埼玉県三郷市で、小学生の列に車が突っ込み、4人が重軽傷を負った事件。
逃走していた中国籍の男2人はすでに逮捕・送検されているものの、報道によれば、運転していた男は警察の調べに対し「ぶつかったことに間違いないが、相手が大丈夫と言っていたのでその場を離れた」などと容疑を一部否認しているという。

一方、2人は事件前、同市内の飲食店で飲酒しており、警察は飲酒運転の発覚を免れるために逃走したとみたようだ。
運転していた男は「自動車運転処罰法(過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱)」の容疑で、同乗していた男は「道路交通法違反(酒気帯び運転同乗)」の疑いでそれぞれ送検された。
被害者はいずれも11歳の男子児童4人で、右足甲のはく離骨折など重軽傷を負ったという。

被害者の「大丈夫」信じて立ち去ったら…

前述の通り、運転していた男は事故を認めた上で、「相手が大丈夫と言っていたのでその場を離れた」と供述している。
これに対し、交通事故に多く対応する鷲塚建弥弁護士は、「たとえ、被害者が『大丈夫』と発言した場合でも、必ず救護措置を講じてください」とドライバーに注意を呼び掛ける。
「交通事故による負傷は外見上分かりにくい場合もあり、その場では症状が軽く見えても、後から重大な障害や後遺症が発覚するケースが少なくありません。
また、被害者自身が動揺やショック、アドレナリンなどで痛みを感じていない場合や、軽傷だと誤認してしまう場合もあります。
このような状況で加害者が現場を離れると、被害者の救命や後遺症防止の機会を奪い、被害が拡大しかねません。
法的にも、救護義務違反(ひき逃げ)として刑事・行政の各責任を問われ、救護をしていた場合と比べて重い刑罰(最大で10年以下の懲役または100万円以下の罰金など)が科される可能性が高まります。
また、民事上、損害賠償額が増額されることも十分に考えられます」
救護義務に反し立ち去ることは、自らを窮地に追い込む行為と言えるだろう。

被害者の“言葉”によって「救護しなくてもよくなる」ケースはある?

しかし、被害者がきっぱりと「大丈夫」と言ったり、「病院に行く必要はない」と救護を断ったりした場合、加害者の「救護義務」が免除されることはないのか。
鷲塚弁護士は、極めて限定的な例外として、被害者が明確に診療を拒否し、その意思が客観的に証明できる場合や、全く負傷がないことが明らかである場合には、救護義務違反が成立しない余地もあるという。
「しかし、通常は被害者の言葉のみでは救護義務を免れることはできません。これは最高裁判例(※)でも示されています。

被害者の発言や態度は、起訴・不起訴や量刑判断において情状として若干の考慮をされることはあり得ますが、救護義務そのものを免除する法的効力は原則としてないと考えてください」(鷲塚弁護士)
※ 車両等の運転者が、いわゆる人身事故を発生させたときは、直ちに車両の運転を停止し十分に被害者の受傷の有無程度を確かめ、全く負傷していないことが明らかであるとか、負傷が軽微なため被害者が医師の診療を受けることを拒絶した等の場合を除き、少なくとも被害者をして速やかに医師の診療を受けさせる等の措置は講ずべきであり、この措置をとらずに、運転者自身の判断で、負傷は軽微であるから救護の必要はないとしてその場を立ち去るがごときことは許されないものと解すべきである。(最高裁昭和45年(1970年)4月10日判決)

同乗者も「救護義務」の責任を負う?

本件では、同乗していた男も、運転手が飲酒していると知って同乗した疑いが持たれ送検されている。さらにこの同乗者は、事故が起きた際、運転手と一緒に現場から立ち去っている。
同乗者が事故の被害者の救護を行わないことで、なんらかの罪に問われる可能性はないのだろうか。
鷲塚弁護士は、「通常の乗客や知人として同乗していた場合、原則として同乗者には道路交通法上の救護義務や、警察への報告義務は課されません」と説明する。
一方、同乗者がバスやタクシーなど乗合自動車の車掌・助手である場合、トラックの貨物の看視者や交代運転手など、人や物を特定の場所へ運ぶという自動車の運行目的において責任を有している場合には、これらの義務が生じるという。
また、同乗者には「妨害禁止義務」(道交法73条)が課されているとして、鷲塚弁護士はこう続ける。
「同乗者は運転者が救護や報告を行うのを妨げてはいけません。これに違反した場合は5万円以下の罰金が科される可能性があります。
また、同乗者が『逃げろ』『助けなくていい』などと積極的に運転者に働きかけ、その結果運転者が救護義務を怠った場合、教唆犯として処罰対象となり得ます。
なお、同乗者が自動車免許を有していない場合や、外国人である場合でも、『法律を知らなかった』という“言い訳”は通用しません(刑法38条3項)」

救護義務は加害者ができる唯一の「防御」

鷲塚弁護士は、実務において、救護義務の重要性を強く感じているとして次のように述べる。
「事故直後の適切な救護措置は、被害者の生命・身体の安全を守るだけでなく、加害者自身の刑事・民事責任の軽減にもつながります。
他方で、救護義務を怠ることは、被害者の被害を拡大させるだけでなく、加害者自身にとってもあらゆる面で不利に働く要素となります。

交通事故の現場では、加害者自身も動揺するものですが、被害者の安全確保と迅速な救護は、起きてしまった事故に対して、まず初めに加害者自身ができる唯一の“防御方法”でもあります。
たとえ被害者が『大丈夫』と言った場合でも、必ず救護措置を講じ、必要に応じて医療機関へ搬送、警察への報告を行うべきです」
「令和6年版 犯罪白書」によれば、ひき逃げ事件(救護措置義務違反)の発生件数は、2000年以降に急増した後、2005年から減少傾向にあった。しかし、2021年から再び増加し、2023年は前年比203件(2.9%)増の7183件となっている。
いま一度、救護義務の重要性を胸に刻みたい。


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