「回線工事の説明を…」突然のピンポンで“オートロック解除”要求、正体は訪問販売? 「ウソの理由」で“鍵”開錠させることの法的問題
ピンポーン――。
「本日、このマンションでインターネットの回線工事をさせていただきました。
工事内容を簡単にご説明させていただきます。すぐに終わりますので、オートロック解除後、ご自宅の鍵を開錠して玄関前でお待ちください」
とある平日の20時頃、東京都在住の会社員Aさん(30代女性)が自宅で夕食の支度をはじめようとしていたところ、突然このような訪問を受けた。
Aさんの自宅マンションでは、工事や点検がある際には必ず、ポスト投函(とうかん)と共用部への貼り出しで事前の告知がある。うっかり応答してしまったことを悔やんだが、訪問を不審に思い、「事前のお知らせがないので開けられません」と伝えて通話ボタンをオフにした。
その後、再度インターホンが鳴ることはなかったものの、「あれは何だったのか…」とモヤモヤが残った。

ウソの理由で鍵を開錠させる…法的問題は?

SNSやネット掲示板には、「回線工事完了」と称した不審な訪問にまつわるエピソードが散見される。その多くが、実際にはネット回線の飛び込み営業(訪問販売)を目的としているようで、鍵開錠後の目的すり替えに対する怒りの声も少なくない。
訪問販売という本来の目的を隠し、「工事内容の簡単な説明のため」などと虚偽の理由を述べて鍵を開錠させることに、何らかの法的問題はないのだろうか。消費者トラブルの対応も多い髙橋怜生弁護士は、次の見解を示す。
「集合住宅の共用部分に、居住者や関係者など通常出入りする立場にない人が立ち入った場合、住居侵入罪、邸宅侵入罪、または建造物侵入罪が成立する可能性があります。これらの犯罪は、正当な理由なく他人の住居や建造物に侵入する行為を禁じるものです。
もちろん、正当な理由があって承諾を得ていれば立ち入りは問題ありません。しかし、ウソを言って立ち入りを許可された場合は、その許可は無効とされ、上記の犯罪が成立する可能性があります」
ただし、ウソをついたからといって必ずしも犯罪が成立するわけではないという。

「目的や態様の悪質性などが総合的に判断されます。たとえば、強盗などの違法行為が本来の目的である場合は、ほぼ間違いなく犯罪が成立します。
一方で、訪問販売はすべてが違法というわけではないため、必ずしも犯罪と判断されるとは限りません」
集合住宅に住む人の中には、防犯上の理由から積極的にオートロック付きの物件を選択している人もいるだろう。しかし、「オートロックの有無によって法的問題の理屈が変わることはない」と髙橋弁護士は言う。なぜか。
「オートロックがないからといって、誰でも自由に立ち入って良いというわけではないためです。実際、オートロックなどのない集合住宅の敷地内に、のぞき目的で侵入した人が有罪になったケースは多数存在します。
あえて違いを挙げるとすれば、オートロック付きの集合住宅は、部外者の侵入を明確に拒否する意思表示がされているため、虚偽の理由で侵入した場合の悪質性がより顕著になります。よって、犯罪が成立しやすくはなるでしょう」(同前)

オートロック解除で他の居住者に被害…法的責任は?

いくらオートロックが防犯上の安心感を高めているとはいえ、居住者のうち誰か一人が解除してしまえば、訪問者は簡単に各部屋の玄関前までやってくることができる。
万が一、自身がオートロックを解除したことによって他の居住者が訪問販売の被害に遭った場合、解除した本人が何らかの法的責任を負う可能性はあるのだろうか。
髙橋弁護士は「『可能性』と言ってしまえばゼロとは言えないが、実質的にはほとんどない」と述べる。
「検討対象となるのは『不法行為責任』ですが、それが成立するためには『故意』『過失』が認められる必要があります。
オートロックを解除した人が訪問販売の件をまったく知らなかったのであれば、過失がないため、基本的に法的責任は生じません。

一方、過失があったと言える状況は非常に限定的です。なかなか想像しづらいですが、たとえば、来訪者が名乗る職業や目的と、服装・持ち物などの様子が明らかに一致せず、不審だと容易に判断できたにもかかわらず解除してしまった、などのケースが考えられるでしょうか」
さらには、仮に解除行為自体に問題があったとしても、訪問販売による被害にまで責任を負うことは通常ないという。
「極端な例として、強盗目的の人物と知らずにオートロックを解除し、強盗被害が発生した場合は、解除行為と被害の間に強い因果関係があると言えます。しかし、それでも責任を問われるかはケースバイケースで判断が分かれる可能性があります。
訪問販売はというと、強盗とは異なり、必ずしも被害が発生するとは限りません。被害を受けるかどうかは、最終的に被害者自身の判断によるため、解除行為と訪問販売の被害との直接的な因果関係が薄いと判断されるのが一般的です」(髙橋弁護士)

悪質な場合は警察に通報を

自宅に訪問販売が来た際は、どのように対応するのが適切か。鍵を開ける前と開けてしまった後の対処法について、法的観点から髙橋弁護士にアドバイスを求めた。
「まず鍵を開ける前は、基本的には放置しておくのがもっとも安全な対応です。オートロック付きの集合住宅であれば、オートロックの前で訪問者が立ち尽くしているだけなら、居住者自身に被害がおよぶ可能性は低く、そのまま放置し、成り行きを見守るのが賢明でしょう。
オートロックのない集合住宅や一戸建て住宅の場合でも、訪問者が玄関先にいるだけなら、わざわざ対応する必要はありませんし、インターホン越しに話を聞く義務もありません」(髙橋弁護士)
そして万が一鍵を開けてしまった場合でも、きっぱりと断って立ち去ってもらう意思を明確に伝えることが重要だという。
「明確な拒否の意思を示したにもかかわらず、訪問者が帰ろうとしないのであれば、不退去罪が成立する可能性があります。この場合、不法な侵入と同様の罪に問われることになります。
あまりにしつこい、身の危険を感じるなど悪質な場合は、警察に通報する、または通報するそぶりを見せることも有効な手段です」(同前)

「訪問販売」相談件数は年間7万件台で横ばい

「ウソの理由を述べて鍵を開錠させる」といった訪問販売に関する相談は、国民生活センターにも寄せられている。
ネット回線のほか、鍵の開錠後に「絶対に安くなる」と押し切られて電力契約をした結果、後日虚偽が判明したとの相談事例もあるという。
「訪問販売全体で言えば、2020~24年度の相談件数は毎年7万件台と横ばいの傾向にあります(【図】参照)。時期的な特徴はなく、毎月5000~6000件で推移しており、年間を通して警戒が必要です」(国民生活センター・担当者)
「回線工事の説明を…」突然のピンポンで“オートロック解除”要...の画像はこちら >>

【図】国民生活センターへの取材をもとに弁護士JPニュース編集部作成

その上で、同センターの担当者は次の点に注意するよう呼び掛けた。
「突然の訪問には警戒してください。チャイムが鳴ったらすぐにドアを開けずに対応し、必要に応じてドアを開ける前に断れるようにしておきましょう。
そして、魅力的に聞こえる提案であっても、その場ですぐに契約しないことです。集合住宅なら、Wi-Fiなどの設備に関する話の場合、まずは管理会社に確認するようにしてください」


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