2018年3月、一人暮らしをしていた渡邉豪介さん(現在30代)のもとに、突然見ず知らずの男性3人がやってきた。
不測の事態に困惑し、翌日にアルバイトもあったため、渡邉さんは一貫して同行を拒否した。渡邉さんが「家賃を払う」と応じると、男らは自らを福祉の人間だと名乗り「場所を変えて話すだけ」と促される。
渡邉さんは、部屋着のまま、スマホや財布の所持も禁止され、男性らの車に乗った。(佐藤隼秀)
内定獲得も、家族が内緒で引き出し屋に契約…
渡邉さんを乗せた車が向かったのは、社宅のような建物だった。「今日からここで生活してもらいます」
そう男性に告げられ、渡邉さんが連行されたのは、ひきこもりや不登校の人の自立支援をうたう、一般社団法人「ワンステップスクール」の更生施設だった。
だが、渡邉さんは当時、ひきこもっていたわけではなく、「連れ出し」のあった3か月前には内定を獲得していた。
しかし、家族が渡邉さんに内緒でワンステップスクールと契約していたと知る。
「当初、男性らは福祉関係の人間だと説明していましたが、のちに、実は身分を偽っていたと知りました。結果、だまされる形で拉致され『これはヤバいことになった』と、直感的に思いました」(渡邉さん)
実際、ワンステップスクールは、いわゆる「引き出し屋」として問題視されていた。
スクールでは、ひきこもりや不登校の人への自立支援をうたいながら、内実は、本人の意に反した“入居”を繰り返していたという。
後に元入居者が起こした訴訟では、原告側が実質勝訴。スクールの元代表ら(被告)に対し、元入居者への慰謝料を支払うよう命じる判決が下された。
渡邉さんは原告として法廷で闘い続けたが、判決時には入所から7年以上が経過していた。
自立支援をうたいながらも、ずさんな運営が行われていたというワンステップスクール。その実態や入居者の生活とはどのようなものであったのかーー。
金銭やスマホは没収、自由に使えるお金は月3000円
時系列を戻すと、ワンステップスクール到着後の渡邉さんに与えられたのは、窓にストッパーがかけられた約6畳一間の個室だった。部屋からは出られるものの、寮内には複数の監視カメラが常設されており、夜間は職員が巡回警備を実施。入居者は金銭やスマホなど通信機器の所持を禁止され、月3000円のお小遣いが支給される程度だった。
また、外出の時間は限られており、スクール側は1日に複数回の点呼をとることで、入居者の所在を確認。
もしも入居者の所在が確認できず、時間が経過した場合は、保護者への連絡と警察への家出人捜索の依頼が実施された。入居者からすれば、脱走を試みても連れ戻される環境にあり、軟禁に近い状態だったという。
50人近くが共同生活も「十分な支援を行う環境ではなかった」
ワンステップスクールは、契約を結んだ入居者の保護者から、入寮費など月額制で徴収していたとされる。入寮さえ決まれば運営側としては原資が入ってくるため、入居者を施設に“軟禁”しておく環境は都合が良かったのかもしれない。当時、50人近くいた入居者らは、4班に分けられ、食事などを当番制で分担しながら共同生活を行っていた。起床後、午前中は小学生向けのドリル学習を行い、午後は運動や散歩、映画鑑賞などのプログラムを繰り返した。
日によって午後のカリキュラムは変わり、特定の曜日は精神科医と臨床心理士による訪問診療等もあったが、渡邉さんは「十分な自立支援や就労支援を行う環境ではなかった。午後の時間は勝手に自室で読書していた」と回顧する。
弁護士とコンタクト取り、深夜に8人で脱走
意味のない入所生活に、当初から脱走を試みていた渡邉さんだが、連れ戻される懸念もあった。施設では家族の要請もあり脱出に成功した人もいた一方、所轄の警察に駆け込んだものの結局連れ戻される人もいたという。そこで渡邉さんは、同様に脱走を試みる入居者らと、時間を見計らっては“作戦会議”を練った。そのうちワンステップスクールに対して、異議申し立てをしている人がいると知り、そこから弁護士を紹介された。
それから外出時の隙を見計らって、入居者の一人が弁護士とコンタクトを取り、無料低額宿泊所に逃げ込むよう指示をもらった。裏で弁護士が、宿泊の手続きや、所持金がなくても生活できるよう生活保護の申請を済ませてくれたという。
こうして逃走の手配を整えた2018年7月、施設側の管理が緩くなる深夜帯に、計8人での脱走に成功した。
家族が勝手に家を解約…脱走後も厳しい生活続く
結局、渡邉さんがワンステップスクールにいた期間は4か月だったが、それ以降も厳しい生活が続いたとして、次のように語った。「脱出後は、無料低額宿泊所で半年ほど暮らしていましたが、生活を一から立て直すのが大変でした」(渡邉さん)
入所時に、携帯や財布などの貴重品は没収されたまま返却されず、実家に戻れば通報されて施設に連れ戻されてしまう恐れがあった。さらに、一人暮らしをしていた家も、家族が入所期間中に解約していたという。
「免許証も失効間際になっていたので、母に連絡して問い詰めたところ、まともに請け負ってもらえませんでした。どこに頼るわけにもいかず、独立のための生活資金をためる必要がありました」(渡邉さん)
結局、紹介された派遣のバイトに従事することを条件に、渡邉さんはようやく、無料低額宿泊所を出ることができたという。
「チャイムの音が鳴るとトラウマで家から出られない」
その後、住む場所を見つけ、仕事を探す渡邉さんだったが、思うように生活は進まなかった。ワンステップスクールの職員に拉致された時のトラウマが刻まれ、思うように外出できない日々が続いたことで、継続的な勤務は困難を極めた。「チャイムの音が鳴ると、連れ去られた時の記憶がよみがえって、当時は1週間ぐらい家から出られない日々が続きました。
今はだいぶ収まりましたが、物理的に職場に行けず仕事は長続きしませんでした。在宅の仕事も探しましたが、出社を求められる機会もあるので、継続的に働くのは難しかったです」
現在も渡邉さんは、生活保護を受給する日々が続く。ワンステップスクールへの入居を機に、人生の歯車を狂わされた遺恨が消えることはない。
同時に、案じたのは、同じく精神的苦痛を負った入居者らだった。全国には、当該のスクールと近しいやり方で、ずさんと言える運営を行う団体もあるという。
表向きには自立支援をうたい、内情は人を踏みにじる団体がはびこっているのはおかしいーー。
そう思い、渡邉さんらは同じく元入居者とともに、2020年10月に前述した訴訟を提起。その後2025年5月15日に、ワンステップスクール側から、88万円の慰謝料が支払われる判決が出た。
■佐藤隼秀
1995年生まれ。大学卒業後、競馬関係の編集部に勤め、その後フリーランスに。ウェブメディアを中心に、人物ルポや経済系の記事を多く執筆。