国際人権NPO法人「ヒューマンライツ・ナウ(HRN)」は、主要テレビ局に対し「人権施策の実施状況」に関してアンケート調査を行った。
5月29日、同法人は都内で会見を開き、その概要と結果を発表。
「社会の『公器』として人権を促進する役割を積極的に果たすこと」など、改善に向け勧告した。(ライター・榎園哲哉)

テレビ局8社からアンケート回答

「メディア・エンターテインメント業界における関係者の人権は、極めて深刻な状況に置かれている」――。
会見の冒頭、後藤弘子HRN副理事長はそう語り、表情を曇らせた。
事務所所属タレントらが社長から性被害に遭っていた「旧ジャニーズ問題」を受けて2023年7~8月に「国連ビジネスと人権作業部会」のメンバーが訪日。
日本のメディア・エンターテインメント業界に対し、「(業界の)搾取的な労働条件は、労働者に対する労働法による保護や、ハラスメントの明確な法的定義の欠如と相まって、性的な暴力やハラスメントを不問に付す文化を作り出している」と厳しく指摘した。
しかし、人権課題は改善されなかった。
その後、フジテレビの元女性アナウンサーが大物タレントに性被害を受けていた疑いが発覚。今年3月には、フジテレビの第三者委員会による克明な調査報告書も公表された。
HRNではこうした背景を受けて、在京・関西のテレビキー局10社に対し、人権施策の実施状況についてアンケートを送付。8社(NHK、日本テレビ、TBS、毎日放送、フジテレビ、テレビ朝日、朝日放送テレビ、テレビ東京)から回答が寄せられた。

人権への取り組み「実質はこれから」

アンケート概要を説明した伊藤和子弁護士(HRN副理事長)によると、設問数は「人権方針について」など大きく14問のテーマ別に計78問。
全般的な評価として、国連人権理事会の「ビジネスと人権に関する指導原則」で企業の人権尊重責任として求める「人権方針の策定」「人権デューデリジェンス(※1)の実施」「グリーバンス・メカニズム(※2)の構築」の3項目について、伊藤弁護士は「(人権対応が)非常に立ち遅れている」と指摘。
特にNHKでの実施が不十分であると名指しした上で、「公共放送であり、特に(対応が)重要な放送局。抜本的に改善していただきたい」と述べた。

※1 企業が自社グループおよび取引先の人権リスクを調査・特定し、軽減または防止するための取り組み
※2 人権侵害がなされた場合に救済する仕組み。通報窓口の設置など
また、民放各社の取り組みについても、伊藤弁護士は「形式的には整いつつあるが、実質はこれから。フジテレビ問題を教訓にして、絵に描いた餅にしない取り組みが重要だ」と、実効性を確保するよう各社に求めた。
さらに、「性暴力・性被害・セクシュアルハラスメント」についての設問では、「出演者ないし出演者の所属事務所における性暴力、性加害、セクシュアルハラスメントに関して、関連企業として防止・是正するために、どのような対策を講じていますか」の問いに対し、「相談窓口の設置」とのみ答えた社や、「特になし」と答えた社もあり、「回答内容が誠意を持ったものではない」(伊藤副理事長)と批判した。
「ジェンダー平等」に関する設問では、「執行役員および管理職に占める女性の比率は、何パーセントですか」の問いに1社が未回答だった。
回答した局の中では、管理職に占める女性の割合は「執行役員37.5%、管理職15.8%(2024年3月末時点)」と回答したTBSを最高に、おおむね20%弱ほどで、伊藤弁護士は「女性の割合が依然として低い。同質性のある壮年男性による決定が経営判断を誤るリスクにもつながりかねない」と述べた。

「下請けで働く人たちにも人権意識を浸透させて」

会見には長年、テレビ・メディア界に携わっている3人の有識者も登壇した。
テレビ局からの出演依頼も多いというジャーナリストの浜田敬子氏は、アンケートでも問われた「ジェンダー平等」について、上司が男性である場合、女性の生理などについて理解・配慮がないとし、こう語った。
「たとえば、災害現場に(取材に)行く際、たとえ生理で体調が悪くとも『行けないです』と言うと、『やっぱり女はだめだ』という評価になりがちだ。いろいろな人が意思決定層にいることが労働環境を改善していくためにも必要だと思う」
テレビ番組の制作にかかわる各職種(演出、構成作家、撮影、美術、音楽など)の従事者ら約5万4000人が加盟する「一般社団法人 日本芸能従事者協会」の代表理事、森崎めぐみ氏は、「番組制作は多くの下請け、フリーランスの従事者で支えられている。最下層の下請け業者で働く人たちへも人権問題、労働問題の意識を浸透させていただきたい」と求めた。

「公器」使命果たすよう18項目の勧告

アンケートでは、各局の相談・通報窓口など「グリーバンス・メカニズム」の詳細についても問うた。

このうち、「グリーバンス・メカニズムは貴社ウェブサイトにも公開され、誰もがアクセスできる状態になっていますか。また、プロセスに関する説明は公開されていますか」の質問には、3社(テレビ朝日、TBS、朝日放送)が「されている」と回答。
さらに、「グリーバンス・メカニズムは、独立した第三者によって運営されていますか」「個々の被害申告に関する事実認定は、人権の専門家である独立した第三者に委託していますか」の質問には、それぞれ1社(TBS)のみが「されている、している」と答えた。
こうした回答状況について伊藤弁護士は、「各局とも経営・ガバナンスの重要課題として人権問題を位置付けることがとても重要だ」と語った。
HRNはアンケート結果も踏まえ、テレビ各局に対し、「視聴率至上主義を改め、コンテンツから人権侵害や差別、偏見、アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み)の助長を根絶するとともに、社会の『公器』として、人権を促進する役割を積極的に果たすこと」など、18項目の「勧告」も行った。
「社会に対し“発信している”という使命感も大切だが、自分たちの足元はどうなっているか、まずは直視してほしい」(伊藤弁護士)
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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