男女の内訳を見ると、男性からの相談が3340件であったのに対し、女性からの相談は12万3274件。全体の約97%を女性が占めているが、男性の場合、「恥ずかしい」といった感情や社会的な偏見から相談に踏み出せないケースも存在すると考えられ、実際の被害はさらに多い可能性がある。
こうしたデータは、配偶者からの暴力に悩む人が決して少なくないことを示している。また、今すぐ「離婚」という結論には至らないまでも、日常生活における配偶者の些細(ささい)なモラハラ発言や態度が積み重なり、精神的な負担となっている人もいるだろう。(ライター・桃沢もちこ)
結婚してからモラハラ化した夫
夫のモラハラに悩んでいるという20代女性(以下、Mさん)に話を聞くことができた。Mさんが現在の夫と出会ったのは2年前。知人に紹介され意気投合したふたりの交際は、すぐにスタートした。
「私は20代のうちに結婚したかったので、交際してすぐに結婚や子どもの話をしていました。出会った当初は夫も私に“ベタ惚れ”状態だったので、はやく結婚しよう! と、ふたりとも積極的だったんです」(Mさん)
お互い結婚願望があったため、とんとん拍子で話はまとまり、1年も経たずして婚姻届を提出。高校を卒業してから同じ会社で10年近く働いていたMさんは、転職を考えていたタイミングでもあったので、結婚を機に退職した。
それから、妊活も順調に進み、ふたりで貯金を出し合い、新築で家も購入することになった。幸せの絶頂かと思いきや、Mさんが子どもを出産してから雲行きは次第に怪しくなっていく。
「夫に対しては、もともと言葉遣いが少し乱暴だなと思っていましたが、子どもができてからのケンカは結婚前よりもひどくなりました。
家のローンの話や、子どもの養育費に関わる話をするとあからさまに不機嫌になるんです。たとえば、夫のボーナスが出た時に家のローンはいつもより多く払うのかと聞いただけで、『誰の金で生活できてると思ってんの? 自分は働いてないのに?』と言ってきます。
仕事が終わると自室にこもってゲームに熱中しているので、もう少し育児も手伝ってほしいと頼んだら『おまえはずっと家にいて時間は無限にあるだろ。俺の仕事のほうが大変なんだから』などと返されるんです」(Mさん)
離婚したいが…「お金の不安」が障壁に
ケンカのたびにモラハラ発言をしてくる夫に、Mさんのストレスは蓄積するばかり。離婚をしたいと考えるようになったが、子どもは幼く、自宅のローンも残っている。結婚を機に仕事も辞めてしまい、Mさん自身の貯金もほとんどないという現状だ。
しかし、Mさんはこう言う。「ケンカのたびにひどい発言は出るものの、普段の関係はそこまで悪くないんです。毎日ちゃんと仕事に行くし、ゲームをやってる時以外は育児にも協力的です。だから今はいつかの離婚に備えて、ひとまず我慢しようって」
今すぐに行動しようとは考えていないものの、今のうちからできる準備はしておきたい。Mさんのような立場の人へ、DVや離婚問題に詳しい安達里美弁護士は次のようにアドバイスをする。
「緊急性が高くない場合、職を得て経済的な自立の道筋をつけておくことが肝心だと思います。
もし、何らかの事情があって今すぐに働けないようであれば、別居後に生活保護等を受給することも視野に、市町村などの窓口で相談しておくのも手です。
『生活』は365日続くものですから、やはり生活基盤を確保する見通しを立てておくことが重要になります」
さらに安達弁護士は、離婚準備のための「情報収集」をしておくことも有効だという。
「あくまで無理のない範囲でお願いしたいですが、弁護士目線で言えば、DVの証拠の収集・保全、夫の収入や財産の把握などをしておくと、後々役に立つと思います」
またDVが伴う場合、離婚の話し合いがスムーズにいくケースはまれであり、調停まで発展することが他のケースよりも多いため、「信頼できる弁護士を探しておくこともおすすめ」(安達弁護士)だそうだ。
「別居しようとしてることに気づかれること」には要注意
離婚に向けた準備をするにあたって、もっとも気をつけるべきことは「別居等しようとしていることに気づかれること」だと安達弁護士は言う。「DVを加えている配偶者は、基本的に相手が自分の管理下から離れていくことを嫌がるので、気づかれた場合は全力で阻止しようとします。その際にさらなる暴力が振るわれたり、監視が強まって行動を制限されたりして、別居に向けた行動がまったくできなくなってしまうことも珍しくありません」
そして、離婚問題に多く対応する弁護士の中では、経験則に基づき、「別居直後が一番危険」との共通認識があると安達弁護士は言及する。
「自分の管理下にあるはずだった配偶者が自律的な行動を起こしたことに対し、『裏切られた』という強い怒りが頂点に達するのは、別居を知った直後です。この時期は、普段はそこまで暴力・暴言が激しくない人でも、警察沙汰になりかねないような行為を躊躇(ちゅうちょ)なく行ってしまうことがあります」
よって、あくまで個別判断にはなるが、相手がそうした行動を起こす可能性が高いと考えられるケースでは、事前に警察に相談しておくことや、別居先を知られないよう細心の注意を払う必要があるという。
実家や職場といった相手が探しに来そうな場所にも事前に注意を呼びかけ、場合によっては他府県への引っ越しが望ましいこともあるだろう。
そして、このような危険性の高いケースでは「事前に弁護士に依頼し、その支援を受けながら別居を開始したほうが安心」だと安達弁護士はアドバイスする。
「相手なりに別居した配偶者や子どもの安全を心配しているかもしれませんし、また、話す相手がいないと怒りや不安も収まりません。
このような状況で、弁護士が代理人として配偶者や子どもが安全な場所にいて元気であること、そして配偶者が離婚を決意していることなどを伝えると、ある程度の鎮静効果が期待できます」
離婚は一方の意思だけでは成立せず、相手に離婚への合意を取り付けるか、裁判所の判決を得るしかない。
「いずれにせよ、相手に対して何らかのアクションを起こす必要があります。そのため、特にDVを伴う場合は、第三者である代理人の介入が不可欠だと考えます」(同前)
身の危険を感じた際は「避難」を
前出のMさんは夫からのモラハラに悩んでいるものの、「普段の関係はそこまで悪くない」として今すぐの離婚は考えていないと語った。「ケンカがヒートアップすると、手は出さないものの、物を壁に投げたり、大声を出したりすることもあります。
以前も食事中にケンカになった時、箸を投げてきたことがありました。壁に投げたので誰にも当たりませんでしたが、子どもはびっくりして泣いてしまい……。
強く叱ったら夫はすぐに謝ってきましたが、その時の行為は許せませんね。子どもにとっても自分にとっても危ないと感じたので、こういう時に逃げられる場所があったらいいなと思いました」
男女共同参画局のサイトでは、万が一、何らかのきっかけで身の危険を感じるほどの危害を配偶者が加えてきた場合の緊急避難先として「最寄りの警察署や交番」を、一時避難先として「配偶者暴力支援センター」を案内している。
「#8008」に電話をすると、最寄りの都道府県の配偶者暴力相談支援センターにつながるため、事前に場所を確認しておくと心強いだろう。
何かが起きてからでは遅い。いつでも逃げられる場所を確保しておくことは、心の安心にもつながる。可能なら、友人や家族にも話しておけば、いざという時助けになってもらえるはずだ。
■ 桃沢 もちこ
1993年愛知県生まれ。東京都在住のフリーライター。