竹澤さんはかつて、職を転々とし、ギャンブルにはまり、5年間で3度服役。
タイでは違法薬物が比較的容易に入手できる一方、タイ政府は違法薬物犯罪を厳しく取り締まっており、その結果、竹澤さんはタイでヤーバー1250錠の密輸容疑で逮捕され、一審でまさかの「死刑」を求刑されてしまう。
本連載では竹澤さんが経験した、タイの凶悪犯専用刑務所での出来事などを紹介。第3回は、密輸の疑いによってタイの空港にて逮捕された竹澤さんが「日本の刑務所ではまずあり得ない」「ある意味新鮮だった」と語る、移送先の“薬物犯専用刑務所”について取り上げる。(全8回)
※ この記事は竹澤恒男氏の書籍『タイで死刑を求刑されました』(彩図社)より一部抜粋・構成。
美しい「ガトゥーイ」らとともに、薬物犯専用の刑務所へ移送
移送書類を受け取ると、いよいよ刑務所への移動だ。だだっ広い待合室で待たされた後、各地の警察署から送られてきた麻薬事犯・約20名と一緒に午後も遅い時間、バスに乗り込み出発した。逃走防止のため、両手には手錠がかけられ、別の者の足と自分の足をヒモで結ばれる。移送者の中に1人、驚くほど美しいガトゥーイ(編注:またはカトゥーイ。侮辱的な表現を含む場合もあり、レディーボーイとも呼ばれる)がいた。年の頃は20代前半。華奢な身体付きで、きれいに伸ばした美しい髪。静かでものうげな表情はとても男とは思えない。
移送先は、バンコクにあるボンバット刑務所だった。ヘロインや覚せい剤、ヤーバー、大麻などに関連した犯罪者が収容される、薬事犯専用の刑務所だ。
バスは30分ほど走り、高い塀の前で停まった。そこで私たちはバスから降ろされ、刑務所に入るのである。日本の刑務所には何度か厄介になったことはあったが、タイの刑務所は初めてだ。しかも、薬物犯専用の刑務所……。緊張で手に汗がにじんだ。
“薄汚れた”塀の中…サンダルすらもらえずウロウロ
正門の扉が重い音を立てて開いた。塀の中にはだだっ広い空間が広がっていた。まず思ったのは、汚いということだった。ゴミや使った道具などがそこらへんに適当に転がっている。日本の刑務所ではそんなことはまずないので、ある意味、新鮮だった。
刑務所内には建物がたくさんあった。そのうちのひとつに通され、身体検査を受ける。薬事犯ということもあって下着まで脱がされ、尻の穴まで調べられる。例のガトゥーイも一緒だったので検査のときはちょっとした騒ぎになった。みんながそちらの方ばかり見ているので、刑務官がしまいには怒鳴り出した。
どこに麻薬を隠し持っているかわからないということで、所持品も徹底的に検査された。靴は没収され、ズボンはカットされ半ズボン状態で渡された。その他、持ち込みOKとして渡されたものは、衣類とタオル、洗面具などの日用品と、みやげ用に買っていたナッツやノシイカなどの菓子類だけだった。時計などの貴重品は預かり証をもらっての刑務所保管で、現金も同様だった。
その後、荷物を置いて別の場所で写真撮影があった。
未決囚なのに…まさかの“足かせ”装着
そして、その後、また別の部屋に連れて行かれた。そこには巨大な万力のような装置があり、長い鎖のついた直径1センチはある鉄の輪っかが置かれていた。それらを使って、いまから私に足かせをつけるという。
私は思わず目と耳を疑った。私は未決囚だ。犯罪をやったのは事実だが、建前上はまだ無罪になる可能性がある。身分としては、一般市民と同じなはずだ。そういう人間にタイでは足かせをつけるというのか。
しかし、刑務所側は本気のようで、未決囚の足首に粛々と足かせが巻かれていく。そうこうしているうちに私の番になった。開いた鉄の輪っかが足首に当てられ、それを巨大な万力で締め付けていく。
足かせの鎖は持ち上げると膝上くらいまでの長さがあり、手で持つとズシリと重い。足かせと鎖を合わせて3キロ程度はあるだろうか。鎖のひとつひとつも分厚くしっかりとしており、とても外せそうにない。
ためしに歩いてみたが、鎖をジャラジャラ引きずってしまい、とても歩けたものではなかった。足かせが足首に食い込み、鋭い痛みもある。足かせは寝る時も水浴びをするときも付けっぱなしだ。
あとでわかったことだが、この足かせはすべての囚人がつけられるわけではないらしい。営利目的の麻薬密輸犯や殺人犯といった重罪犯が対象で、その期間も長く、ここボンバットでは何年もつけっぱなしということもある。私の場合は別の刑務所に移送されるまでの5か月、ずっと足かせをつけられた。
おかしな行為が流行“ベテラン組”のステイタスとは?
囚人たちは慣れたもので、鎖を上に持ち上げ、ズボンなどに付けたヒモに縛っていた。そうすれば鎖を引きずることなく歩けるのである。私が鎖を引きずって歩いていると、それを見かねた囚人がどこからともなく寄ってきて、腰にヒモを付けて、鎖を歩きやすいように縛ってくれた。
ボンバットではこの足かせにちなんで、おかしな行為も流行していた。日中、足かせをつけた囚人たちがよく足かせの鎖を床のコンクリートにこすりつけているのだ。なんでも鎖を研磨することで、輝きが増し、軽くすることができるらしい。
足かせのベテラン組になると、鎖は顔が映り込むほどピカピカに磨きあげられており、研磨を重ねたために、厚さが驚くほど薄くなっていた。
どうやら囚人たちの間では、ピカピカの鎖はある種のステイタスになっているようだった。とはいえ、あまり薄くし過ぎると新品の鎖に交換されてしまうそうだが。