気象庁は6月24日、7月から9月までの3か月予報を発表。今年の夏も全国的に高温となる見通しで、熱中症を防ぐため、水分補給など十分な対策を講じる必要がある。

厚労省の資料によると、職場における熱中症による死傷者数は2021年以降右肩上がりとなっており、特に昨年は1257人と統計を開始した2005年以降で最多となった。
こうした状況を受け、政府は今年6月1日から労働安全衛生規則を改正し、一定条件下での熱中症対策を義務化。
違反企業には「6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金」という重い罰則を設けた。

企業に課された「3つの熱中症対策」とは

改正労働安全衛生規則は、熱中症リスクの高まる「WBGT(暑さ指数)28度または気温31度以上の作業環境で、継続して1時間以上または1日4時間を超える作業」について、企業に具体的な熱中症対策の実施を義務付ける。
対象となる作業は幅広く、屋外の建設工事や道路工事、警備業務はもちろん、屋内の作業であっても、高温設備のある工場や、倉庫でのピッキング作業等が該当すると考えられる。
では実際に、企業はどのような熱中症対策を講じる必要があるのだろうか。労働問題に詳しい雨宮知希弁護士によると、企業が取るべき具体的な対応は大きく3つに分けられるという。
第一は、作業場所のWBGTを1日3回以上測定・記録し、「熱中症の自覚症状がある労働者」や「熱中症のおそれがある労働者を見つけた者」がその旨を報告できる体制作りだ。
具体的には、定期的な作業現場の循環、複数人体制での作業体制整備、現場からの定期連絡が考えられるという。
第二は熱中症を発症した労働者が発見・報告された場合に、重篤(じゅうとく)化を防ぐべく現場で必要な措置を講じること。
発熱や倦怠(けんたい)などの症状がある者には作業を控えさせたり、身体を冷却させたり、必要に応じて医療機関への搬送(医師の診察または処置を受けさせる)が必要となる。
第三は熱中症を未然に防ぐための教育・周知の徹底だ。
労働者に対して熱中症予防教育を行い、朝礼やミーティング、社内メール、社内掲示板などを活用し、熱中症対策の周知に努めることが重要となる。

「また、そもそも熱中症を未然に防ぐという意味で、冷房や送風機の設置、遮熱シートの設置などで暑熱負荷を下げる対策も大切になります。
同様に、気温が高い時間帯を避けた作業時間の設定や、十分な休憩時間の確保、冷房・冷水のある休憩所の設置、労働者が自由に水分を摂取できる環境の整備、塩分補給の促進も有用です」(雨宮弁護士)

職場で熱中症に…労働者が企業を訴えることはできる?

では、もし、企業が先述した熱中症対策を怠り、労働者に被害が生じた場合、労働者はどのような法的手段を取ることができるのだろうか。
「そのような場合、まず、労働者が会社に損害賠償を請求することが考えられます。
そして、損害賠償を請求するには、会社の『安全配慮義務違反』を立証するための証拠が必要となります。
具体的には、WBGTの未測定、冷房設備の未設置、休憩や水分補給の指示がなかったことを証明する業務日誌、上司の指示メール、作業手順書などが重要な証拠となるでしょう。
加えて、医師の診断書、救急搬送記録、入院・治療なども、労働者が被った損害を証明するために必要となります。
そのうえで、作業中の体調変化や同僚の証言、作業条件の記録を残しておくことで、被害が作業内容や職場の暑熱環境によるものだと証明できると考えます」(雨宮弁護士)
実際、熱中症対策の義務化以前にも、職場での熱中症被害について上司や会社の責任を認めた裁判例がある。
福岡高裁は2025年2月18日、2013年に、サウジアラビアで船の補修作業をしていた男性従業員が死亡した事件の控訴審で、男性の死を熱中症によるものと認定した一審判決を支持。
「会社側は、熱中症の一般的知見を踏まえ、防止する措置を取る義務を負う」と判断し、約4800万円の損害賠償を認めた。
また、2010年に、高温作業中に体調不良を訴えた従業員が放置されて死に至った事件でも、裁判所は上司および会社側には「従業員の異変認知後に休憩や水分補給を取らせたり、救急車を呼ぶ等の措置を取る義務」があったと判断。
安全配慮義務違反が認定され、会社の使用者責任も認められた(大阪高裁 2016年1月21日判決)。
さらに、損害賠償請求以外にも労災申請や刑事告発、労働基準監督署への申告が法的措置として考えられるという。
「熱中症が業務上災害と認められれば、災害保険で治療費や休業補償が給付されます。

明らかに危険性を認識していたのに、会社側が適切な対応を取らなかった場合には、業務上過失致傷罪で刑事責任を問える可能性もあるでしょう。
また、労働者が労働基準監督署に申告することで、企業への是正勧告や調査が実施される場合もあります」(雨宮弁護士)

オフィスワークは“義務化”対象外だが…

屋内でのデスクワークなど、一般的なオフィスワークの多くは、今回の規則改正による熱中症対策の義務化対象から外れている。
では、何らかの理由でオフィス内で熱中症になり、体調不良や死に至った場合、会社や上司の責任を問うことはできるのだろうか。
雨宮弁護士は「オフィスワークであっても、会社には『安全配慮義務』があるため、損害賠償請求が認められるケースもありうる」として、3つの例を挙げた。
「たとえば、万が一オフィスの空調設備が故障していたのにもかかわらず、それを放置し、労働者に健康被害が発生した場合、『労働者の健康被害を予見できたにもかかわらず放置した』と評価され、安全配慮義務違反が認められる可能性があります。
また、何らかの理由で、労働者の体調悪化の可能性を知っていながら、上司や会社が意図的に空調を切った、という場合には上司・会社の故意または重大な過失による安全配慮義務違反が認められます。冷房を切った本人に責任が発生することもありえるでしょう。
さらに、労働者から暑さ・体調不良の申告があったのにもかかわらず、適切な対応をしなかった場合も、上司や会社には安全配慮義務違反があるといえます」(雨宮弁護士)
冒頭で述べたように、今年の夏も厳しい暑さが見込まれる。労使双方が熱中症対策を意識し、徹底する必要があることは言うまでもない。


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