広島県安芸高田市の藤本悦志市長が16日、市議会の一般質問において、前市長の石丸伸二氏に対し、市が市議のY氏に支払った損害賠償金について「求償」を行う方向で検討していることを明らかにしたと報じられた。
石丸氏が市長在任中、議会での発言やSNSの投稿によって、Y市議の名誉を傷つけたとして市に33万円の賠償を命じる判決が、最高裁で確定したことを受けたもの。

石丸氏は昨年6月に市長を辞職し同月の東京都知事選挙に出馬したが落選。その後「再生の道」を立ち上げ、22日投開票の東京都議会議員選挙に42名の候補者を出馬させたが、獲得議席ゼロに終わっている。
一審判決も、確定した二審判決も、石丸氏の発言内容等が名誉毀損にあたると明確に断じつつ、Y市議から石丸氏個人への損害賠償請求は認めなかった。そして、最高裁もその結論を支持している。にもかかわらず、なぜ、市から石丸氏個人への「求償」は認められるのか。また、市が求償に踏み切る決定を行った背景として、どのような事情が考えられるか。
東京都国分寺市議会議員を3期10年務めた経歴を有し、行政法と地方自治に精通する三葛(みかつら)敦志弁護士に聞いた。

石丸氏“恫喝”訴訟、敗訴判決確定までの経緯

石丸氏は2020年に市議会内でY市議から「議会を敵に回すと政策が通らなくなる」などと恫喝されたと発言し、SNSでも複数回「敵に回すなら政策に反対するぞ、と説得?恫喝?あり」などの投稿を行った。
昨日、定例会後に議会から異例の呼び出しを受けました。居眠り事件について話がある、と。

数名から、議会の批判をするな、選挙前に騒ぐな、事情を補足してやれ、敵に回すなら政策に反対するぞ、と説得?恫喝?あり。

これが普通かどうかわかりませんが、実態なのは確かです。#安芸高田市 #議会
石丸伸二 (@shinji_ishimaru) September 30, 2020
これに対し、Y市議は、名誉毀損で安芸高田市と石丸氏個人の両方に対し、損害賠償を求め訴えを提起した(損害賠償請求の法的根拠は、安芸高田市に対しては国家賠償法1条1項、石丸氏個人に対しては民法709条)。

一審の広島地裁、二審の広島高裁いずれも、石丸氏の発言内容が真実でなく、かつ真実と誤信する相当な理由もなかったとして、名誉毀損の成立を認め、安芸高田市に33万円の損害賠償の支払を命じた。石丸氏個人への請求は認められなかった。
これを受け、石丸氏が「補助参加人」として最高裁に上告受理の申立てを行っていたが(民事訴訟法42条、45条、318条参照)、最高裁は不受理の決定を行い、市に損害賠償の支払いを命じる判決が確定していた。

石丸氏個人への責任追及が認められなかった理由

本件訴訟では、上述したように、市の損害賠償責任が認められた一方、石丸氏個人の損害賠償責任は否定された。
石丸氏がY市議に対する名誉毀損発言、つまり不法行為をはたらいたと明確に認定されているにもかかわらず、個人責任が否定された理由は何か。
三葛弁護士は、国家賠償法のしくみ上、そもそも公務員個人の責任を直接問うことができないことを指摘する。
国家賠償法1条1項の条文は以下の通り。
「国または公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国または公共団体が、これを賠償する責に任ずる」
三葛弁護士:「判例は、国家賠償法1条は、行政主体(国、地方公共団体)にのみ損害賠償責任を負わせる趣旨だと解し、公務員個人の損害賠償責任を否定しています(最高裁昭和30年4月19日判決参照)。
これは、公務員に萎縮効果を与えるのを防ぐためです。例外は認められません。
なぜなら、目新しい政策、賛否が分かれる政策を実行しようというときに、個人の賠償責任を追及されるリスクを負うとなると、思い切った判断が困難になります。
また、議会制民主主義の下では、選挙の結果等を受けて政策に関する『風向き』が大きく変わり、それまでは良しとされていた政策が一転して否定される可能性もあります。その場合に公務員が個人責任を追及されるのでは、非常に酷なことになります。

なお、判例のルールには、不法行為を行った公務員が誰なのか特定できなくても行政主体の責任を追及できるというメリットもあります」

求償権行使の要件「重過失」が認められる可能性は?

ここで一つ問題が生じる。個人に対し直接法的責任を追及することが認められないとすれば、たとえば、首長等が明らかに違法・不当な行為をあえて行ったような場合には、不合理な結果を招く。
そこで、国家賠償法は、「公務員に故意または重大な過失があつたときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する」と規定している(国家賠償法1条2項参照)。
本件でも、安芸高田市は、石丸氏に「故意または重大な過失」があれば、同氏に対し「求償」を行うことができる。
では、「故意または重大な過失」を基礎づける事実があるといえるか。
三葛弁護士:「『重大な過失』が認められる可能性は十分に考えられます。
過失の有無、過失があった場合の軽重は、一般人を基準に判断されます。
本件では、Y市議が『恫喝発言』を行ったと主張しているのは石丸氏のみで、その場に同席していた他の人は認めていません。また、その他に『恫喝発言』があったことの証拠も示されていません。
このことからすれば、石丸氏は、実際にはなかったY市議の『恫喝発言』があったと『誤信』したことになります。かつ、一般人を基準とすれば、Y市議が『恫喝発言』を行ったと誤信する余地が乏しい状況だったといわざるを得ません。
したがって、誤信に基づいてY市議に対する名誉毀損にあたる発言や投稿を行ったことにつき、重過失が認められる余地は十分にあると考えられます」

SNSへの投稿であることも「重過失の根拠」に

加えて、三葛弁護士は、石丸氏がSNSへの投稿を行っていることも、重過失の根拠になり得ると指摘する。
三葛弁護士:「SNSに投稿する文面を考えるにあたり、自分が事実の認識を誤っている可能性、名誉毀損にあたるリスクなど、十分に吟味する時間があったといえます。
事前にスタッフに相談することは可能だし、場合によっては弁護士に相談することもできたはずです。
また、そのような慎重を期したSNSの運用を行っている政治家もいます。
したがって、それらを行うことなく投稿した場合、重過失を認定する要素となり得ます」

安芸高田市が求償権行使に踏み切る「背景」は?

とはいえ、行政主体が個人に対する求償権の行使を怠る可能性も考えられる。たとえば、後任者が前任者に対する遠慮や忖度(そんたく)をすることがあり得る。あるいは、「相手にするのが面倒なのでもう関わり合いになりたくない」という考慮から、求償権の行使を差し控えることもあるのではないか。
弁護士JPニュース編集部では、4月23日の判決確定直後、安芸高田市に対し、石丸氏への求償権行使の意向の有無を問い合わせ、5月1日、「求償に関しまして、現在弁護士と協議・検討しているところです」との回答を得ていた。
それから約1か月半が経過しており、慎重な検討の結果、求償権の行使の方向性が定められたものと想定される。
本件では、市がY市議に支払った賠償額は33万円とこれに対する利息であり、石丸氏に対し求償権を行使し訴訟になった場合、「費用倒れ」になる可能性も考えられる。また、相手方である石丸氏が、一時「時の人」になっていたことから、必要以上に注目を集めることを避けるという判断も考えられたはずである。
にもかかわらず、安芸高田市が石丸氏に対する求償権の行使に踏み切った背景として、どのような事情が考えられるか。
三葛弁護士:「求償権を行使しなかった場合、その『不作為』が市長ないし執行部の責任問題となり、市民から住民監査請求(地方自治法242条)・住民訴訟(同242条の2)が行われる可能性も十分に考えられます。
また、今回の東京都議会議員選挙の結果に顕著に現れているように、石丸氏の人気や注目度、社会的影響力がかつてと比べて低下してきていることも否定できません。
そのあたりのことを総合的に考慮してのことと考えられます」


編集部おすすめ