
大きな反響を呼んだ『獄窓記』(2003年、ポプラ社)に続いて出版した『累犯障害者』(2006年、新潮社)では、知的障害・精神障害などがありながら社会の支援を受けられない人が多数おり、刑務所が最後のセーフティーネットになっている問題を取り上げた。
本記事では、山本氏が中高生に向けて執筆した書籍『刑務所しか居場所がない人たち 学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』(2018年、大月書店)から、罪を犯して刑務所を出入りする「累犯障害者」について書かれた内容を、抜粋して紹介する。
下関駅放火事件は「知的障害」のある人が起こした
三角屋根で親しまれていた木造駅舎が、またたく間に炎につつまれた。折からの強風にあおられて火は勢いを増し、20メートルもの火柱が立った。消防車24台が出動し、必死の消火活動をおこなうも、駅舎は完全に燃え落ちる。駅の周辺、約4000平方メートルにおよぶ大火災だった。2006年1月7日に起きた、下関駅放火事件──。
犯人はすぐに逮捕された。福田九右衛門(きゅうえもん)さん、当時74歳。警察では、犯行の理由を「刑務所に戻りたかったから」と供述していた。
福田さんには軽度の知的障害がある。それまで10回も、放火や放火未遂で捕まり、成人してからの54年間のうち約50年間は刑務所、あるいは留置場や拘置所(※)で過ごしていた。下関駅に火をつけたのは、刑務所を出て8日目。
※留置場は、逮捕されて起訴されるまでいるところで、警察署の中にある。拘置所は起訴後、裁判が終わるまでいるところ。
累犯とは、何度もくりかえし罪を犯すという意味。「累犯障害者」は、僕が書いた本のタイトルにした、いわば造語で、たびたび罪を犯して刑務所を出たり入ったりしている知的障害者のことだ。刑務所の中では、累犯障害者にあたる人がおおぜい服役している。
一般的に、重い罪を犯した人は懲役20年とか30年とか、一度の刑期が長くなる。だから、何度も刑務所に出入りすることは少ない。一方で、くりかえし服役している人は、たいてい刑期が短い、軽い罪なんだ。知的障害がある人の多くは万引きや無銭飲食、無賃乗車といった罪で服役している。
「火をつけると刑務所に戻れる」
木造の旧駅舎は完全に消失してしまった(イラスト:わたなべひろこ/『刑務所しか居場所がない人たち』より転載)
僕は、福田さんが被告人(起訴された人)として収監されていた山口刑務所へ面会に行った。目の前にあらわれたのは、身長150センチ台くらいの小柄なおじいちゃん。駅舎を丸ごと燃やしてしまった、凶悪な放火犯とは思えない風貌(ふうぼう)だった。
最初はあまり目も合わせてくれないし、弱々しく愛想笑いをするばかり。そのやせ細ったからだを見て、思わず、「それじゃ、カラサゲまでにモッソウ一杯食べ終わらないでしょう」と口をついて出た。
刑務所の中のスラング(俗語)で、「後片づけまでに丼一杯食べられないでしょう」という意味。僕は服役していたころに覚えた。これに親近感をもったのか、福田さんは問いかけに返事をしてくれるようになった。
「刑務所に戻りたいなら、火をつけるんじゃなくて、食い逃げとかどろぼうとか、ほかにもあるでしょう」
と訊ねると、右手を顔の前で大きく振った。
「だめだめ、そんな悪いことできん!」
「じゃあ、放火は悪いことじゃないんですか」
「悪いこと。でも、火をつけると刑務所に戻れるけん」
少年院は「まるで天国のようだ」
みんなが怖がる刑務所に戻りたいなんて、いったいどういうことだろうね?その理由は、彼の生い立ちを知ればわかってくる。福田さんは、幼いころから父親に虐待を受けていた。ふだんはおとなしい父親だけど、お酒を飲むと人が変わる。とんでもなく乱暴になるんだ。「おまえみたいなバカは死ね」と言われながら、燃えさかる薪(たきぎ)を脇腹に押しつけられたこともある。福田さんの脇腹には、いまでも痛々しいヤケドのあとがくっきりと残っている。
近所の子どもたちからもいじめを受け、守ってほしい人には虐待され、居場所がない。そんな福田さんは、12歳のときに放火未遂を起こした。
補導されて、当時の少年教護院(現在は児童自立支援施設)に入ったときには「まるで天国のようだ」と感じたという。毎日ご飯は食べられるし、暴力をふるう人はいないからね。ようやく安心できる場所にたどり着いたんだ。
以来、いじめや虐待から逃れるためには、火をつけるふりをすればいいんだと思いこみ、放火や放火未遂をくりかえすようになった。下関駅放火事件は、その延長線上で起きた。
刑務所を出ても、家族や居場所がない
福田さんの例は、決して特別なケースではないよ。知的障害のある受刑者は再犯する人が多くて、平均で3.8回の服役を経験している。65歳以上では「5回以上」が約70%もいる。再犯者の約半分は、前の出所から次の事件を起こすまでが1年未満と短い。出所しても、またすぐに罪を犯して刑務所に戻っているんだね。
だって、そうするしかないんだもの。
刑務所を出たってお金はないし、待っている家族もいない。仲間も居場所もないっていう人はおおぜいいる。しかたがないから放浪生活をして、飢えをしのぐために万引きしたり、無銭飲食をしたりして逮捕され、ふたたび刑務所に戻ってくる。
彼らにとって、帰るところは刑務所だけ。刑務所がおうちになっちゃったんだ。