なぜそんな事態になってしまうのか…。不審遺体の解剖数で日本1、2を争う高木徹也氏が、豊富な知見から、その要因を解説する。
※この記事は法医学者・高木徹也氏の書籍『こんなことで、死にたくなかった:法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)より一部抜粋・再構成しています。
服用量にかかわらず危険な理由
睡眠薬が原因で亡くなる場合、その多くは「オーバードーズ」、つまり「過量服用による中毒死」です。しかし、高齢者の場合、服用量にかかわらず死の危険性があります。
睡眠の質は、年齢とともに変化します。
健康な高齢者でも、身体活動や基礎代謝量は年齢とともに低下しますし、退職してメリハリのない生活になったり、パートナーとの死別などで一人暮らしになったりする環境的な要因も、睡眠に多大な影響を及ぼします。すると、夜中に何度も目が覚めたり、朝早くに目が覚めて眠れなくなったりするのです。
さらに心身の病気や治療薬の副作用によって、不眠症をはじめとするさまざまな睡眠障害が起きることもあります。また、アルツハイマー型認知症も、睡眠を浅くすることが医学的に知られています。
不眠のための服用が高齢者では逆効果になることも
このような場合、高齢者に医療側から睡眠薬を処方することがあります。しかし、眠れるようにするはずの睡眠薬を服用することで逆に眠れなくなったり、意識のないまま活動してしまったりすることがあるのです。
睡眠薬としてよく処方されるのが「ベンゾジアゼピン受容体作動薬」という種類の薬です。
ところが、高齢者はこの種類の薬に対して感受性が高く、また若年者に比べて分解や代謝、排泄機能が低下しているため、副作用が強く出てしまうことがあります。
たとえば、日中の倦怠感や眠気がひどかったり、朝早く目が覚めたり、記憶障害が出たりします。
また、時間や場所が急にわからなくなったり、注意力や思考力が低下したりする「せん妄」が生じることもあります。「せん妄」状態が長期間続き、適切な処置がされないままだと、昏睡や死に至ることもあるのです。
それだけではありません。筋肉がゆるくなる副作用もあるため、ふらつきや転倒などを起こしやすくもなります。
睡眠薬を過信してはいけない
さらに、高齢者で問題となるのが、逆に覚醒してしまうこと。睡眠薬の副作用で覚醒してしまうと、本人の意識とは関係なく激しく動いてベッドから転落したり、夢遊病患者のように歩き回って転倒したりしてしまうのです。その結果、頭を打ちつけて亡くなってしまったケースを解剖した経験もあります。
近年では医療側も、高齢者に対して、安易に睡眠薬を処方しないようになりました。処方する薬も「メラトニン受容体作動薬」や「オレキシン受容体拮抗薬」といった睡眠薬が使用されるようになり、先の事例のような事故は減少してきています。
それでも、在宅中に睡眠薬を服用して転落・転倒する高齢者は、まだまだいます。
何度も繰り返しますが、高齢者が頭をぶつければ、死に直結する可能性がとても高くなります。睡眠薬の種類や服用には十分気をつけるとともに、同居するご家族がいる場合は、細心の注意を払って見守ることが大切です。
<まとめ>
- 処方されている睡眠薬の種類を認識する。
- 寝室の周りにケガにつながりそうなものを置かない。
- ご家族は細心の注意を払って見守る。
【高木徹也】
法医学者。1967年東京都生まれ。
杏林大学法医学教室准教授を経て、2016年4月から東北医科薬科大学の教授に就任。
高齢者の異状死の特徴、浴槽内死亡事例の病態解明などを研究している。
東京都監察医務院非常勤監察医、宮城県警察医会顧問などを兼任し、不審遺体の解剖数は日本1、2を争う。
法医学・医療監修を行っているドラマや映画は多数。