「たしかに何もしていない時間なんだけど」
「緊張から解放されない」
「なのに給料が払われない...」
と思っている方はいないだろうか?
そのような「モヤモヤ」が裁判になった事件を解説する。
Aさんは、グループホームで働いていたが、約9時間の泊まり込み勤務の間、入居者にたびたび起こされてはその都度業務をしていたにもかかわらず、会社は夜勤手当6000円しか払っていなかった。

Aさんが「泊まり込み勤務の時間は労働時間にあたる」として残業代を求めて提訴したところ、裁判所は約330万円の支払いを命じた。(東京高裁 R6.7.4)
以下、事件の詳細だ。(弁護士・林 孝匡)

事件の経緯

会社は、障害者施設などのグループホームを運営しており、グループホームでは、利用者が共同住宅の一室を賃借して入居し、支援員が各入居者の特性に応じた支援を行う「共同生活援助」のサービスを提供していた。
共同生活援助では、入居施設の各室を入居者の住居とし、Aさんら生活支援員が、食事、洗濯、入浴等について随時必要な支援を行っていた。
以下は、Aさんが泊まり込み勤務するときの働き方だ。
  • 午後3時~午後9時まで勤務
  • 泊まり込み
  • 午前6時から午前10時まで勤務
Aさんの給与はおおむね以下のとおりだった。
  • 基本給 24万4250円
  • 資格手当 5000円
  • 扶養手当 5500円
  • 夜間支援手当 1万4655円(基本給の6%)
  • 夜勤手当 1日あたり6000円
Aさんの不満を要約すると「泊まり込み勤務をした際、さまざまな業務を行っていたのだから、その時間は労働時間にあたる。にもかかわらず会社は6000円の夜勤手当だけを支払っており残業代を支払っていない」というものである。
そこで、Aさんは残業代(約1年9か月分)の支払いを求めて提訴した。

裁判所の判断

Aさんの勝訴だ。裁判所は会社に対して、残業代約300万円の支払いを命じた。
争点は大きく2つあった。
1. 泊まり込み勤務の時間が「労働時間」にあたるか?
2. 残業代計算の時間単価はいくらか?
順に解説する。
1. 泊まり込み勤務の時間が「労働時間」にあたるか?
労働時間にあたらなければAさんは敗訴するので、かなり重要な論点だ。

会社は「泊まり込み勤務の時間帯に生活支援員が行う具体的業務はほとんどなく、使用者の指揮命令下に置かれたものとはいえないので労働時間にあたらない」と主張。
これに対してAさんは「泊まり込み勤務の時間帯は夜間とはいえ、生活支援員として入居者のさまざまな生活ニーズに対応する必要があり、会社の指揮命令下で労務を提供していたのであるから労働時間にあたる」と反論した。
■ 何もしていない時間でも「労働時間」か?
非常に難しい問題だ。「何もしていなくても緊張から解放されていないのだから、給料を払ってくれ」と思ったことはないだろうか。この点については、最高裁が一貫して次のように示している。
  • 労働基準法32条の労働時間とは、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい、上記の労働時間に該当するか否かは、労働者の行為が使用者の指揮命令下に置かれたものと評価することができるか否かにより客観的に定まる
  • 労働者が実作業に従事していない時間であっても労働からの解放が保障されていない場合には労働基準法32条の労働時間にあたる。そして、実作業に従事していない時間であっても労働契約上の役務の提供が義務付けられていると評価される場合には、労働からの解放が保障されているとはいえず、労働者は使用者の指揮命令下に置かれているというのが相当
上記の基準に照らして、裁判所は以下の理由を述べて、Aさんの泊まり込みの時間を「労働時間にあたる」と判断した。
  • 泊まり込み勤務の時間にもAさんら生活支援員が駐在する強い必要性があり、各施設につき1人の生活支援員が宿泊して勤務していた
  • 入居者の多くは知的障害を有し、中にはその程度が重い者や強度の行動障害を伴う者も含まれていた
  • Aさんが勤務していたあるグループホームでは、複数の入居者が頻繁に深夜または未明に起床して行動し、その都度生活支援員が対応していた
  • Aさんは上記グループホームのほか3カ所のグループホームで勤務してきた
2. 残業代計算の時間単価はいくらか?
ここも大きな争点となった。残業代は【時間単価×時間数】なので、残業代がいくらもらえるかは単価次第なのである。
結論からいえば、地裁は「時間単価は750円だ」、高裁は「時間単価は約1500円だ」と判断した。
残業代は「通常の賃金」を基礎にして計算されるが、地裁と高裁で「通常の賃金」についての解釈が異なったのが、判断が分かれた要因だった。
地裁は、6000円の夜勤手当をもとに8時間で割って時間単価を750円としたが、高裁は「その計算方法は間違っている」と指摘。

基本給のほか各種手当を含めたものが「通常の賃金」となるとした結果、高裁では「通常の賃金」とともに、残業代計算に用いる時間単価も大幅に増額した。
そして、地裁では約69万円しか認められなかった残業代が、高裁では約330万円にアップした。

最後に

何もしていない時間であっても【労働からの解放が保障されていない場合】は労働時間にあたる。すなわち、給料や残業代を請求できる。
裁判でも「待機時間」や「昼休み中に電話が鳴ったら対応しなければならない時間」などが労働時間であると認められたケースがある。
当たり前のように給料を払っていなかったり、「●●手当」でお茶を濁していたりする会社は数多くあると思うので、疑問を感じた方は弁護士などに相談することをオススメする。


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