
厚労省は昨年4月、医療の質・安全の確保などを目的とした新たな制度「医師の働き方改革」を施行した。
同日都内で会見に臨んだ全国医師ユニオンの植山直人代表、日本医労連の森田進副委員長は過酷な状況の下で働く医師の実情を訴えるとともに、そうした状況が招きかねない医療過誤への“懸念”を示した。(ライター・榎園哲哉)
過労死ライン約2倍の時間外・休日労働
医師の働き方改革では、制度の一つとして時間外・休日労働の上限規制が設けられた。一般病院(A水準医療機関)で働く医師の労働時間上限は960時間とされたが、救急医療等を行うB水準の医療機関と臨床・専門研修、高度技能の習得研修を行うC水準の医療機関では1860時間とされた。
1860時間は、月に20日勤務した場合、1日平均約8時間の残業を許容することとなり、同約4時間以上とされる「過労死ライン」の2倍となっている。
医師らはなぜこのような長時間労働を行わなければならないのか。全国医師ユニオンの植山代表は主な要因を、「不適切な『宿日直許可』(夜間にわたり宿泊を要するものは宿直、昼間であれば日直)が労働基準監督署によって乱発されていること」とした。
厚労省は宿日直許可の条件として「夜間に十分な睡眠がとり得る」状況にあることを通達しているが、重症患者を24時間365日体制で受け入れる二次救急、三次救急の医療機関で働く医師らにも宿日直許可が出されているという。
「(二次・三次救急の医療機関では)十分な睡眠をとるどころか、夕食時間10分、朝食時間5分のところもあり、常に戦闘状態で働いているようなものだ。
待機の時間があったとしても、急に命にかかわる症状の人が運ばれてきたり、重症者が病院内で急変したりすることも多くあり、拘束時間は大変な緊張を要する。また、そうした緊急時には非常に高度な技術を要する対応をしなければならない。
厚労省通達および労基署による許可は、全く現実と乖離(かいり)している」(植山代表)
さらに、宿日直勤務について、植山代表は労働事件の判例である「大星ビル管理事件(割増賃金請求事件)」最高裁判決にも反しているのではないかと訴えた。
この判決では、ビル管理会社の従業員が従事する泊まり勤務の間に設定されている連続7時間ないし9時間の仮眠時間が労働基準法上の労働時間に当たるとされた(※)。
※「(当該事件の)上告人らの職務は、もともと仮眠時間中も、必要に応じて、突発作業、継続作業、予定作業に従事することが想定され、警報を聞き漏らすことは許されず、警報があったときには何らかの対応をしなければならないものであるから、何事もなければ眠っていることができる時間帯といっても、労働からの解放が保障された休憩時間であるということは到底できず、本件仮眠時間は実作業のない時間も含め、全体として被上告人の指揮命令下にある労働時間というべきである」(最高裁平成14年(2002年)2月28日判決)
「勤務間インターバルでも労働から解放されない」
勤務・拘束の長時間化には「勤務間インターバル」、救急の呼び出しに備えて自宅等で待機しておく「オンコール勤務」も拍車をかけているという。厚労省は医師の勤務間インターバルについて、始業から24時間以内に9時間の連続した休息時間を確保するよう推奨している(※通常の日勤および宿日直許可のある宿日直に従事させる場合)。
しかしその一方で、宿日直許可のある宿日直に連続して9時間以上従事する場合、9時間のインターバルの時間が確保されたとみなされる。これについて植山代表は、「労働からの解放が保障されていない」と訴える。
厚生労働省「医師の勤務間インターバルと代償休息について」
欧州では、労働者の勤務間インターバルは11時間とることを使用者に義務づけている。「欧州と比べ勤務間インターバルが短いことが問題だが、せめてこの9時間は、労働者の自由な時間であるべきだ」(植山代表)
過重労働がもたらしかねない深刻な“懸念”
また、会見では、医師の長時間労働等による過重労働がもたらしかねない“懸念”も指摘された。それは患者への影響もある、医療ミスの惹起、医療安全の低下だ。
全国医師ユニオンなどが2022年に全国の医師らに行った「勤務医労働実態調査」(有効回答数:7558人)では、「医師の長時間労働は医療過誤の原因に関係していると思いますか」の問いに、8割以上が「関係している」(「大いに関係している」37.4%、「ある程度関係している」45.9%)と回答した。

医師の8割が「長時間労働による医療過誤」を懸念(勤務医労働実態調査より)
高齢化などに伴い、医療の需要が高まっているのに対し、医師数が不足している日本の医療界。植山代表によると、人口の割合による日本の医師数は、OECD(経済協力開発機構、先進国38か国が加盟)各国と比べて3割ほど少ないという(2022年時点で約34万人)。
「医師数が不足している問題をしっかり解決しないと、過重労働、医療安全の問題は解決されない。医師数を増やすためには、医学部の学生数(枠・定員)を増やすことが求められる」(植山代表)
一方、会見では、ある大学グループの調査から、研修医の3割がうつ状態になっていることも明かされた。
国民の命と健康を支える医師の命と健康のために、全国医師ユニオンと日本医労連は、厚労相に①医師の増員を速やかに行うこと、②医療機関が医療労働者に適切な人件費を払えるよう、人件費を重視した診療報酬の改定を行うこと、など計20項目を要望している。
■榎園哲哉
1965年鹿児島県鹿児島市生まれ。私立大学を中退後、中央大学法学部通信教育課程を6年かけ卒業。東京タイムズ社、鹿児島新報社東京支社などでの勤務を経てフリーランスの編集記者・ライターとして独立。防衛ホーム新聞社(自衛隊専門紙発行)などで執筆、武道経験を生かし士道をテーマにした著書刊行も進めている。