竹澤さんはかつて、職を転々とし、ギャンブルにはまり、5年間で3度服役。
タイでは違法薬物が比較的容易に入手できる一方、タイ政府は違法薬物犯罪を厳しく取り締まっており、その結果、竹澤さんはタイでヤーバー1250錠の密輸容疑で逮捕され、一審でまさかの「死刑」を求刑されてしまう。
近年、「大麻」「覚醒剤」などの薬物事犯が若年層を中心に広がりを見せている。また、高収入をうたう「闇バイト」から、薬物などの密輸に手を染めてしまう事例も発生している。
だが、竹澤さんは「(ドラッグに)手を出せば待っているのは地獄だ」と語る。本連載では警鐘を鳴らす意味も込め、竹澤さんが収容された、タイの「凶悪犯専用刑務所」での出来事などを紹介。
裁判の結果、終身刑となり、死刑囚や長期刑囚の集まるバンクワン刑務所に収容された竹澤さん。第7回では竹澤さんが体験した塀の中の経済事情について取り上げる。
※ この記事は竹澤恒男氏の書籍『タイで死刑を求刑されました』(彩図社)より一部抜粋・構成。
ライター高騰で貴重な「副収入」獲得
刑務所の中では、ちょっとした出来事で激しいインフレが発生した。たとえば2012年5月に、タイ全土の刑務所で手入れが行われたことがあった。
その結果、各地の刑務所で麻薬や携帯電話の所持が発覚。バンクワンは舎房内のチェックしか行われなかったが、一時的にライターが入りにくくなった。
ライターは刑務官がお小遣いとして囚人にあげることがあった。なかには刑務官が小遣い欲しさに売らせていることもあり、バンクワン刑務所ではそれなりに流通していた。私はそれを50バーツ(編注:当時は1バーツ約3円)で買い取り、80バーツ程度で売っていた(編注:当時のバンクワン刑務所では現金の使用が黙認されていた一方、なんでも自腹で購入する必要があったといい、竹澤さんも生活費を稼ぐため、タバコのバラ売りなどの商売を手がけていた)。
が、ライターは覚せい剤やヘロインを炙っての吸引に使われるほか、ガスそのものを吸引(日本ではガスパンなどと呼ばれる)したり、ヘロイン溶液とガスを入れ替えて持ち込むなどといった事案が発生。
刑務所側が警戒して、所持を厳しく取り締まるようになった。それにより、ライターの価格が一気に高騰。刑務所の外では1個12バーツ程度のものに、中では300バーツという高値がつけられることになった。
このタイミングを逃すまいと思ったのか、私のもとにはライターを売りに囚人が何人もやってきた。ライターは200バーツで買い取り、250~300バーツで売りさばいた。私にとっても、実に貴重な副収入になった。
頻繁に行われるルール変更の度に、物価が大きく変動
このライターの持ち込み制限は、面会の差し入れにも飛び火した。それまで面会では、スーパーや市場で買ってきた果物やパック入りのおかず、透明なビニール袋に移し替えれば市販の菓子など、たいていのものは差し入れすることができた。しかし、この騒動でそれらが全面的に禁止になってしまったのだ。所内ではびこっている麻薬の流入を防ぐというのが理由のようだが、刑務所が運営する差し入れ屋の菓子や果物、おかず類の差し入れまで禁止するという不思議な状態で、その間、囚人たちは所内の売店で高い果物(ライチ1キロ100バーツ、リンゴ1個25バーツ)や、高い菓子を買わされることになった。
規制後も差し入れ屋からはコーラなどの清涼飲料水、インスタント麺、インスタントコーヒー類に日用品、タバコなどを差し入れることができたが、タバコは一度に10カートンまで差し入れできたのが2カートンにまで制限されてしまった。
売店ではタバコが品薄となり、一時は差し入れで1カートン580バーツで買えるタバコが一箱90バーツにまで値上がりし、私もタバコの仕入れに苦労するようになった。
この差し入れ制限はやがて撤回されたが、似たようなルールの変更は事前の連絡なしに頻繁にあった。その度に商品が枯渇し、物価が大きく変わったので、商売をする側としては決してラクではなかった。
売店が囚人の商売を妨害することも
バンクワン刑務所には、囚人が経営する売店があった。売店はしっかりとした店舗を持っており、店内には商品の陳列棚まであった。この売店は各ビルディングに1軒ずつある。2番ビルディングのオーナーは中華系タイ人の中年男性で、比較的規模が大きく、従業員(すべて囚人)を3名も使っていた。
売店の経営権は金銭で売り買いされており、相場は50万バーツとも聞いた。経営者が出所する際などに譲渡されるらしい。他のビルには刑務官が密かにオーナーを務める売店もあるという。
売店は独占業務であるので、商売をしていると妨害を受けることがあった。
たとえば、ケーキを売っていたある囚人の場合、突然ビルディングの看守長に呼び出され、商売を続けるならばケーキ1個につき売店に1バーツ払うように、と命令された。私も売店のオーナーから直々にタバコの1箱売りをやめるように警告されたことがある。売店と同じものを売ってはいけない、ということなのだろう。
このオーナーとは、タバコが入ってきづらいときに互いに融通し合うなど、悪くない関係を築いていた。私は警告後も変わらずタバコの1箱売りを続けていたが、とくに大きな問題にはならなかった。オーナーとしては、他の者の目もあるので一応注意したというところだったのかもしれない。
手入れに遭った囚人、現金押収され訴訟も…
そのように得体の知れない力を持つ売店だったが、私の服役中は何度か潰そうとする動きがあった。2012年6月には、明らかに売店を狙った規則が発令される。突然、所内での現金使用が制限され、買い物は領置金を使ったオーダーしか認められなくなったのだ。
その結果、売店は営業中止に追い込まれたが、数日後には何事もなかったように復活した。噂によると刑務所側との上納金の交渉がうまくまとまった結果らしい。
売店には銀行のような役割もあった。
一度、売店が手入れに遭い、多額の現金が押収されたことがあった。その額は驚きの60万バーツ(日本円で約180万円)。商売で儲けた金にしてはあまりに多いため、不明金として没収されたが、どうやら所内で行われていた大規模なギャンブルの預り金だったようだ。
売店のオーナーは返還を求めて訴訟を起こしたが、結局、その金が戻ってくることはなかった。