
大阪を拠点とする石本裕武(ひろむ)選手(24)は関西大学法学部(法学政治学科)に在籍中。
石本選手が学業との両立を目指した理由や、法学部での学びが競技生活の中でどう活用されているのかなどを聞いた。(松田隆)
大学生で2000万円以上の収入
取材に訪れた6月15日、石本選手はボートレース多摩川(東京都府中市)の第3レースに出走、好スタートから先行する1号艇を差して1着となった。日本モーターボート競走会によると同選手の2024年の獲得賞金は2376万円余、今年はそれを上回るペースで実績を積み重ねている。
私生活では関西大学法学部・法学政治学科に在籍する現役の大学生。
難関とされる大学に在籍しながら年間2000万円超の賞金を手にしているのは、今風に言えば「二刀流」か。
ボートレーサーは法律を理解することが求められる
レースを終えて引き上げる石本選手(撮影・松田隆)
公営競技の選手が法学部で学ぶことには、実務との親和性も見いだせるかもしれない。
ボートレースのほか、競馬、競輪、オートレースなど公営競技はギャンブルにあたる。ギャンブルは本来、法律で禁じられており、賭ける側も開帳する側も賭博罪等(刑法185条~196条)で処罰されるはず。しかし、特別法で規律されていることにより、合法と扱われる。
ボートレースはモーターボート競走法(昭和26年法律第242号)により規律され、監督省庁は国土交通省。競馬は競馬法(昭和23年法律第158号)により規律され、監督省庁は農水省。
公営競技の主催者は地方自治体や特殊法人(JRA=日本中央競馬会)であり、収益は公共に還元されることも合わせて考えると、公営競技は行政が主体となって行う、「収益事業型の行政活動」と言える。
プロ野球(NPB)やサッカー(Jリーグ)などは運営主体が民間法人とリーグ組織のため根拠法令となる特別法はなく、監督省庁も存在しない。
したがって、公営競技の選手には野球やサッカーの選手以上に、「公益に資すること」への意識や法令への知識が求められる、と言えるかもしれない。
実際にボートレーサー養成所(福岡県柳川市)では、モーターボート競走法はもちろん、モーターボート競走法施行令、モーターボート競走法施行規則など、関連する法令を学ぶカリキュラムが組まれている。
養成所に入所した段階で関大法学部3年であった石本選手は「そういった法令の部分などは、頭に入ってきやすかったです」と話す。
舟券購入が賭博罪にならないロジック
ボートレースでは舟券が発売される。ファンの多くは舟券を買う時に特に法令を意識することはないと思われるが、そもそも舟券を買う行為はギャンブル=賭博であり、賭博は法律で禁じられている(刑法185条、186条)。
賭博罪を犯した場合は50万円以下の罰金又は科料に処せられ(同185条)、それが常習的に行われていた場合には3年以下の拘禁刑に処せられる(同186条1項)。賭博場を開帳した者は3月以上5年以下の拘禁刑となる(同2項)。
しかし、実際には一般のファンが舟券を毎日のように買っても(常習)賭博罪に問われることはなく、ボートレースを開催する主催者(地方自治体)が賭博開帳等図利(とり)罪に問われることもない。
このあたりの法的な仕組みについて、石本選手は「舟券の購入」という行為を取り上げ、以下のように説明する。
「賭博は偶然の事情に関して財物や金品を賭け、勝敗を争うことを言います。舟券の購入を申し込んで、お金を渡す行為は賭博罪の構成要件(※)に該当するでしょう。
しかし、モーターボート競走法という特別法によって舟券の発売は認められ(同法10条)、禁じられた人以外は購入できるため(同11条、12条)、違法性が阻却される(刑法35条=法令行為)と思います」
※刑法が処罰対象とする「違法で有責な行為」の類型
石本選手が法令の正確な理解をふまえたうえで競走に臨んでいるとすれば、それは自己の行為に対する法的な正当性を確信していることに他ならず、自らの職務に対する矜持を見出す根拠ともなり得る。
グランプリを観戦「選手になりたい」

ターンマークを先頭で回る石本選手(撮影・松田隆)
石本選手は関西大学第一中学、同高校から内部進学で法学部法学政治学科に進んだ。
商学部とどちらにするか迷ったが、担任の先生から「性格的に法学部の方が向いている」と言われたのに加え、自身も「暗記科目が結構好きだったので」法学部進学を決めたという(同学部は「法学政治学科」の単一学科)。
大学では憲法や行政法などの公法系の科目に興味を持ち、勉学に励む傍らテニスサークルで日々、汗を流すごく普通の大学生であった。
運命が変わったのが、2019年12月22日。友人から「ボートレースを見にいこう」と誘われ、最も格が高く注目度も一番のSGグランプリ(ボートレース住之江)を観戦。石野貴之選手が優勝する姿を見て感動し、自身も選手になりたいと思うようになった。
「レースを見て、家に帰ったら『どうやったら選手になれるんやろう』と思ってネットで調べました。
目が良くないとダメなので(養成所の応募資格は両目とも裸眼で視力0.8以上)、レーシック(角膜を削ることで視力を回復させる屈折矯正手術)を受けました。また、体力テストに備えてトレーニングを始めました」
養成所の試験は年に2度あり、3度目の受験で合格。2021年秋に入所したことに伴い、大学は休学した。養成所で1年間過ごし、2022年11月にデビューを果たす。
大学は2022年後期に復学、3年の前期までに単位取得は順調に進んでいたことから、卒業に必要な単位数は40程度であった。大学を辞めて競技に専念する考えもあったが「とりあえず復学して両立が無理だったら辞めてもいいかな」(石本選手)と考えることにした。
2024年1月30日、ルーキーシリーズ第2戦「スカパー・JLC杯競走(ボートレース住之江)」で初優勝を飾る。
「この時は大学の定期試験のため直前にレースを2週間ほど休んでいました。その間、練習もできませんでした。テストが終わってすぐにこのレースに出たのですが、テストができた達成感と、初めて優勝できた達成感で、すごく嬉しかったのを覚えています」
レースの合間に授業に出たり、オンライン授業を取ったりすることで順調に単位を取得。法律系の科目は全てクリアし、残るは語学(英語)の1単位だけとなった。
その授業はTOEICでスコア570(英検2級~準1級レベルに相当)を取れば単位が認められるため、今は自宅での勉強だけでなく、英語の塾に通って英語力を磨いている。2025年度の前期は再び休学し、後期に復学して最後の授業の1単位を取得して2026年3月の卒業を目指している。
ボートレースのルール解釈と「判例」の共通点
ボートレーサーになってから、学ぶ意識にも変化が現れた。「選手になる前は、単位を取るだけのために勉強していました。選手になってからは社会人ですから、『こういうことは法律で禁じられているから、巻き込まれない方がいい』という感じで、自分のケースとして当てはめて考えるようになりました」
最近、スポーツ選手や芸能人がオンラインカジノを違法と思わずに利用して、法的責任を問われる事態が発生した。この件については「(オンラインカジノは)やってはダメと分かっていました」という。
前述の舟券の発売と賭博との間の法的ロジックを理解している石本選手にとって、オンラインカジノは「違法性が阻却されない=賭博罪が成立する」と気付くのは容易。
「自分が気にかけていないで法律に違反してしまうということはあるのかもしれませんが、法学部で勉強してきたことで、僕の場合はそういうものが少ないのかなと思います」と、学んだ恩恵を口にする。
また、法学部での学びを通じて、ボートレースの世界全体について考えられるようになった点も実感している。
「ボートレースには選手会と施行者(レースを主催する地方自治体)、日本モーターボート競走会(選手の登録、レース統括等)と3つの団体がありますが、施行者には施行者の立場がありますし、競走会には競走会の立場があります。
自分が選手だからといって選手会だけの立場で考えるのではなく、相手の立場に立ち、俯瞰(ふかん)して物事を考えることが大事です」
そもそも法律学とは「利益衡量」を扱い、関係者のそれぞれがどのような利益を実現しようとしているのか、利益が対立した場合にどこでバランスをとるのが妥当なのかを考える学問でもある。
石本選手も「権利と義務の両面を考えるのは法律にはよくある考え方で、そういう点も法学部で学んでよかったと思える部分です」と語る。
また、競技のルールの解釈と法学部の学びにも一定の共通性を感じているという。
たとえばモーターボート競走競技規程17条に「モーターボートは、スタート後ゴールインするまでの間、他のモーターボートに接触又は極度に接近してはならない」とあるが、「極度に」とは、どの程度なのか、一般ファンはもちろん選手でも判断は容易ではない。
ボートレースのコースは、船ごとに区切られているわけではない。しかも風や波があるため、ボート同士の接触はもちろん、接近することもある。
競技規程17条における「極度に接近」という文言について、石本選手は以下のように説明する。
「明らかにアウトの事例があって、その周辺はグレーゾーンです。しかも人間がレースをして人間が審判をしているので、一概にこうと決め切ってしまうことはできないでしょう。
事例は1つ1つ異なるので、そこでの判断を積み重ねて、審判と選手の間で意識が共有できるようになっている感じです」
法律の世界でも判例の積み重ねで一種の規範が立てられ、「これが限界事例」とされる判例も存在する。
具体的な事例に即して白か黒かを決めるのが裁判官や審判員の役割であり、そのことを通じてグレーな部分を極力狭くする努力という点では、法律とボートレースのルールは似ているのかもしれない。
「規範」として見てもらえるように

レース後のインタビューに答える石本選手(撮影・松田隆)
大学での勉強を続けながら選手としての実績を重ね、7月1日からは選手のクラスとして最上位のA1級に昇級することが決まった。
最大の目標をSGグランプリ制覇に置く以上、まずはA1級に在籍して格の高いレースに多く出場し、実績を積み重ねる必要がある。
現在、ボートレーサーは1600人程度で、A1級はその約20%。グランプリに出場できるのはわずかに18人。さらに、優勝戦に出場できるのは6人しかいない。
「G1やSGに出ていかないとグランプリに出るのは厳しいので、来年(2026年)はA1級に定着し、再来年(2027年)には27歳でグランプリに出て、30歳までに優勝できたら理想的かなと思います」と、石本選手は目標を語る。
もっとも、高い技術を身につけることだけを目指しているわけではない。人としてあるべき姿も、同時に追求していきたいという。
「他の選手から見て、レースだけでなく日常生活でも規範にされるような選手になれれば…と思っています。
これから後輩が少しずつ出てきますが、自分が上の世代になった時に、後輩から規範として見てもらえるような存在になれば、法学部で学んだことが少しは活用できたことになるのかなと思います。そうなれるように、自分も、学んだことを伝えていきたいです」
モーターボート競走法の趣旨は「船舶や海難防止事業、観光、体育事業その他の公益の増進を目的とする事業の振興に資すること、地方財政の改善を図ること」である(同法1条)。
そうした気高い理念の下に行われるからこそ、本来、賭博として禁じられる行為の違法性が阻却されて特別に実施を許されているとも言えるのかもしれない。
公に資する思いは主催者や関連団体だけではなく、現場の選手も同様に有していなければならないはず。
自らの競走にファンの貴重な金員が賭けられている重みを理解し、その金員が最終的には公益にかなう形で公共的な意義をもって用いられることを理解していなければ、どんなに技量の優れた選手でも、「賭場のサイコロ」と同様に思われても仕方がない。
根拠法令の趣旨をわきまえたうえで選手としての高みを目指すことに、“水上の法学士”の存在意義がある。
■ 松田隆
1961年埼玉県生まれ。青山学院大学大学院法務研究科卒業。日刊スポーツ新聞社に約30年在職し、退職後にフリーランスとして活動を始める。2017年に自サイト「令和電子瓦版」を開設した。現在は生殖補助医療を中心とした生命倫理と法の周辺、メディアのあり方、冤罪と思われる事件の解明などに力を入れて取材、出稿を続けている。