「なのに給料は出ない...」
と嘆いている方はいないだろうか?
あるトレーニングジムで、トレーナーAさんが「お店のオープン前に15分程度は働いていたにもかかわらず無給だった」などと主張して残業代の支払いを求めた。
裁判所は「労働時間にあたる」として、会社に「約600万円を払え」と命じた。
以下、事件の詳細だ。(弁護士・林 孝匡)
事件の経緯
会社は、予約制のパーソナルジムを経営しており、Aさんは利用客に対してトレーニング指導を行うトレーナーである(勤続約10年)。Aさんの主張は「ジムのオープンは午前9時だが、会社から、オープンの15分前(午前8時45分)までに出勤することを求められていた。会社の明示または黙示の指示により午前8時45分より前の時刻に出勤することもあった」というものである。
午前9時より前に働いていた時間について賃金が支払われていなかったため、Aさんは会社を相手取って残業代支払い請求の訴訟を提起した。請求期間は約2年4か月分だ。
裁判所の判断
裁判所は会社に対して、Aさんへ残業代約600万円を支払うよう命じた。理由は、オープン前であっても、Aさんが従事していた時間は「労働時間(=使用者の指揮命令下に置かれている時間)」と認定されたからだ。
■ 給料の発生する「労働時間」とは?
タイムカードを押す前などであっても、使用者の指揮命令下に置かれていたのであれば、それは「労働時間」となり、給料が発生する。その根拠となる最高裁判例の一文を次に示す。
「労働基準法32条の労働時間は、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、上記の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まるものであって、労働契約、就業規則、労働協約等の定めのいかんにより決定されるべきものではない」(最高裁平成7年(オ)第2029号同12年3月9日第一小法廷判決・民集54巻3号801頁参照)
■ 本件の場合は?
今回、裁判所は以下のような事実を認定した。
- ジムのオープン時刻は午前9時だった
- Aさんは会社から「オープン時刻の15分前(午前8時45分)までに出勤するよう」求められていた
- しかし、Aさんは顧客の都合に合わせて、午前8時45分よりも早い時刻からトレーニング指導を行うことがあった
- すべてのトレーニング指導の予約スケジュールは予約表に記載されており、会社はこれを通じて、Aさんが午前8時45分よりも早くから指導を行っていたことを把握していた
- さらに、ジムの社長自身も、Aさんが指導していたのと同じオープン前の時間帯に、同じスペースで顧客に対するトレーニング指導を行うことがあった
これに対して、会社は、「午前8時45分より前に出勤することを指示したことはない」と反論したが、裁判所は「そのようなこともあった」旨認定している。
Aさんが残業代を請求した期間は約2年4か月である。「塵も積もれば山となる」ということで、裁判所が命じた金額は約600万円に上った。
■ お仕置き(付加金)
さらに裁判所は「お仕置き」として、会社に残業代と同額の約600万円の付加金を支払うよう命じている。つまり、「この残業代の不払いは悪質だ」と認定されたということだ。
その理由は、会社が▼固定残業代5万円を超える残業代が発生していることを認識していたのに全く払わなかった▼他の従業員からも残業代支払い請求訴訟を提起されて判決が出たり和解をしたりしていたのに適切に支払おうとした形跡がうかがわれない、などである。
ほかの裁判例
休憩時間にいろいろと仕事をせざるを得なかったにもかかわらず、給料を支払ってもらえなかった飲食店店長の事件もある。この店ではランチタイムが終わった後、ディナータイムまで3時間閉店していたのだが、その間も店長はバタバタと働いていた。そこで、店長が未払い賃金を求めて提訴したところ、裁判所は会社に対して「約2000万円を払え」 と命じた。(東京地裁 R3.3.4)
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この事件でも、今回と同様に「使用者の指揮命令下に置かれていた時間」と認定されたのである。
最後に
始業前の時間や休憩時間のほかにも、「待機時間」「後かたづけの時間」などに給料が払われていないことについて争われた裁判例が多数ある。「使用者の指揮命令下に置かれていた時間」と認定されれば賃金が発生し、その期間が長いほど金額も跳ね上がるので、賃金不払いについて疑問に思った方は一度、弁護士に相談してみることをオススメする。