ところがこのカラオケで、特に高齢者の場合、身体に危険がもたらされる可能性があるという。
「大きな声を出したり、力んだりすると血圧が上昇します。すると、心房内で作られた血栓が遊離して、脳に向かう血管に詰まることがあるのです」
こう解説するのは法医学者の高木徹也氏だ。さらに、歌いすぎると声帯に負担がかかり、手術が必要になるケースもあるという。
※この記事は法医学者・高木徹也氏の書籍『こんなことで、死にたくなかった:法医学者だけが知っている高齢者の「意外な死因」』(三笠書房)より一部抜粋・再構成しています。
高齢者がカラオケで注意すべきこと
歌うことは、心肺機能を向上させたり、精神的な解放感をもたらしたりします。カラオケ好きな人が多いのも納得です。ただ、高齢者の場合、いくつかの注意点があります。
一つは、「心房細動」を背景とした「脳梗塞」を起こす可能性があることです。
「心房細動」とは、高齢者に多い心臓疾患の一つで、心臓の上部にある「心房」が規則正しく収縮・拡張せず、震えるように動いている状態のことです。
全身に血液を送りこむのは心臓の下部にある「心室」なので、心房が震えていても日常生活に大きな支障はありませんが、心房の中で血液が停滞して「血栓」ができやすくなります。
そして、カラオケで歌っている最中は、大きな声を出したり、力んだりすることで血圧が上昇します。すると、心房内で作られた血栓が遊離して、脳に向かう血管に詰まることがあるのです。
声が出しにくくなる、意識が一瞬飛ぶなどの軽い症状であれば、血栓が融解して脳への血流が復活すると元に戻ります。しかし、だからといって、無理してカラオケで歌い続け、症状が繰り返されると、そのうち脳の血流が完全に止まり「脳梗塞」に至ってしまう可能性もあります。
声がかすれたら「がん」を疑え
また、カラオケ好きな人が気をつけるべき病気は「声帯ポリープ」です。別名「歌手結節」と呼ばれますが、アナウンサー、インストラクター、教師、保育士など、日常的に声を出す人にできやすい疾患です。
声帯は、のどの空気の通り道を左右から挟みこむ二枚の膜で形成され、これを震わせて声を発生し、音の高低も変化させています。日常的に歌っている人は、この膜が擦れてイボができることで、声がかすれたり、出なくなったりします。
声帯ポリープは声を出さずに安静にしていれば自然に治りますが、症状を無視してカラオケで歌い続けていれば、そのうちポリープが大きくなりすぎて手術が必要になります。
ただ、それでも、声帯ポリープで死ぬことはまずありません。
しかし、声帯ポリープの症状は「喉頭がん」という悪性腫瘍の症状と似ています。つまり、本当はがんなのに声帯ポリープだと勘違いして放置すると、知らないうちに重症化してしまう危険があるのです。
お酒やタバコが好きな人は特に注意を
喉頭がんは、ほかの悪性腫瘍と比べて、5年生存率はそれほど低くありませんが、がんはがん。早期発見、早期治療が肝心になります。統計的には、60歳以上の男性が圧倒的に多く、飲酒や喫煙が危険因子とされています。
実際、お酒やタバコをたしなみながらカラオケで歌うのが好きな高齢男性が、声がかすれてきたので「声帯ポリープだろう」と放置したら、実は喉頭がんだったというケースも報告されています。
素人判断は危険です。お酒好きでヘビースモーカーの高齢男性は、声がかすれてきたと思ったら、早めに耳鼻咽喉科を受診することをおすすめします。
<まとめ>
- 無理をしてまで歌わない。
- 心房細動の適切な治療を受ける。
- お酒やタバコはほどほどに。
法医学者。1967年東京都生まれ。
杏林大学法医学教室准教授を経て、2016年4月から東北医科薬科大学の教授に就任。
高齢者の異状死の特徴、浴槽内死亡事例の病態解明などを研究している。
東京都監察医務院非常勤監察医、宮城県警察医会顧問などを兼任し、不審遺体の解剖数は日本1、2を争う。
法医学・医療監修を行っているドラマや映画は多数。