医療・介護・福祉の現場で働く労働者約17万人が加入する労働組合、日本医療労働組合連合会(医労連)は5日、看護職員(有資格者:看護師・准看護師・保健師・助産師)の入退職に関する実態調査の結果を発表。
医労連の佐々木悦子・中央執行委員長は「人手不足が深刻化し、必要な医療が受けられない事態が現実となっている」として、次のようにコメントした。
「新型コロナ禍では、症状が悪化しても入院することができず、自宅で命を落とされたという事例がいくつも発生しました。そして、現在の医療現場の危機的な状況では、再びあのときのような事態が起こりかねません。
この調査結果をもとに、世間の人に医療現場の現状を知っていただくとともに、政府に対し処遇改善と恒常的な対策を求めていきたいです」(佐々木委員長)
約6割の施設で退職者が採用者上回る
調査は一昨年から始まった。今年は2025年4月1日~5月7日にかけて実施され、全国36都道府県の145医療機関(病院・診療所、介護施設は含まず)が回答。同調査によると、24年度の年間退職者数が年間採用者数を上回った施設は約6割に上ったという。
また、今回と過去2回を含めた全3回の調査で回答を得られた施設の場合、退職者数が採用者数を上回った施設の割合は22年度と23年度は約5割であり、看護職員減となった施設は約1割増加している。
加えて、46の施設では25年度4月の新規採用予定者数を満たせなかったといい、約4割の病院などで必要な看護職員数を確保できていないことが分かった。
「ベテランが退職、かなりの痛手に」
看護職員の退職者数増加や採用数の低下の理由として、医労連の松田加寿美・書記次長は「24年末に支給された冬の一時金(ボーナス)の大幅な減少が理由の一つだ」と指摘する。医労連の調査結果によると、回答のあった医療機関全体での24年度の平均年間退職者数が28.3人であった。これに対し、24年末のボーナスが10万円以上引き下げられた施設の年間退職者数の平均は34.7人となっている。
会見に参加した勤続15年のベテラン看護師Aさんは以下のように語った。
「これまで、3~5年目の若手がキャリアアップを求めて別の病院へと転職することは珍しくありませんでしたが、今年は10年以上勤めたベテランの退職が目立ちました。
私の務めている病院では、ここ数年、一時金は3.0か月分支払われていました。
ベテラン看護師の退職は、若手の育成や病院の理念の継承、事業の継続性を考えると、かなりの痛手になります」(Aさん)
「患者が本来受けられるべきケア」に影響
また、Aさんはこうした退職者の増加に伴って職員の負担が増えるだけでなく、「患者が本来受けられるべきケア」にも影響が出ていると述べた。調査結果でも、約4割の施設が「患者へのサービスが低下している」と回答。具体的には、入浴介助や清潔ケア、患者の話を聞く時間の減少などにつながっているという。
こうした背景から、調査では人手不足を解消するための対策を聞いたところ、診療報酬の改定などによる賃上げなど、処遇改善を求める声が多くあがったという。
「早急に対策をとらなければ、賃金や労働条件の悪化が進み、より退職者が増えてしまいます。そうなれば、残った人はまた一段と厳しい働き方を迫られ疲弊し、さらなる退職につながってしまうでしょう」(松田書記次長)
「看護師の卵ですら、なり手がいなくなるのでは」
しかし、医労連の米沢哲(よねざわ・あきら)書記長は「医療・看護の現場の賃金状況は非常に好ましくない状況が続いている」と語る。日本労働組合総連合会(連合)は5月28日「2025春季生活闘争 中間まとめ」を発表。今年の春闘では「2年連続で定昇込み5%台の賃上げが実現した」とし、夏季一時金(ボーナス)についても、年間月数で5.12月、年間金額で166万1113円と昨年より増額傾向にあると明かした。
同様に、全国労働組合総連合(全労連)らによる、国民春闘共闘委員会(国民春闘共闘)も5月19日に公表した第6回集計結果では単純平均8603円、3.19%の賃上げが実現したと発表。
6月3日に公表したボーナスに関する第1回集計でも単純平均は2.00か月分と、前年同期と同水準、かつ単純平均額は65万680円と前年の最終集計を6万4669円上回った。
一方で、医労連の現時点での調査では、春闘での賃上げ平均額は5186円と、昨年の5903円より減少。夏のボーナスも現時点で昨年比マイナス6万6000円の約37万7000円(平均額)と、いずれも昨年を下回っている。
「このままでは離職が進むだけではなく、看護という職業が若い人に選ばれない仕事になりかねません。
厚労省の調査によると、看護師等を要請する学校の入学者数は、2018年以降減少傾向にあり、さらに昨年だけでみれば約5000人減っています。
若い人たちは、自分の労働条件・労働環境に対する意識が高くなっていると思います。処遇と環境を改善しなければ、看護師の卵ですら、このまま減少し、なり手がいなくなるのではないでしょうか」(米沢書記長)
今回の調査結果を踏まえ、医労連では今後、診療報酬の改定や処遇改善のための恒常的な対策を政府に要求していく予定。
佐々木委員長は「国会議員のなかでも医療労働者の賃上げについて声を上げている人はいる。今後も政府や国会議員に対して働きかけていきたい」と述べた。
なお、この日は医労連に加盟する東京地方医療労働組合連合会(東京医労連)が財務省前や厚労省前でデモを実施。夏のボーナス引き上げなどを訴えた。