TBS『水曜日のダウンタウン』やYouTubeチャンネル『丸山ゴンザレスの裏社会ジャーニー』で“タイで終身刑を受けた男”として取り上げられ、現在は日本でスナック「ここあ」を経営する竹澤恒男さん。
竹澤さんはかつて、職を転々とし、ギャンブルにはまり、5年間で3度服役。
その後、栃木県で雑貨店を営むが、タイで流行していた「ヤーバー」と呼ばれる錠剤型の覚醒剤の密輸に手を染めるようになっていた。
タイでは違法薬物が比較的容易に入手できる一方、タイ政府は違法薬物犯罪を厳しく取り締まっており、その結果、竹澤さんはタイでヤーバー1250錠の密輸容疑で逮捕され、一審でまさかの「死刑」を求刑されてしまう。
近年、「大麻」「覚醒剤」などの薬物事犯が若年層を中心に広がりを見せている。また、高収入をうたう「闇バイト」から、薬物などの密輸に手を染めてしまう事例も発生している。
だが、竹澤さんは「（ドラッグに）手を出せば待っているのは地獄だ」と語る。本連載では警鐘を鳴らす意味も込め、竹澤さんが経験した、タイの「凶悪犯専用刑務所」での出来事などを紹介。
第5回では裁判の結果、終身刑となった竹澤さんが移送された、バンクワン刑務所の当時の“内情”について取り上げる。同刑務所には殺人犯、強盗犯など、死刑囚や終身刑、長期刑囚が収容されていたが果たして――。
※ この記事は竹澤恒男氏の書籍『タイで死刑を求刑されました』（彩図社）より一部抜粋・構成。

“ヤーバー1250錠で終身刑”に刑務官も驚き

移送初日、私は5番ビルディング（編注：竹澤さんが収容されていた頃のバンクワン刑務所は、14の区画に分かれており、囚人は基本的に各ビルディング内で生活する。5番ビルディングには死刑囚房が併設されており、問題行動を起こす死刑囚が優先的に収容されていたという）の傍の建物で入所手続きを受けた。
そのとき、担当の刑務官に刑務所に入る原因となった麻薬の種類と所持量、裁判の判決を聞かれた。ヤーバー1250錠で終身刑と言うと二度も聞き返された。
たったそれだけの量で終身刑を受けたことが信じられなかったようだ。
その後、事務所の前の通路でパンツ一枚にされ、所持品検査を受けた。ボンバット刑務所では刑務所預かりになっていた時計や必要外の衣類も、ここではすべて自己管理になるという。

台湾人の囚人が通訳に

最初に収容されたのは、6番ビルディング（編注：一般囚人の収容棟）だった。まず、ビルディングチーフ（刑務官。ビルディングの責任者）の部屋に連れて行かれ、刑務所で生活するうえでの注意点を説明される。
私はタイ語ができないので、台湾人の囚人が通訳として呼ばれていた。この台湾人は日本語がペラペラで読み書きまで完璧にこなした。ここにきて初めて通訳らしい通訳を受けることができた格好だ（編注：竹澤さんは密輸の発覚後、ほとんど日本語の通じない通訳や、たどたどしい通訳と接してきた）。
ビルディングチーフは説明を終えると、真剣な表情でヘロインをやめるように忠告してきた。ヘロインから抜け出す治療プログラムもあるので、必要だったら参加するようにとも言う。
私はもともと痩せ型だが、当時は不健康なほどガリガリに痩せていた。体形から重度のヘロイン中毒者だと思われたのだろう。
ヘロインは一切やっていないと通訳してもらったが、なかなか信用してもらえなかった。

刑務所内で現金が流通、ロッカーは1台500バーツ

ビルディングチーフとの面会が終わると、台湾人はロッカーの手配に付き合ってくれた。バンクワンでは私物を管理するために、囚人たちにロッカーが与えられていた。ロッカーはリビングルーム（机やテーブルのある広い場所。出房後に多くの囚人が集まる）の壁面に備え付けられている他、ロッカールームと呼ばれる5つ程度のロッカーで区切られた小部屋もあった。
この小部屋は親しい者同士で使うことが多く、出房後は自然とロッカールームに集まった。ロッカールームでは、オーダーして買った食材を使って自炊することもできた。
台湾人は親しい仲間と使っているロッカールームに誘ってくれ、ロッカーを使う権利を購入するようにいった。聞けばこのロッカーは売り買いされており、1台500バーツで取引されているという。
トラブルのもとになるので、刑務所では現金の所持はかたく禁じられているのが普通だ。実際、日本の刑務所はそうだし、タイのボンバット刑務所でも同様だった。
しかし、ここバンクワンでは囚人たちが当たり前のように現金を使っているという。にわかには信じがたかったが、私はすぐにそれが本当であると知ることになる。

囚人がコーラやアイス販売、薬物の密売人も…

バンクワンの各ビルディングには、驚くべきことに囚人が経営する売店があった。
この売店は小さな雑貨店くらいの実店舗があり、公然と営業している。パンや菓子類、アイスクリーム、コーラ・コーヒーなどの飲料、石ケン、タオル、洗剤などの日用品、さらにタバコなどを売っていた。囚人同士の物品の売買も盛んで、面会でもらった差し入れ品などが取引されていた。
ラジオやMP-3なども売られていたし、携帯電話やドラッグなども取引されていた。とくに薬物汚染は深刻で、ビルディング内を薬物の密売人やジャンキーがうろついており、ヘロインを買わないか、などと声をかけられることもあった。
いまになって思えば、ここまで規則が緩いのは囚人のガス抜きの意味もあったのかもしれない。バンクワンにいる囚人は懲役30年以上、生きて出られない可能性が高い者も多い。規則でがんじがらめにすれば、自暴自棄になって何をしでかすかわからないので、刑務官たちはあえて見て見ぬふりをしていたのだろう。
所持金が少ないのでロッカーの購入を迷っていると、台湾人が立て替えてくれることになった。ロッカールームに居場所を確保するために、デッキチェアも購入してもらった（500バーツ）。

金のある囚人は弁当を注文、代金は月極

この台湾人にはその他、弁当の手配もしてもらった。バンクワンでは朝と昼の1日2回、刑務所支給の食事があったが、決してうまいものではなかった。
6番ビルディングには囚人が経営する食堂があり、金のある囚人はそこで朝食を食べ、昼・夕食兼用の弁当を注文していた。
弁当箱はステンレス製の三段重ねで、それぞれの段にごはん、スープ、おかずが入れられた。タイ語でも「ベントゥー」で意味が通った。
弁当代は月極で、弁当箱代込みで1600バーツ（約5000円）。この代金も立て替えてもらったので、刑務所に持ってきていたセイコーのクロノグラフを家族から入金があったら返してもらう約束で、担保として預けることにした。
この台湾人はしばらくして残刑が30年を切り、別の刑務所に移送されていった。金は返済していたが、結局、担保の時計を回収することはできなかった。


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