刑務所では現在、「高齢女性」の受刑者が増加している。その背景には、法改正と、それに基づく社会統制機関の対応の変化があるという。

しかし、たとえば、おにぎりを万引きした高齢女性を刑務所に収容する“意味”は本当にあるのか。そして、それに対してどれだけのコストがかかるのか。関西学院大学名誉教授で、犯罪学・刑事政策が専門の鮎川潤氏が問い直す。
※ この記事は鮎川潤氏の書籍『腐敗する「法の番人」 警察、検察、法務省、裁判所の正義を問う』(平凡社)より一部抜粋・構成。

高齢女性の受刑者が激増

刑務所に、新たに収容された人に占める女性の割合は、1989年には約4%であったものが、2018年には約10%となっている。さらに女性受刑者のうち、65歳以上の割合は1989年には約2%であったが、2018年には約17%、19年には約19%と激増している。
新たに刑務所へ入所した女性の受刑者のうちで、窃盗で入所した65歳以上の女性の割合は2006年には約18%であったが、2022年には約35%というように、約2倍になった。じつは、65歳以上の女性で刑務所へ入所する圧倒的多数が窃盗で、そのほとんどが万引きである。
マスメディアや専門家によっても誤解されているようだが、これは社会の高齢化に伴って、単純に万引きを中心とした窃盗をする高齢女性が増えたということではない。法改正と、それに基づく社会統制機関の対応の変化が関係している。

「窃盗」での受刑者が激増したワケ

1989年時点の刑法では、窃盗に対して懲役刑しか定められていなかった。そのため、小額の単純な万引きならば、その行為に対して懲役を科すのは酷なことと考えられ、不起訴や起訴猶予にされていた。
しかし、店舗に警備員が配備されたり、AIなどによる防犯カメラが取り付けられたりして万引きの発見が容易になった。加えて、万引きを発見した場合は警察に通報するというように強い姿勢で臨む業界やお店が増えた。

初めての万引きの場合は、事件を通報された警察は、本人に注意を与え、始末書――二度としないという誓約書――を書かせて終了する微罪処分になる可能性がある。しかし、警察が窃盗の書類を作成して、検察庁に送致した場合、検察官は、起訴便宜主義に基づいて、警察から送検されてきた被疑者に対して起訴、起訴猶予または不起訴を決定する。
従来から、検察官の間では、窃盗という犯罪、とりわけ窃盗を複数回行いながら、不起訴にしたり起訴猶予にしたりして何ら制裁を科さないことは好ましくない、という考えを持つ検察官がかなりいた。社会状況の変化とともに、こうした考えが検察庁や法務省の刑事局で優勢となり、2006年5月に窃盗罪に罰金刑が設けられることになった。
これは、まず、窃盗罪で起訴される人の割合が増えることを意味する。
窃盗で起訴されて罰金刑の判決が下されれば、それは前科となる。次回に窃盗を行えば、前科があるゆえに起訴される。約半数は再度罰金刑に留まるが、約半数は執行猶予付きの懲役刑となる。
さらに、執行猶予中に窃盗をすれば、必ず起訴され、懲役刑の判決が下ることが多い。執行猶予中に犯罪を行ったということで、今回の刑期に執行猶予となっていた懲役刑の刑期を加えて、刑務所へ収容され服役することになる。
数は多くはないが、その他の選択肢もないわけではない。たとえば、実刑ではなく、再度の執行猶予付きの懲役刑の判決が下されることがある。
その際は保護観察付きの執行猶予となることが多い。保護観察付きの執行猶予中に窃盗を行えば、起訴され、今度は実刑の懲役刑になる。
このようにして、刑務所へ入所する窃盗犯が増加することになる。

「窃盗」高齢女性を刑務所に収容する意味はあるか?

窃盗罪に罰金刑が設けられていなかった時代には、万引きで検挙された高齢女性は、高齢であり、窃盗で刑務所へ送るのは忍びないということで、起訴されず前科が付かなかった。だが、罰金刑が導入されたことによって、窃盗を繰り返せば刑務所行きになるという流れができあがった。
たとえば、ある西日本の女子刑務所には、73歳の女性が、1984円の日用品と食料品を万引きしたということで一回目の裁判を受け、二回目の裁判では95円のおにぎり一個を万引きしたということで、人生で初めて刑務所へ入所している(菱田律子「和歌山刑務所における「窃盗事犯者実態調査」及び「面接」から考える」『矯正講座』第39号、2019年)。
ただ筆者としては、たとえば家族がいたり、自宅があったりして、受け入れ先が確保されているにもかかわらず、コンビニ弁当やおにぎりなど1000円程度の万引きをしてしまった、65歳を超えた高齢女性を刑務所に収容する意味があるか甚だ疑問である。
こうした万引きなどの窃盗犯にしても、常習累犯窃盗の規定にしても、諸外国と比較すると、日本は、小額の窃盗に対して、刑務所での実刑に処すなど厳しい制裁で臨んでいる。
そもそも人を刑務所へ収容すれば、一人当たり年間約300万円のコストがかかる。受刑者には健康保険が適用されないため、病気に罹患する可能性が高くなる高齢者は、医療費を賄う国費の出費も増額させる。懲役刑から拘禁刑へ変わろうとも、刑務所での単調な繰り返しの日課が認知症の予防になるとは思えない。
2022年の刑法改正によって、再度の執行猶予を付けるのが容易になった。
高齢者の軽微な万引きの場合には、刑務所で受刑させるのではなく、社会において再犯を防止するためのプログラムが充実されるのが望ましいのではないだろうか。


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