また、小泉進次郎農水相は「安価なコメを安定的に供給するには転売対策が重要」として、6月13日の閣議で転売を禁止する政令改正を決定。
「政令で罰則」はなぜ可能? 委任立法の仕組み
日本では、どのような行為が犯罪に該当し、それに対しどのような刑罰が科されるのかについては、あらかじめ法律で明確に定めておく必要がある(憲法31条参照)。なぜ今回、法律の下位規範である「政令」で、犯罪とその刑罰を定めているのか。
それには政令改正の根拠となっている「国民生活安定緊急措置法」の建て付けが関係している。
同法では、生活関連物資の価格・需給の調整を目的に、処罰が可能となる要件のひとつとして以下のように定めている。
〈物価が著しく高騰し又は高騰するおそれがある場合において、生活関連物資等の供給が著しく不足し、かつ、その需給の均衡を回復することが相当の期間極めて困難であることにより、国民生活の安定又は国民経済の円滑な運営に重大な支障が生じ又は生ずるおそれがあると認められるときは、別に法律の定めがある場合を除き、当該生活関連物資等を政令で指定し、政令で、当該生活関連物資等の割当て若しくは配給又は当該生活関連物資等の使用若しくは譲渡若しくは譲受の制限若しくは禁止に関し必要な事項を定めることができる〉(26条)
法律と市場の関係に詳しい杉山大介弁護士は、「このように法律のレベルで処罰可能な状況を定めた上で、その中身を下位規範によって具体化しているという建て付けになると理解しています」と説明。
「こうした法律の委任に基づき、立法府以外の行政機関等が法規を制定する『委任立法』によって犯罪の内容を定めることは、食糧管理法(現・食糧法)や酒税法、国家公務員法などをめぐる判例でも、合憲と評価されてきています」(杉山弁護士)
国は「違法リスク」承知で転売規制に踏み切った?
国民生活安定緊急措置法では、コロナ禍(2020年)にも、今回同様の政令改正によりマスクや消毒用アルコールの転売が規制された。しかし、杉山弁護士は今回のコメの転売規制は「コロナ禍のマスクや消毒用アルコールと異なり、法の要件を満たしてない可能性がある」と指摘し、次のように説明する。
「同法が想定しているのは極端に需給バランスが崩壊するなど“緊急性”がある場合だと考えていましたので、私は、この法を使って現状のコメ転売を規制することに対し、『適法』のお墨付きを与えることはできません」
また、政府も違法になるリスクを「“百も承知”で転売規制に踏み切ったのではないか」と推察。その理由をこう語る。
「裁判所は、具体的な事件の解決に必要でなければ適法か違法かの判断を行いません。つまり、あえて犯罪になると指定された行為をしてみたり、取引の機会を奪われたとして国に損害賠償請求したりする者が出なければ、今回の規制の適法性が判断されることはありません。
高額転売行為を繰り返す人間は、目先の金のためにやっています。あえて犯罪のリスクを負ってまで転売はしないでしょうし、国家賠償で認められる賠償金もあくまで失った利益のみで儲かるわけではありません。
一方で、違法リスクを負ってまで行った転売規制だが「コメ不足や価格高騰に劇的な効果を生み出すことは考えにくい」と杉山弁護士は続ける。
「転売規制は、備蓄米の放出が悪用されないためのごく部分的な措置に過ぎません。
また、備蓄米の放出も、一部の人が比較的安価にコメを入手できたという救済効果は一応あるのでしょうが、選挙が近くなるとよく話題に出る給付金と同じで、いずれも抜本的な解決になっているわけではないように思います」
政府が転売ヤーを許容する理由「一切ない」
転売規制の法的妥当性や効果を冷静に解説する杉山弁護士だが、転売ヤーに対しては厳しい視線を向けている。「物がないところからあるところに物を移動させて利益を得るのは、物へのアクセスの機会を向上させ、社会に効用を生んでいる正当な行為と言えます。一方で、今問題視されているいわゆる“転売ヤー”が行う高額転売は、あえて一部の物の供給者と需要者間の取引の間に割り込み、価格をつり上げようとする行為です。
したがって、私は、転売ヤーの、需要者と供給者の取引の機会を妨げ値段をつり上げようとする、道路に障害物を置いてその通行料を求めるような行為に対する法規制は合憲的に行えると考えています。
消費者や社会全体は、転売ヤーの行為によって損だけを被っており、このような存在を政府が許容する理由は一切ありません」
さらに、SNS上などで広まる「転売行為の規制は独占禁止法に反する」という論調についても、「完全な誤り、寝言」と断言する。
「独占禁止法が販売価格の拘束などを警戒するのは、供給者間の競争がなくなり消費者が高い買い物を強いられることを問題だと考えているためです。
供給者の商品が需要者に届くまでの過程を故意に複雑化させて、値段をつり上げようとする転売ヤーを、独占禁止法が擁護する理由は何一つありません。
現状、転売ヤーの利益、あるいはその利益から手数料を得るプラットフォーマーの行為だけを規制する文言を作るには法技術的な課題があります。とはいえ、憲法や既存の法律に抵触するわけではないと、繰り返し述べておきます」(杉山弁護士)