一般社団法人若者教育支援センターが運営する「ワンステップスクール」は、表向きにはひきこもりや不登校への自立支援を掲げながら、内情は強制的な入所や軟禁生活を繰り返していたとされ「引き出し屋」として問題視されていた。
同団体に対して、横浜地裁は2025年5月15日、元入居者2人への慰謝料支払いを命じた。(佐藤隼秀)
「実質的な勝訴で、意義ある判決」
もともとワンステップスクールに対しては、元入居者ら7人が、2020年10月に集団訴訟を提起。その後原告(元入居者ら)は5人となり、そのうち2人に対して2024年12月、横浜地裁が「調停に代わる決定」(※)をしていた。
※ 当事者間に調停が成立する見込みがない場合に、裁判所が職権で、適切と思われる解決案を示すこと。
被告側(代表理事ら)はこの決定を受け入れ、原告らの承認を得ずに自由を制限したことを認め、今後は自立支援に関する違法な事業を行わないと約束。その上で、慰謝料として2人に計70万円を支払った。
そして5月15日の判決では、係争中であった残り3人のうち2人(1人は尋問に欠席)に対して、1人あたり88万円の慰謝料支払いが認められた。
判決後に開かれた会見で、原告代理人の徳田暁弁護士は「実質的な勝訴で、意義ある判決だった」と振り返る。
「毎日、小学生向けのドリルを解かされる」
原告の1人である渡邉豪介さん(30代)のケースを引き合いに説明すると、裁判の争点は主に以下の3点とされる。1点目は「連れ出し行為」に関して。
被告らは事前に訪問を伝えることなく原告の自宅に押しかけ、本人の意に反する形で連れ出しを行った。
渡邉さんのケースにおいては、被告らは家賃回収を装う偽計を図り、行政上の措置であるかのように装ったという。
また、なかには四肢を抱えられながら、強引に連れ去られた原告もいたとされる。
2点目は「侵害行為(施設内の軟禁)」に関して。
渡邉さんは約4か月にわたる入所期間中、金銭やスマホなど通信機器の所持を原則禁止され、施設内には複数台の監視カメラが常設された。
夜間帯は警備スタッフが巡回して脱走が難しい体制を敷かれており、加えて、脱走を試みた場合は、ワンステップスクールと提携する医師により、「医療保護入院等の可能性がある」とくぎを刺されていた。
3点目は「支援内容」に関して。
ワンステップスクールでは自立支援や就労支援をうたいながらも、入所中に渡邉さんが受けていた“サポート”は、小学生向けのドリルを解かされる程度であった。
当該施設では、入居者は3か月経過すると関連施設に移送され、そこで工場のライン工などのあっせんを受ける制度もあったという。
しかし、実際には、高額な寮費を徴収される仕組みであったため、渡邉さんは「入居者にとっては、手元にはほぼお金が残らない状況であった」と述べた。
「施設の施しが役に立ったとは思えません。一応、施設には臨床心理士が毎週診察のため訪問にきていましたが、とはいえ入所以前から就職も決まっていたのに、毎日小学生向けのドリルを解かされるのは甚だ疑問でした」(渡邉さん)
これらの主張に対して、判決の主文の一部によれば、被告らは下記のように主張したとされる。
「湘南校の入寮時に入学願書および入寮同意書に署名している以上、署名時点で措置入院ではなく、本件スクールに入学していることを理解しており、少なくとも湘南校に入寮するより前の時点で渡邉宅には戻れないことを認識していたとして、被告らによる湘南校への連れ出しは、原告の真摯(しんし)な承諾を欠くものではなく、不法行為は成立しない」
「原告は外部と何度も連絡を取り合い、平成30年7月11日に湘南校の職員から止められることもなく湘南校の正面玄関から逃走している以上、原告につき、湘南校以外の場所に自由に移動することが著しく困難な状況に置かれていたということはできず、原告の移動の自由等を侵害するものではないから、不法行為は成立しない」
「同種の業者に対する警鐘に」
双方の主張を踏まえ横浜地裁は、1点目の「連れ出し行為」と2点目の「侵害行為」を、一連の違法行為として認定。3点目「支援内容」に関しては、慰謝料が発生する程度までは至らないと判断した。地裁の判決を受け、徳田弁護士は、「単に渡邉氏の個別の事例を超えて、監禁や連れ去り行為といった、被告らのやり方自体に、明確な違法性を認められた点に意義がある」として、以下のように総括した。
「施設からの出入りが可能だろうと、多少は通信手段での連絡を取ることができようと、そもそもの管理体制が問題だと判断されたことは、同種の業者に対する警鐘になるでしょう。
これまでも引き出し屋は、必要悪であると報道される側面も見受けられ『保護者からの依頼で支援を要望している』といった観点から、何らかの社会的意義があると報じるメディアまでありました。
ただ、そうした報道によって、原告や連れ去られた被害者は非常に苦しめられ、問題の本質が誤った方向にゆがめられてしまっています。
ですので、被告の言い分と関係なく、やり方自体が人権損害だと認定されたことに意義があるといえるでしょう」(徳田弁護士)
続けて、原告代表の渡邉さんも、判決を受けた所感を語る。
「お金ではなく、問題提起として起こした訴訟で、とても有意義な結果であったと見ています。
ひきこもり支援という名目のもとに、何の問題もない人を強引に連れ出して、施設に監禁していくのは違法であると、周りの家族含めて知ってもらえたら幸いです。
当該の施設に限らず、全国では似たような手口で、連れ出しや監禁行為を行う団体がはびこっています。
同様の被害に遭われた方に対しても、自分の人生を諦めないでほしいですし、当事者の方々の意識が前向きになっていただければ幸いです」(渡邉さん)
「引き出し屋」今なお複数存在
徳田弁護士や渡邉さんが語るように、「引き出し屋」と呼称される業者は今もなお複数存在している。原告側によると、当該のワンステップスクールは現在廃業しているものの、被告のうち1人は看板を変え、現在もなお不登校支援の全寮制スクールを運営しているという。
こうした引き出し屋の根絶が難しい背景には、多々要因が絡む。
法的観点から見れば、家族が「本人のために必要」と考え依頼していることは、「連れ出し行為」「侵害行為」の違法性の立証にとって障害となりうる。
また、連れ出す際に暴力を伴わない場合や、短時間の拘束では、違法性の立証が困難となることがある。
その他にも、家族間の問題に関しては、行政機関による介入が難しい課題も大きい。
渡邉さんは「こういった類いのビジネスが根絶するのは難しい側面もある。
現状ではずさんな民間業者の見極め、また違法かどうかの線引きは難しい。それゆえに、今回の判決で、明確な違法性が認められたのは大きな潮目となりそうだ。