死刑制度に関しては賛否両方の議論が存在するが、賛成する主張では「抑止力」が理由として挙げられることも多い。
一方、昨年11月、死刑制度のあり方を議論してきた民間の有識者懇話会では、「死刑に犯罪抑止力がある」とする考えには「科学的な証明はない」と言及された。
はたして、死刑の抑止力の有無を証明する方法はあるのだろうか。今回は、法学者の丸山泰弘教授の著書『死刑について私たちが知っておくべきこと』(2025年、ちくまプリマー新書)から、死刑を廃止した諸外国の事例を通じ検討した箇所を、抜粋して紹介する。
抑止力を測定する方法とは?
死刑に「抑止力がある」のか「抑止力はない(または証明されていない)」のかについて、少し検討をしておきたいと思います。もちろん、仮に抑止力があると判明したからといって、人権上の問題やその他の問題から死刑を維持してはならないという論点もあるでしょう。例えば、少数の人権侵害だから少数民族の人権が蔑(ないがし)ろにされていいということにはならないのと同じことです。
ただし、ここでは「抑止力」に限って議論を考えてみたいと思います。
本当は、10年から50年など中長期間にわたって試験的に死刑を廃止してみて、実際にどの程度凶悪な犯罪が増減するのかを検討することができれば、抑止力の効果測定が可能かもしれません。
しかし、そういった大規模な社会実験が困難な場合もあるのだろうと考えられます。
そういった大規模な社会的実験が行えないとしても、法改正によって死刑を廃止した地域や国、または10年以上の執行がない事実上の廃止州や事実上の廃止国において、その廃止や停止の前後で凶悪犯罪がどのように変動したのか、同規模の地域や国で死刑が存置されている、または廃止されている箇所を比較して凶悪犯罪の発生率はどのように異なるのかについては調査が可能かもしれません。
フィリピンでは死刑廃止後に殺人事件が減少
例えば、その参考のひとつとなる研究をしたのが、日本の検察研究や死刑研究で著名なハワイ大学のデイヴィッド・ジョンソンとUCバークレーのフランクリン・ジムリングです。ジョンソンらの研究では、スペイン植民地時代やアメリカ植民地時代、フェルディナンド・マルコスの政権時代、フィデル・ラモス政権時代など、その時々の政権の状態や諸国からの統治下にあるかないかで激しく変化するフィリピンの死刑判決、そして死刑執行を検討しています。
フィリピンでは、この150年ほどの間で死刑が廃止され、復活し、再度廃止されるという歴史を繰り返しています。
1987年に死刑が廃止されましたが、殺人事件が大幅に増加するといったことはありませんでした。一方で、その後も死刑の復活を求める声が多く、1993年に復活した時には民衆の声に応えるように死刑ラッシュが起こり、死刑判決事件の約40%は殺人を伴わない事件であったとジョンソンは指摘しています。
のちに、その混乱期に出た死刑判決を再審査すべく新死刑立法が行われ、1500件以上の事件について審査を行い、そのうち270件のみが死刑判決を維持しています。そして、2006年には再び死刑廃止がなされました。
ジョンソンらの研究が示したのは、フィリピンにおいては死刑が存置されている時でも殺人は増加するし、死刑が廃止されていても殺人などの事件が減少するということは起きるということです。
死刑があるかないかというよりは、その時のペナル・ポピュリズム(※)の変化や政治体制によって大きく影響が出るということでした。
(※)犯罪学や刑事政策を学んだ専門家の意見ではなく、政治家や市民の訴えによって厳罰化が進むこと。
韓国や台湾でも死刑廃止後に殺人が減った
アジアにおけるジョンソンらの比較研究はフィリピンだけに留まりません。本研究では韓国や台湾での動向についても検討しています。このどちらにも類似している点として、民主化の開始後に死刑判決と死刑執行数が減少したこと、検察官による死刑求刑に対しても裁判所が死刑判決を出しにくくなっていること、上級審において下級審の死刑判決を破棄しやすくなっていること、そしてどちらも死刑制度に対する世論の支持が根強いにも関わらず指導者らは死刑制度を廃止に向けて動き出しているという点などが指摘されています。
そして気になる殺人発生率については、国連薬物犯罪事務所(UNODC)のデータをもとに韓国を見てみると、死刑の事実上の廃止を行った1997年以降は10万人あたり0.6件から0.9件を推移しており、一番上昇した2009年には1.1件となったもののその後減少し始め、2019年以降は0.5件台となり、2022年は0.53件となっています。
つまり、事実上の廃止をしていても殺人の発生率は減少しています。
もちろん、これらの国を見ただけで全体は語ることができません。さらに、抑止力があるとするにしてもないとするにしても、まだまだ不十分な調査と言えるかもしれません。
ただ、想像で「抑止力がある」または「抑止力はない」というだけでなく、上述のように大規模な社会実験ができない以上、これら廃止した国や事実上の廃止国などの挑戦の前後を比較していくのは大事なことではないでしょうか。