身体能力の衰えに加え、認知機能の低下もあり、結果に不思議はない。だが、「他の要因も潜んでいる」と指摘するのは、数多くの解剖実績がある法医学者の高木徹也氏だ。
ある事故で死亡した高齢者の行動に疑問を感じた同氏の調査によって判明したのは、意外な事実だったーー。
※この記事は法医学者・高木徹也氏の書籍『こんなことで、死にたくなかった:法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)より一部抜粋・再構成しています。
高齢者の自動車事故が多い理由
暴走した車が、コンビニや道路沿いのお店に突っこんだり、横断歩道を渡っている歩行者に突っこんだり……。痛ましい交通事故が連日のように報道されています。それが高齢ドライバーの車であることは、珍しくありません。事故の原因が「高齢ドライバーのペダルの踏み間違い」という報道も、よく耳にするのではないでしょうか。ブレーキペダルと間違えて、アクセルペダルを踏んだために暴走してしまうパターンです。
本人はブレーキと認知しているので、暴走しても足を外さず、車がどこかにぶつかるまでペダルを踏み続けてしまうという、高齢者の認知機能の低下が指摘されています。
ところが、実際には認知機能の低下だけでなく、ほかの要因も潜んでいることがあるため、決定的な解決策を講じられないのが現状なのです。
そもそも日本では、車は左側通行で右ハンドル、つまり運転席が右側にあるのが一般的です。
運転席が右側ということは、アクセルペダルの近くに車の右前輪があるので、左ハンドルの車に比べると、右足周辺の空間が限られてきます。
その結果、いざというとき、ブレーキペダルを踏んだつもりでも、アクセルペダルを踏んでしまいやすくなる、という背景があるのです。
なぜ、この日に限って事故を起こした?
以前、高齢者が運転する車が自宅マンションの地下駐車場に続くスロープを暴走して、壁に全速で衝突し、死亡したケースを解剖する機会がありました。死因は「衝突によるハンドル損傷にもとづく心破裂」。調査した警察は、高齢ドライバーによく見られるペダルの踏み間違い事故と考えていたようです。
しかし、毎日同じように走行しているのに、その日に限って事故を起こしたことに疑問を持った私たちは、独自で車両の調査を行なうことにしました。すると、亡くなった人が普段乗っていたのは高額な外車でしたが、事故当日は、車検の代車として貸し出された別メーカーの外車に乗っていたことがわかったのです。
中古車販売をしている知人に連絡を取ったところ、どちらの車も取り扱いがあるというので見比べに行きました。どちらも右ハンドル車でしたが、事故の際に乗っていた車は右足元のタイヤハウスを避けるためにペダルが左側に寄っていて、普段乗っていた車のブレーキペダルの位置に、アクセルペダルがあることがわかりました。
つまり亡くなった方は、ブレーキペダルだと思ってアクセルペダルを踏んだ可能性が高く、「メーカーによる設計の違い」が引き起こした事故と推測できました。もちろん高齢者ですから、認知機能の低下が要因となったことも否めませんが、単純なペダルの踏み間違い事故ではなかったと考えられたのです。
できればマニュアル車に乗ってほしい
ちなみに、日本で販売されている車の98%以上が、オートマチック車です。ヨーロッパのオートマ普及率は約68%と言われているので、日本の普及率が相当高いことがうかがえます。その理由として、機能性を優先する国民性、オートマ技術の工学的向上などが挙げられますが、信号が多く「ストップ・アンド・ゴー」の運転が多い日本の交通事情も一因でしょう。
マニュアル車は両手・両足を使わなければ運転できませんが、オートマ車は片手・片足でも運転できてしまいます。そして、マニュアル車であればペダルを踏み間違えてもエンストだけで終わりますが、オートマ車だと暴走させてしまうのです。
あくまで個人的な考えではありますが、両手・両足を使えば認知機能の低下を予防することにもつながるので、高齢者はむしろマニュアル車を運転したほうがいいのでは……なんて思ったりもします。
高齢者は免許返納すべしという気運も高まっていますが、生活のためにどうしても車が必要という人はたくさんいるでしょう。近年は、急なアクセルペダルの踏みこみに対する暴走抑止機能を備えた車や装置も開発されているようです。
まずは事故発生の要因を十分に理解して、運転の再教育、交通インフラの整備などを含めた社会全体でのさらなる対策をはかってほしいと願っています。<まとめ>
- 車種ごとにペダルの位置が異なることを把握する。
- 暴走抑止装置の装着を検討する。
- 運転の再教育を受ける。
法医学者。1967年東京都生まれ。