありますので、もし限られた選択肢から選んだヘルパーさんを気に入らなかったとしても、利用者側は我慢するしかありません。それが、どれほどお互いにとって苦痛になるか考えてみてください。
そして、選択肢がない場合には、結局誰が介護するのか、という問題が残ります。はたしてその場合、家族が介護を必要とする人の面倒をみることは可能なのでしょうか。こうしたことを考えると、本当にこのままの介護制度ではいけないと思います」
なお、全労連介護・ヘルパーネットは今回の実態調査の結果などを踏まえ、7月に厚労省と意見交換をする予定だという。