事件発覚前日の6日夜、被害男性は同市内で同僚らと酒を飲んだ後、現場のホテルに入ったという。
警察は8日、強盗殺人の疑いで20歳の男を緊急逮捕。防犯カメラには、被害男性が女性とホテルに入った後、逮捕された男も部屋に入り、その後、男と女性が一緒にホテルを出る様子が映っていたという。
11日には、この女性とみられる19歳の女も強盗殺人の疑いで逮捕され、さらに被疑者2人の知人とみられる23歳の男も、被害男性から金品を脅し取ることを指示したとして恐喝の疑いで逮捕されている。
この事件では、一部メディアが被害男性を実名報道しているが、その必要性について疑問の声も上がっている。
メディアが犯罪被害者を「実名報道」する基準は?
報道機関は、どのような基準で犯罪被害者の実名を報道しているのだろうか。犯罪被害者等基本計画の策定時、日本新聞協会と日本民間放送連盟が発表した「犯罪被害者等基本計画に対する共同声明」(2005年12月)には、「実名発表はただちに実名報道を意味しない。私たちは、被害者への配慮を優先に実名報道か匿名報道かを自律的に判断し、その結果生じる責任は正面から引き受ける」と記載されている。
また日本新聞協会は、京都アニメーション事件(2019年)で犠牲者を実名で報じたことについて「読者などから様々な意見が報道各社に寄せられた」として、2022年3月にも「実名報道に関する考え方」を発表。
「実名で報じるかどうかの判断は、報道する側が責任をもって行うことです。記事などに関して、ご遺族から寄せられた意見や疑問には、真正面から向き合い、きちんと応対する責務を負っています」など、その考え方を整理している。
これらの声明における「責任」「責務」にはどのような意味があると捉えられるのか。
刑事事件に多く対応し、実名報道を取り巻く問題に接する機会も多い杉山大介弁護士は、「あくまで、批判などを受ける覚悟をもって報道しますという宣言でしかなく、法的な意味を指すものではない」と見解を述べる。
法律上、死者の権利は「弱く扱われる」
法的な観点からみると、犯罪被害者の実名報道にはどのような問題が生じ得るのか。杉山弁護士は、名古屋市で発生した事件のように被害者が亡くなっているケースにおいては「法的な問題が生じにくい」と指摘する。「死者の権利は、生きているときよりも弱く扱われます。個人情報保護法は、保護の対象を『生存する個人に関する情報』と明確に限定しており、プライバシー権に関する理解も同様に考えられています。
そのため、このような問題が論点になった際は、『その情報は生存する遺族に関する情報でもある』という構成をとることで、必要な保護が図られてきました。
条例レベルでは死者の個人情報について規定している例も存在しますが、基本的には保護対象ではないため、国の法律で、亡くなった方のプライバシーや個人情報などをまとめてしっかり守るルールが作られることはありませんでした」
死者の名誉についても保護されないわけではないが、「生存者とは明らかに区別されている」という。
「刑法230条の名誉毀損罪では、死者の場合は『虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない』(2項)と規定されています。つまり、虚偽の事実に基づかない限り、死者の名誉を傷つける報道であっても罪には問われにくいのが現状です」(同前)
遺族はメディアに損害賠償請求できるか
亡くなった被害者の実名報道に法的問題が生じづらいとはいえ、遺族は誹謗中傷を受けるなどの不利益を被るリスクもある。メディアに対する損害賠償請求は可能なのだろうか。「新しい話し合いを始めるきっかけにはなるかもしれませんが、今の法律の解釈は前述の通りですので、損害賠償が認められるにはかなりの努力と工夫が必要になるでしょう」(同前)
そして杉山弁護士は「この問題は、そもそも法律で解決すべきことではないと思う」として、次のように続ける。
「私は事件一般について、被害者に限らず実名報道が本当に必要なのか疑問に感じています。
特に、何が起きたのか警察発表以外に何もわかっていない事件の初動時点で、事実に対する確信もないのに、関係者の名前を実名で報道するメディアの行為は無責任だと考えます。
最低限、警察からの情報だけでなく、報道機関自らが調査をして何かわかったことがあれば、それを報道するのは良いでしょう。
『無知の知』への自覚があれば、関係者の名前を取り扱うことについても、もう少し慎重になるのではないでしょうか。
直近では、犯罪捏造事件として問題になっている大川原化工機事件において、大川原化工機側からの事件に関する主張なども受領し確認していながら、大手メディアがそろって警察発表のみを記事にし、当事者側の主張を目前で無視したことがわかっています。
警察からもらった情報を、お墨付きのものであるかのように特別視する体制自体を見直すべきだと思います」
報道機関等の報道の自由は重要な法的利益だが、一方で被害者や遺族のプライバシー保護の利益もまた重要だ。これらふたつの利益の間で、どのようなバランスが求められるかは常に議論の対象となる。
また、それに加え、法的には許容される範囲の行為であっても、社会的な影響や倫理的な配慮が求められる場合があることも、理解しておく必要があるだろう。