金沢刑務所に昨年度まで勤務していた医師と看護師ら計3名が、同所内での不適切な医療行為を訴え公益通報したにもかかわらず放置され、雇い止めや不当な人事異動に遭ったとして、公正・中立な第三者機関による調査等を求め6月16日、法務省矯正局を訪れ、申入書を手渡した。
また、同様に上司によるパワハラや不当な人事異動について公益通報を行っている東京拘置所の医師・代理人弁護士も同行した。
(ライター・榎園哲哉)

「不適切な医療行為」公益通報するも放置

全国の刑事施設の数は、法務省矯正局担当によると、刑務所59、拘置所8、少年刑務所7。それらの各施設に「矯正医官」と呼ばれる医師が250人(定員)配置され、被収容者(受刑者)への診療にあたっている。
このうち金沢刑務所の元常勤医師・元非常勤医師2人と代理人弁護士4人、東京拘置所に務める医師の代理人弁護士2人が、法務省矯正局に申入書を提出した後、それぞれ会見を行った。
被収容者に対する不適切な医療行為を公益通報した金沢刑務所の元医師らの会見では、冒頭、田中和樹弁護士がこれまでの経緯を説明した。
それによると、2人の医師は、金沢刑務所に数年前に赴任した直後から「(所内の)物理的、人的な医療水準の不十分に直面した」という。
「被収容者の命を奪いかねない不適切な医療行為が行われていた」と2024年5月以来、合わせて5回にわたって法務省矯正局等に対し公益通報を行い、改善に当たろうとしたが、放置され続けた。逆に上級職による診察の妨害や恫喝、雇止め、不当な人事異動などのパワハラを受けたという。

不潔で劣悪な環境の下、計画性ない医療が…

医師らが金沢刑務所で直面した不十分な医療水準とは、どのようなものだったのか。
元常勤医師のAさんは、赴任した当初からハードとソフト両面の不備に驚いたといい、一般の医療現場とは異なる状況を語った。
「(診療所は)非常に不潔で、劣悪な環境。壁や物品庫はかびだらけで天井には穴があいていた。20年前の使えない酸素ボンベがそのまま放置されていた。
また、患者の診察に計画性がなく、その日の体調不良者だけを唐突に診察していた。慢性疾患の患者もたくさんいたが、計画的に診るということは行っていなかった」
さらに、慢性疾患である糖尿病の患者に対し、血糖値を下げるためのインスリンの投与が適切になされず、数日にわたって放置されていたこともあったという。

こうした現状は、刑事収容施設法1条、56条(※)等に反しており、「看過できない重大な問題だ」と訴えた。
※1条 この法律は、刑事収容施設(刑事施設、留置施設及び海上保安留置施設をいう。)の適正な管理運営を図るとともに、被収容者、被留置者及び海上保安被留置者の人権を尊重しつつ、これらの者の状況に応じた適切な処遇を行うことを目的とする。
※56条 刑事施設においては、被収容者の心身の状況を把握することに努め、被収容者の健康及び刑事施設内の衛生を保持するため、社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置を講ずるものとする。

「被収容者が死ななければよい」程度の医療水準

またAさんは、不適切な医療行為の“根底”にあるという、刑事施設側の“考え方”にも触れた。
Aさんが不適切な医療行為、状況を金沢刑務所総務部長(当時)に上申したところ、同部長からは、なかば恫喝交じりに「(刑事施設内の)矯正医療は被収容者が死ななければよい」と答えられたという。
「刑事施設の職員の一部に、被収容者は一般に比べて医療水準が劣ってもいいという差別意識があるのではないか。被収容者の生命・健康を軽視しており、法56条に明確に違反する発言だ」(Aさん)
なお、公益通報を行ったAさんはじめ3名の医師および看護師は、雇止め(再雇用の中止)、他施設への配転の不利益処分を受け、同所を去った。
16日の法務省矯正局への申入書では、①刑事施設内での不適切な医療行為、②違法・不当な雇止めと人事異動、③脅迫に相当する幹部等の違法なパワハラについて、事実関係を確認し、是正措置をとることと、行為者だけでなく公益通報を放置し続けた関係者の懲戒責任の明確化を求めた。
田中弁護士は、こうした刑事施設内での問題は「金沢刑務所単独のことではない」と指摘。
「従来から指摘されている矯正医療制度全体の欠陥、不十分さを示している。抜本的な改革が進むことを希望している」と話した。

東京拘置所でも公益通報者への不利益処分が…

一方、東京拘置所に勤務していた医師らも、公益通報者に対する不利益処分を受けたという。

同所では2024年11月から今年2月にかけて、勤務する医師らが計5回、公益通報を行っている。
通報の内容は、同所医務部長による違法な人事権の濫用(複数医師への契約更新拒否等)と、不適切な業務指示(専門医不在での透析実施の指示)、パワハラ、公益通報者への報復的配転命令など。
たとえば、本来、異動の際は2か月前に内示する慣例があるにもかかわらず、精神科B医師は北九州医療刑務所へ、内科C医師は西日本矯正医療センターへそれぞれ1か月前に異動を命じられた。
この際、医務部長はB医師へ北九州には精神科医が不在と説明していたが、実際は2名在籍していた。また、C医師に対しても大阪に透析管理のできる医師が必要と説明していたが、当時C医師は東京拘置所内で透析管理ができる唯一の常勤医だった。
2人の医師ともに転勤に応じられず退職している。
代理人の上本忠雄弁護士は、「いずれも異動にあたっての合理的必要性はなかった」と述べ、異動を命じた医務部長が同所の医師不足を招いていると指摘した。
また、こうした理不尽な人事異動などを見過ごせず、中心になって公益通報を行っているD医師は、7月1日付で川越少年刑務所への異動を命じられている。
これについても上本弁護士は「公益通報についての報復的な人事」と批判し、撤回を求めている。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。
防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。


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