
更生保護法人「同歩会」やNPO法人「ライフサポートネットワーク」を設立した山本氏は、現在も、高齢受刑者や障害のある受刑者の社会復帰支援に取り組んでいる。
障害者が罪を犯す背景には、周囲の人々の無理解や加害、弱者を搾取する反社会的勢力、そして刑事司法制度の不備が存在する。本記事では、山本氏が中高生に向けて執筆した書籍『刑務所しか居場所がない人たち 学校では教えてくれない、障害と犯罪の話』(2018年、大月書店)から抜粋して紹介する。
障害そのものが犯罪を引き起こすわけではない
誤解しないでほしいことがある。障害のある人が、罪を犯しやすいわけでは決してない。たしかに、刑務所には障害のある人たちがたくさんいるけれど、障害そのものが直接的に犯罪を引き起こしているわけじゃないんだ。
いろいろな障害があるけれど、知的障害や発達障害(※)の人たちは、どちらかというと犯罪とは縁遠い性格の持ち主だ。ルールや習慣に従順で、他人とのあらそいごとを好まない。だれよりも穏やかな性格なんだけど、ちょっとだけ周囲と違うところがある。
※発達障害…脳の機能の障害のため、コミュニケーションや学習が困難だったり、何かにこだわりすぎたりする状態。
たとえば、自閉スペクトラム症という発達障害のある人は、人とのコミュニケーションが苦手だったり、かたくなにルールを守ろうとしたりする。周囲からは「空気が読めない」と言われ、いじめの対象になることも多い。
子どものころからずっとしいたげられてきて、いやな思い出ばかりかかえているんだ。
被害を受けて生きてきたが、ささいなことで加害者に…
Cさんは、自転車が並んで通りにくい道で、すれちがった人に「じゃまだな」とつぶやかれた。そのとき、何年も前に学校の先生から言われた「おまえはじゃまだ」という言葉が、急に頭の中をかけめぐった。うわぁー!と大声をあげ、無我夢中で自転車を何台も投げ飛ばしてしまった。さわぎに気づいた近所の人が110番通報し、かけつけた警察官に交番へ連れていかれた。
暴れているところだけを見ると、なぜそうなっているのか理解しにくいよね。たんに「不審者がいるから近寄らないようにしよう」と思うかもしれない。
だけど、本人からすればちゃんと理由がある。障害を理解されずに、ずっといじめられてきた悲しさが積もり積もって爆発した。長いあいだ被害者として生きていたけれど、ちょっとのことで加害者になってしまったんだ。Cさんだけが悪いわけじゃないよね。
ヤクザにだまされて外国人と偽装結婚
知的障害を持つDさんには、叔父から性暴力を受けた過去があった(イラスト:わたなべひろこ/『刑務所しか居場所がない人たち』より転載)
障害の特性で、人を信じやすいために、だまされて犯罪をしてしまうケースもあるよ。
知的障害のある女性Dさんは、ヤクザにだまされて「偽装結婚」をさせられた。
相手はオーバーステイ(超過滞在)の時期がせまっていた外国人。
役所に婚姻届は出したものの、実際には同居すらしていない。うその婚姻届を出したんだから、りっぱな犯罪だ。Dさんは「公正証書原本不実記載等罪」で起訴された。約3か月も勾留されたあげく、裁判では懲役1年2か月、執行猶予3年の有罪判決だった。
Dさんは知的障害のため、ひらがなの読み書きもあまりできない。自分の意思で偽装結婚なんて罪を犯しっこない。悪いのは、Dさんをだましたヤクザなんだけど、そもそもどうしてヤクザと知りあいになったんだろう?それを考えることが大事だよ。
Dさんには、つらくて悲しい過去がある。幼いころに両親が離婚して、父親の実家で祖父母に育てられた。といっても、ほとんど放任されていたようなもので、中学生のころ父親の弟に山へ連れていかれ、性暴力を受けた。
中学校を卒業後は、父親と2人暮らしをしたけれど、父親は仕事でほとんど家にいない。友だちもおらず、いつもひとりぼっちだった。そのうちにテレクラ(電話で男女の会話をあっせんする店)にはまるようになった。そこでヤクザと出会い、うまく言いくるめられて、偽装結婚をさせられた。
裁判で自分の身を守る術がない
CさんもDさんも、ちゃんと聞けば「なるほど」と思える事情がある。だけど、知的障害があるがゆえに、なかなかうまく説明できない。どうして暴れてしまったのか、なんで偽装結婚に巻きこまれたのか。その理由を言葉にできないんだ。裁判のときに、口先だけでも「反省しています」と言えたなら、刑が軽くなることもある。だけど、知的障害や発達障害のある人はそれが言えないことが多い。
裁判の張りつめた空気に耐えられなくて、つい笑っちゃったりすることもある。
だけど、考えてもみてよ。「反省の色を示す」っていうのは、意外とむずかしいものだ。
お金を持っている人だったら、賠償金とか示談金をたくさん払って、反省していることをアピールできる。お金がなくても、坊主頭にするとか、裁判でひたすら頭を下げるとか、反省を態度で示すことができれば、裁判官に与える印象も変わるかもしれない。
でも、知的障害のある人たちには、そういった自分の身を守る術がないんだ。
周囲からしいたげられたり、だまされたり、利用されたり。そんなときにだれからも守ってもらえず、裁判でもほんとうのことをわかってもらえない。障害があるから罪を犯したというよりは、周囲の理解とサポートが足りなくて犯罪に追いこまれた、っていうのが現実なんだ。