京都・花街――。伝統の装いと舞踊で日本の「おもてなし」の文化を体現してきた元舞妓(まいこ)が、その裏の実態、性被害と劣悪な就労環境の改善を求め、支援する弁護士ら6人と「舞妓と接待文化を考えるネットワーク」を立ち上げ6月5日、都内で会見を開いた。
(ライター・榎園哲哉)

温泉で混浴することも求められる

大阪府出身の桐貴清羽(きりたか・きよは)さんは、日本舞踊を学んでいたことから知人に誘われ、花街の世界に入った。しかし、現実は理想とは異なり、過酷な日々を強いられることになる。
桐貴さんは、中学卒業後、2015年4月から2016年7月までの1年3か月間、舞妓として生活した。
舞妓は、その多くが中学校を卒業後になるもの(おおむね15~19歳)で、経験を積んだ後に就く芸妓(げいこ、20歳以上)のいわば修行期間という立て付けだが、未成年にもかかわらず、酒席での接待を求められることもあるという。
桐貴さん自身、働いていた当時は「お仕事の一つとして(身を置いている置き屋から)飲酒を強要されていた。ほぼ毎日、宴席に出席し、24時頃までお酒を飲むのが当たり前の日常だった」と振り返る。
酒に酔った客からのセクハラ被害に遭うことも少なくなかった。
「身八つ口(着物のわき部分)から手を入れられて胸を触られそうになったり、裾から膝を触られたりしたこともあります」(桐貴さん)
また桐貴さんは、「現在はなくなったようですが」と前置きしつつ、「お風呂入り」と呼ばれる“花街文化”について説明。
それによれば、「お風呂入り」とは、客と芸舞妓が温泉に一緒に行き混浴することで、入浴時は薄いタオル一枚で体を隠すことのみ許されている。さらに、芸舞妓でじゃんけんし、勝った人が客の陰部など体を洗う行為をさせられていた。
桐貴さんはこの「お風呂入り」に嫌悪感を持ったことで、舞妓を辞める決意をしたという。

花街の“実態”を国連委員会でも訴える

舞妓を辞めた桐貴さんは、2022年6月、前述した被害や花街の実態をツイッター(現X)上で告発。
週刊誌に取り上げられるなど大きな話題となり、記者会見で花街の未成年者への飲酒強要やセクハラについて問われた後藤茂之厚生労働大臣(当時)が「適切な環境の下でご活動いただくことが重要」との認識を示すきっかけにもなった。
桐貴さんは今年1月、後輩たちの就労環境の改善につながればと、国連女性差別撤廃委員会へ舞妓への人権侵害を訴えるレポートを提出した。

弁護士「さまざまな法律に違反している」

舞妓の過酷な就労状況の背景には、独特の師弟制度、弟子奉公制度があるようだ。
舞妓は生活の場となる「置き屋」に住み込み、芸事を学ばせもらう。置き屋を仕切る「お母さん」の言うことは絶対で、賃金は発生せず、月に5万円程度のお小遣いが与えられる。
会見に同席した岸松江弁護士は、長時間・深夜労働、賃金未払い(お小遣いとして5万円程度のみ支給)が労働基準法に反すること、18歳未満の少女の深夜労働が児童福祉法に反すること、さらには、セクハラ・性加害が刑法に反することなどを挙げ、「さまざまな法律に違反している」と言葉を強め指摘した。
また、中でも花街の慣習の一つである「旦那さん制度」に強い懸念を示した。
「旦那さん制度」とは、客と置き屋・芸舞妓の間で交わされる愛人契約で、客から300万円~6000万円ほどで“身請け”されるという。
「本人の合意なく、(客と置き屋の間で)値段を付けて取引されるような人身売買が行われている可能性もある」(岸弁護士)

桐貴さん「私の希望は…」

桐貴さんが退職する際には、“違約金”としての3000万円の支払いか、「旦那さん制度」を受けるかのいずれかを選ぶよう求められたが、「お母さん」に反発し、なかば追い出されるように置き屋を“抜け出す”ことができたという。
先に挙げた「お風呂入り」では、客との性行為によって妊娠・堕胎にまで至った「お姉さん」(先輩舞妓)もいたと振り返る。
現在、桐貴さんの元には、先輩や後輩らから相談や激励のメールが届いているといい、そうした声に応えるため、またこれから舞妓になろうと考えている少女たちのため、会見の最後にこう強く語った。
「私の希望は舞妓が労働者として権利を保障され、飲酒や性的虐待、事実上の人身売買である旦那さん制度のようなものがなくなることです。
私は京都の町を愛しています。舞妓が日本の伝統文化を愛する人によって支えられ、今後も長く続くことを祈ります」
「舞妓と接待文化を考えるネットワーク」は今後、国内外に対し実態の告発、改善要求、違法行為の是正申し入れ、実態調査などの活動に取り組むとしている。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。
私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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