「三ツ矢サイダー」をマネた「三ツ“穂”サイダー」が登場…本家の悩みは尽きない!? 明治時代の巧妙な「ニセ商標」対策とは
現代において、ブランドは企業にとってかけがえのない財産であり、その象徴である商標の保護は非常に重要だ。
しかし、模倣品や類似品、いわゆるニセモノの存在は、いつの時代も企業を悩ませてきた。
特にやっかいなのが、露骨なコピー品とは異なり、本家のデザインや名称を巧妙に模倣した類似商標の存在である。
商標登録制度が定着した明治時代後半には、より手の込んだ類似商標が出現し、消費者を惑わすケースが多発。本家が苦肉の策として自ら類似商標を登録するといった対策もとられた。
※ この記事は、作家・友利昴氏の著作『江戸・明治のロゴ図鑑: 登録商標で振り返る企業のマーク』(作品社、2024年)より一部抜粋・構成しています。

知能犯!? 商標登録をかいくぐった「便乗商標」の数々

ニセモノには大きく二つの類型がある。他人のロゴマークをそのまま流用した模倣品(コピー品)と、少しもじった類似品(便乗品)である。類似品は、類似の程度によって必ずしも商標権侵害ではないため、本家にとっては、ときに模倣品よりもやっかいな存在だ。
商標登録制度が定着すると、後発品業者は他人のマークをそのまま流用せず、類似商標を用いるようになり、中には類似商標でありながらも商標登録によるお墨付きを得ようとする者も出た。「三ツ矢サイダー」の向こうを張った「三ツ穂サイダー」、日本酒の「大関」に対抗した「横綱」などは、その一例だ。
まず、「三ツ矢サイダー」の類似品。明治17年に、兵庫・平野村の泉から湧き出る炭酸水をもとに製造された「三ツ矢サイダー」は、発売以来、長らく売り上げが低迷し、経営権が転々としていたが、明治40年に甘味料などを加えたことでようやく広く市場に受け入れられ、ヒット商品となる。
すると次に湧き出てくるのが、後発類似品の数々だ。そのひとつと思われるのが、明治45年に商標登録された「三ツ穂」マーク(冒頭【図1】参照)。
「矢」ではなく「穂」。商標権者は、これは「みずみずしい稲穂」を意味する「瑞穂」の語呂から発想したオリジナル商標だと自称したが、どう見てもねぇ。
この他にも、閉じた扇子を3つ重ねた「三ツ扇サイダー」、葉を3つ重ねた「三ツ葉サイダー」、「日」の字を3つ重ねた「三ッ日サイダー」、「井桁マーク」を3つ重ねた「三井サイダー」などが存在する。やりたい放題である。

あの日本酒のロングセラーに“格上”の類似品が……

次に、明治17年に誕生し、翌年に商標登録された日本酒の「大関」のロゴマーク(【図2】参照)。こちらも、今日まで歴史が続いている超ロングセラーブランドだが、明治37年に、ほとんど同じ構図の「横綱」なる便乗ロゴマークの商標登録を許している(【図3】参照)。なんと類似品のくせに、「横綱」の方が上等品に見えるという知能犯である。
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【図2】「大関」の最初の登録商標(『江戸・明治のロゴ図鑑: 登録商標で振り返る企業のマーク』より)

「三ツ矢サイダー」をマネた「三ツ“穂”サイダー」が登場…本家の悩みは尽きない!? 明治時代の巧妙な「ニセ商標」対策とは

【図3】「横綱」の登録商標(『江戸・明治のロゴ図鑑: 登録商標で振り返る企業のマーク』より)

こうなると、結果論だが、「大関」が最初から「横綱」を名乗っておけば、こんな“格上”の類似品に悩まされることはなかったろうに……謙遜するのも考えものだな、という考えが頭をよぎる。
だが、実は相撲力士の最高位の階級として「横綱」の語が使われるようになったのは明治23年から。「大関」が誕生した頃は、大関こそが最高位の階級名だったのだ。「大関」を醸造していた長部家(現・大関株式会社)にとって、「横綱」の登場は予期せぬ出来事だったに違いない。
ちなみに「横綱」の商標権者である和田文介は兵庫・今津で和田醸造場を営み清酒などをつくっていたが、ほとんど歴史に名を残していない。

ニセモノ対策!? 本家があえて登録したニセ商標

こうした類似品に対抗するために本家がしばしば採用したのが、自ら「本家に類似するニセ商標」を商標登録するという試みである。
これで便乗的な類似品も商標権の網にかけようという算段なのだ。
例えば、三ツ矢サイダーを製造していた帝国鉱泉は、「三ツ矢」の他に、矢の数を変えた「二ツ矢」「四ツ矢」「五ツ矢」の商標を自ら登録している。
森下南陽堂(現・森下仁丹)も、「仁丹」に関連して「大人仁丹」「小児仁丹」「帝国仁丹」「清国仁丹」「西洋仁丹」「日本仁丹」「仁丹玉」「大粒仁丹」「大学仁丹」「博仁丹」「赤仁丹」「金仁丹」「銀仁丹」と怒濤のように登録している。
だがこれは、キリがない。まったく効果がないとはいわないが、類似のバリエーションを網羅することは不可能に近いからだ。
現に、三ツ矢サイダーに関しては、せっかく「五ツ矢」まで登録しても、それを上回る「八ツ矢サイダー」が登場しているし、述べたように、後発業者は矢の数で対抗するというより、他の何かを3つ重ねるアプローチで便乗してくるのであった。「3つのあらゆるモノ」を先に商標登録するのは無理である。
また、それらをすべて便乗と言い出したら「三ツ矢」以前に、「三つ柏」や「三つ葉葵」などの家紋が存在するわけだし、何をもってして“本家”なのかという議論にもなりかねない。
森下南陽堂の「仁丹」も、あれだけ商標登録したのに、類似商標「銀丹」「仙丹」「凛丹」「仁宝丹」などの登録を許している。同社は、類似品「人丹」「中国芢丹」に対し中国で訴訟提起もしたが、敗訴している。
しかしこうしたアプローチは、商標登録の資金が豊富な大企業を中心に長く試みられ、太平洋戦争後も、江崎グリコが「ゲリコ」「グリカ」「クルコ」「グリヨ」「ヅリコ」「ルリコ」などを、「G-SHOCK」のカシオ計算機が「A-SHOCK」から「Z-SHOCK」までを、「十六茶」(アサヒ飲料)の開発元のシャンソン化粧品が「十茶」「十四茶」「十七茶」「十九茶」「二十茶」を、任天堂がゲーム機「Wii」に関連して「Vii」「Oii」「Xii」「Yii」などを登録している。
それでも「二十二茶」や「WiWi」などの類似品が出てしまうのだから、本家の悩みは尽きない。

■友利昴
作家。企業で知財実務に携わる傍ら、著述・講演活動を行う。ソニーグループ、メルカリなどの多くの企業・業界団体等において知財人材の取材や講演・講師を手掛けており、企業の知財活動に詳しい。『江戸・明治のロゴ図鑑』『企業と商標のウマい付き合い方談義』『エセ著作権事件簿』の他、多くの著書がある。1級知的財産管理技能士。


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