札幌・すすきの、新宿・歌舞伎町、大阪・北新地・・・ネオンが瞬く街では、多くの人がホステス、ホスト、性風俗などいわゆる「夜職」で働いています。実は私も一時期、幼い娘を抱えて生活に困窮し、生計を立てるためにホステスとして働いていたことがあります。

華やかに見える光の裏側で、そこで生きる人たちは、孤独や不安定な収入、社会的偏見と日々向き合い、高齢化、生活困窮といった問題と隣り合わせです。
夜の仕事に就くことで金銭感覚が狂ったり生活リズムが昼夜逆転したりして、昼間の仕事に戻ることが難しくなるケースも見られます。また、夜の仕事に流れる人の中には、借金の返済や家賃の支払いなどに困窮した人々も数多くいます。そして、夜の仕事をやめた人が「生活保護」に頼るケースも少なくありません。
本記事では、夜の街で働く人たちが構造的に抱える問題を考えます。(行政書士・三木ひとみ)

「夜職」は金銭感覚がおかしくなる

夜職がまともな職業だとみなされない最大の要因は、金銭感覚がおかしくなることです。
「一晩で10万」
「週3日勤務で月収50万」
SNSや動画配信サイトでは、風俗やホスト、ホステス、パパ活などによる「即金収入」をうたい文句にして、若い男女を夜の世界に引き入れようとする誘惑があふれています。
でも、そうした一時的な稼ぎは、逆に将来を投げ捨てるようなことになりかねません。
1日10時間アルバイトして1万円を得ていた人が、夜の仕事で1日10万円を手にしたとき、労働時間や金銭の感覚が狂っていきます。
簡単に稼いだ大金は、あっという間に使ってしまうものです。高額家賃の物件に住む、ブランド物を買う、日頃のストレスを発散すべく飲み歩く、エステや占いなど余計な出費が増える、といった話はよく聞きます。
一度おかしくなった金銭感覚、上げてしまった生活レベルを落とすことは容易ではありません。

“夜の仕事”が体質的に抱える「雇用形態の法的問題」

加えて、水商売や性風俗業は、求人や雇用形態に法的問題を抱えていることが多いのです。
たとえば、よく「20~35歳くらいまで」などの年齢要件が掲げられている求人広告を目にします。
また、若い男女の心身を疲弊させ、まるで使い捨てのように、一定年齢に達し指名客が減ると「明日から来なくていいです」と容赦なくクビにする店舗もあります。
しかし、本来、労働者の募集・採用にあたって年齢制限を設けることは労働施策総合推進法で原則として禁止されています。また、一定年齢以上に達した人を解雇することが許されないのはもちろん、パートタイムにするなど、雇用形態や職種などを年齢によって変えることもできません。
少子高齢化が急速に進展し人口が減少する中で、働く意欲ある人が年齢にかかわらず能力を発揮して社会で活躍できるよう法整備が進められています。しかし、水商売や風俗業では、こうした国の施策にのっとった対応をしていないところが多く、職業差別や偏見の要因となっています。
加えて、不安定な雇用環境のために、中高齢期に入ると収入が減少して生活が困窮しやすいのです。社会保険料をまともに払っておらず、公的年金の枠組みからも外れてしまっている人もいます。

夜職経験者が「生活保護」へと流れる構造

風俗や夜職に従事する人の多くは、30代~40代になると業界を離れざるを得なくなり、その後の再就職に困難を抱えています。昼の仕事に転換しようとしても、うまくいかないことが多いのです。その年代はちょうど、親の介護の問題等に直面する年代とも重なります。
また、うつ病や摂食障害、自傷行為などの精神疾患を抱える人も少なくありません。
短期的に見れば、風俗やホストなどで高収入を得ることができても、多くの若者はその代償となる悪影響を想定していません。キャリアや信用に傷がつくだけでなく、目に見えない精神的ダメージ、心の病を抱えることになる可能性が高いのです。

「みんなやっているから」
「性を買う人がいるから、売る人がいる」
このように無理やり自己肯定につなげようとしても、心のダメージは知らずに蓄積されていきます。
また、日本では時代が逆戻りしたかのような梅毒感染など、性感染症の広がりも危惧されています。
性病にかかって風俗の仕事ができなくなり、それまで日銭として得ていた「高収入」が途絶えても、何の保障もありません。それは、風俗業従事者が「労働者」ではなく「個人事業主」として扱われがちな実態があるためです。個人事業主は法制度上、労災や傷病手当金の対象外です。
もちろん、実態として「指揮命令関係」「労務提供の継続性」「報酬の一方的決定」などの要件をみたせば、実質的に労働者と判断され、労災保険の対象となる可能性はあります。しかし、現実には、それが認められるために高いハードルがあるといわざるを得ません。
加えて、若いうちは誰しも知識が浅く、学校で習わない社会保障制度などは知らないものです。社会保険も労働保険も未加入で、失業給付も厚生年金も適用外で最後のセーフティーネット生活保護に頼らざるを得ないケースが多いのが現実です。

「履歴書に何も書けない」経歴を問われることへの不安

水商売をやめて「昼の仕事」に復帰できればよいのですが、そうもいきません。
「転職しようと思っても、履歴書に何も書けない」
「今までどんな仕事をしてきたのか尋ねられ、答えに詰まる」
こういった独特の葛藤があります。夜職は、「正当な職歴」として見なされにくく、職業差別や偏見も根強くあるからです。
夜の仕事を、接客業や営業と同視しようとする人もいますが、見た目の若さや性的魅力を売りにした「再現性のない商品」という厳しい現実があります。
「営業力」や「会話術」はある程度磨かれるかもしれませんが、あくまでも役立つ場面は限定的だと考えられます。
汎用(はんよう)性のあるスキルが欠如したまま30代、40代になると、選べる仕事は著しく限られてしまいます。その揚げ句、生活保護申請に至るケースは珍しくありません。
そして、過去のキャリアとして評価されにくいことは、昼職への転職のハードルとなるだけでなく、生活保護申請への心理的ハードルにもなり得ます。

役所でも待ち受ける「ハードル」

私は行政書士として、水商売や性産業の精神的負担の大きさにより精神疾患を患った人から、生活保護の相談を多数受けてきました。
その中には、役所で見下すような心ない対応を受けたという苦い経験を訴える人が少なくありません。
「これまで、どうやって生活してきたんですか?」
「働いていたのに税金や社会保険料は滞納ですか?」
「貯蓄はないんですか?」
しかし、本来、過去にどんな仕事をしてきたかは生活保護の受給の可否と関係ありません。過去の話したくないことまで全て洗いざらい話す必要もありません。
生活に困窮して生活保護申請をするのですから、申請時点で税金や社会保険料が滞納となっていることは何ら不自然ではなく、むしろ困窮度合いの深刻さを示している可能性も考えられます。
どんなに生活が苦しくても税金や保険料を支払っている人もいますが、それとこれとは別の問題です。
あれやこれやと心配して、ネットで検索して、あれを準備しないと保護申請できないとか、これを聞かれるのは困るとか、個人の感想レベルの誤った情報に翻弄(ほんろう)され、一日も早く申請をすれば楽になれるのに、自分を苦しめてしまう傾向は水商売出身の方に限った話ではありません。

生活保護は「社会復帰」を模索するための手段

私が強調したいのは、生活保護を受給することは、本人にとっても社会にとっても決して「後ろ向き」なことではないということです。
生活保護を受給しながら、健全な転職に必要なスキル、社会に必要とされる資格を取得するための支援制度や、職業訓練を受ければ、やり直すことができます。
ホステスやホスト、風俗嬢を経て生活保護受給に至っても、その後勉強して介護士、看護師、美容師、消防設備士、測量士等、国家試験に合格し、転職や開業をする人もいます。

雇用保険を受給できない人を対象とした、就職に必要な職業スキルや知識を習得するための民間と連携した職業訓練も多彩に用意されています。
手に確かな職があって、健康に留意すれば、生涯にわたって自力で収入を得ることも、決して不可能ではありません。

夜職を選ばざるを得ない“社会のゆがみ”から抜け出すために

夜職に流れる人の中に「遊ぶ金ほしさ」の人が多いことは否定しません。しかし、私自身が一時期そうだったように、わけあってフルタイムの「昼の仕事」に就くことができず生活に困窮し、ほかに選択肢がなく、やむを得なかったという人も多いのです。
親や配偶者・パートナーからの虐待、進学の断念、奨学金返済、就職難による生活苦、などの現実を抱えた人々です。
就職氷河期世代など、大卒の若者でも普通の仕事で食べていける環境が整っていない時代もありました。非正規雇用の拡大、初任給の低さ、学費の高さ、こうした社会的背景が夜職への入り口になっていることも、否定できません。
責めるべきは、個人ではなく、社会構造なのです。
生活保護制度は本来、無差別平等の温かい制度です。過去に何があろうと、「ペナルティーとして生活保護を受けさせない」などということはあり得ません。だからこそ、何かあったら、とにかく役所に相談してほしいのです。相談すべきところ、頼る先を間違えては命とりになりかねません。

私自身、生活保護以下の暮らしを経験し、夜の仕事に頼った過去もあります。だからこそ、声を大にして伝えたいのです。
「偏見ではなく、理解を。支配ではなく、支援を」と。


三木ひとみ
行政書士(行政書士法人ひとみ綜合法務事務所)。官公庁に提出した書類に係る許認可等に関する不服申立ての手続について代理権を持つ「特定行政書士」として、これまでに全国で1万件を超える生活保護申請サポートを行う。著書に「わたし生活保護を受けられますか(2024年改訂版)」(ペンコム)がある。


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